名古屋最古の洋食店が閉店。“絶メシ”ミヤビヤが商店街グルメとして復活!

今はなき勝利亭のミヤビヤ。東海地方の老舗洋食店数軒だけに伝わる謎メニューだ

明治創業の名古屋最古の洋食店が閉店

1909年(明治42年)創業で、名古屋で最も古い洋食店だった「勝利亭」が去る5月31日、110年の歴史に幕を閉じました。閉店の理由はひと言でいえば後継者の不在。70歳になる3代目の野口正継さんは「私の代で終わりだとずい分前から決めとった。お客さんに店をたたむことをきちんと伝えて辞めたかったもんで、自分としては3代目としてやれることはやったと思っとるよ」と肩の荷が下りたような表情でいいます。

5月31日の勝利亭最後の営業日には、別れを惜しむファンが列をなした
5月31日の勝利亭最後の営業日には、別れを惜しむファンが列をなした

東海地方の老舗4店舗にだけ伝わる不思議洋食・ミヤビヤ

勝利亭には、オムライスやハヤシライスなどの定番に混じってある珍しいメニューがありました。その名はミヤビヤ。何それ?と首をかしげる人がほとんどでしょうがそれも当然で、筆者が知る限り名古屋では勝利亭だけに存在するメニューでした。デミグラスソースで玉ねぎやシイタケを炒め煮し、チキンまたはエビを加えて最後に卵を落としたもので、シチューとハヤシライスの中間のような、それでいてそのどちらとも違う一品でした。

ミヤビヤの素性は謎に包まれています。

「親父の代からあったからうちにとってはごく当たり前のメニューのひとつで、珍しいものだとは思っとらんかった。祖父が神戸のホテルで修業しとったから外国人コックに教わったのかもしらんけど、詳しくは聞いとらんのだわ」と勝利亭・野口さん。

そして、不思議なことに他にも同様のメニューを出す店が東海地方に3軒だけ存在するのです。作り方は概ね同じなのに、名前は微妙に異なるのも奇妙。さらにどの店に尋ねても発祥は不明で、おまけにそれぞれのお店同士のつながりもないのです(岐阜と愛知県武豊町の店は遠縁)。

筆者がかつてミヤビヤ提供店全4店舗を取材して執筆した「ミヤビヤの謎」。東急ハンズ名古屋店・ANNEX店発行『ハンズボックスVol.13 』(2015年発行)より
筆者がかつてミヤビヤ提供店全4店舗を取材して執筆した「ミヤビヤの謎」。東急ハンズ名古屋店・ANNEX店発行『ハンズボックスVol.13 』(2015年発行)より

【ミヤビヤの提供店】

□あじろ亭(岐阜県岐阜市) 明治40年創業 メニュー名/ミヤベヤ

□中津軒(三重県津市) 明治44年創業 メニュー名/メアベア

□享楽亭(愛知県武豊市) 大正元年創業 メニュー名/ミヤビヤ

勝利亭(名古屋市) 明治42年創業 メニュー名/ミヤビヤ  ※閉店

“絶メシ”を地域で継承する「円頓寺ミヤビヤプロジェクト」始動

このように、ミヤビヤは東海地方の超ニッチなご当地グルメです。しかし、勝利亭が閉店したことで、名古屋では食べられなくなってしまいました。

これを何とか残すことはできないか? そんな思いから始まったのが「円頓寺ミヤビヤプロジェクト」です。

勝利亭3代目の野口正継さん。写真は最終日営業終了後、撮影用に“最後のミヤビヤ”を作ってもらった時のひとコマ
勝利亭3代目の野口正継さん。写真は最終日営業終了後、撮影用に“最後のミヤビヤ”を作ってもらった時のひとコマ

実をいうと発起人は筆者。勝利亭があと数か月で閉店すると知らされたのは昨年秋のことでした。何度も取材したり、個人的に食べに行ったこともあったことから、ミヤビヤがこのまま失くなってしまうのは惜しい、という気持ちが真っ先に思い浮かびました。そこで、勝利亭と隣接する円頓寺(えんどうじ)商店街の振興組合に相談をもちかけ、ミヤビヤを商店街のグルメとして残せないか、策を講じることになったのです。

昨年末頃から折を見ては商店街のメンバーと一緒に勝利亭を訪れ、ミヤビヤを食べつつ、店主の野口さんにもプロジェクトの構想を伝えました。野口さんの反応は「(ミヤビヤは)そうまでするほどのものかい?  やりたいなら別にわしの許可がいるもんじゃないし、自由にやればいいよ」というものでした。一方で「うちのデミグラスソースはずっと継ぎ足し継ぎ足しで守ってきたもんだから、うちの味は絶対にできんよ」というこだわりも。当初は野口さんにレシピを伝授してもらったり、メニュー開発の監修をしてもらえないかとも考えていたのですが、「長いこと働きづめだったから、店を閉めたらゆっくり休みたいんだわ」とおっしゃるのを無理して引っ張り出すことはできないと判断。実行委員会を組織した上で調理法などのルールを定めて、賛同する飲食店を募ることにしました。

ルールをゆるくし、参加希望店にとってのハードルを低くする

プロジェクト実行委員会で定めた「円頓寺ミヤビヤ」のルールは次の3つです。

〇玉ねぎを中心とした野菜、肉やエビなどをデミグラスソースで炒め煮する

〇卵を上から落とす(できあがりは半熟が望ましい)

〇メニュー名は「円頓寺ミヤビヤ」とする

勝利亭の味をそっくり残すことができるのであれば、それに越したことはありませんが、店主や関係者と協議していく中でそれは非常にハードルが高いことが分かりました。そこで、“商店街グルメ”として残し、さらに育てていくことを主眼とし、多くの店が参加できるようハードルを下げることを重視したのです。

商店街の5店舗が参加表明。各店がオリジナルのミヤビヤを考案

3月頃にはプロジェクトの趣旨や「円頓寺ミヤビヤ」のルールを明記した資料を作成して、商店街内の洋食メニューづくりが可能と思われる飲食店に配布。5月の勝利亭閉店を経て、7月下旬までに5店舗の参加店が集まり、いよいよメニューづくりや提供をスタートさせることとなりました。

第1回のミーティングに集まってくれたのは、「喫茶、民宿。なごのや」「イタリアンバール アランチャ」「サキアテショーグー」(沖縄料理)「バル ドゥフィ」(多国籍料理)「日喜屋」(鉄板焼き)の5店舗。顔合わせでは活発な意見が飛び交い、また店ごとのユニークなアイデアが次々と飛び出しました。

「円頓寺ミヤビヤプロジェクト」には商店街の5軒の飲食店が集まった。円頓寺商店街振興組合を窓口に、今後も参加店を募っていく
「円頓寺ミヤビヤプロジェクト」には商店街の5軒の飲食店が集まった。円頓寺商店街振興組合を窓口に、今後も参加店を募っていく

「アヒージョ用の皿でオーブンで仕上げるといいのでは。バゲットをつけて出すのもいいんじゃないかな」(バル ドゥフィ)、「沖縄そば用の鰹と昆布のダシでデミソースを伸ばせば、ちょっと和風になってうちらしい味になるはず。勝利亭のミヤビヤはチキンかエビを選べたけど、うちは豚肉で作りたいね」(サキアテショーグー)、「うちは鉄板焼き屋だけど面白い試みだからチャレンジしてみよう、と。デミグラスソースは焼きそばとかにも使えそうだから、他にも今までにはないメニューが作れそう」(日喜屋)、「グラタン皿を使ってオーブンで仕上げようと思います。できるだけシンプルな調理法にして、スタッフの誰が作っても同じ味にできるようにするのが大事ですね」(なごのや)などなど。

そんな中、いち早くメニューを完成させたのがアランチャです。

「うちはご飯がないから酒のつまみとして食べてもらおうと、ソースをちょっと濃い目にしてみました。玉ねぎは勝利亭にならって角切りにしてスプーンですくいやすく。チキンは柔らかな食感を活かすためにあえてゴロッとした感じにカット。勝利亭のミヤビヤを食べたことがあるお客さんにも試食してもらって、“おいしい!”と言ってもらえたので、早速メニューとして出そうと思います」とオーナーシェフの伊藤秀樹さん。

いち早くメニュー化されたアランチャの円頓寺ミヤビヤ。880円+税
いち早くメニュー化されたアランチャの円頓寺ミヤビヤ。880円+税

他の4店でも8月中には商品化して売り出す予定。「出そろったところでスタンプラリーなどを企画して、商店街のご当地グルメとしての認知度を高めていきたい」(なごのや・田尾さん)といいます。

個人商店の後継者問題の光明となる新たな「継承」のモデルケースに

飲食店をはじめ個人経営の店にとって、後継者問題は最も大きな課題です。現在の市場の中心は大型店やチェーン店。個人店の数が減少していく流れは今後も避けられないでしょう。

店が無くなってしまえば、多くの人が愛してきた空間や味を二度と楽しむことができなくなってしまいます。時代の流れとしていたしかたない一方で、失われ行くものを何らかの形で継承することはできないものかとも思います。もともと個人店は、店主の子どもが跡を継ぐか、そうでなければ店を畳むのが当たり前でした。しかし、市場や職業選択の多様化によって、親族が事業継承するという従来の図式は大きく崩れています。そのため、たとえ繁盛していたり、地域に愛されていたとしても、店主の高齢化によって辞めざるを得ないケースが跡を絶ちません。

名古屋市西区の円頓寺商店街は、店舗誘致やイベント開催を積極的に行い、奇跡的なV字回復を果たした商店街としても注目を集めている。写真は驚異的な集客力を誇る「円頓寺秋のパリ祭」の様子
名古屋市西区の円頓寺商店街は、店舗誘致やイベント開催を積極的に行い、奇跡的なV字回復を果たした商店街としても注目を集めている。写真は驚異的な集客力を誇る「円頓寺秋のパリ祭」の様子

息子さん、娘さんが跡をつがなかったらそこでおしまい。そんな常識に歯止めをかけるためには、「継承」の新しい方法が必要です。店を愛するファンが引き継ぐ、味にほれ込んだ同業者が再現する…。様々な選択肢を探っていく必要があると考えます。

円頓寺ミヤビヤプロジェクトは“商店街で老舗の名物メニューを継承する”取り組みです。長く愛されてきた飲食店のメニューを地域の財産として活性化に活用する、簡単で新しい「継承」のモデルケースにできるのではないかという期待もあります。「絶メシ」を“絶滅危惧メシ”から“絶対残したいメシ”に。地域のみんなでゆるやかに思い入れのあるものを引き継いでいければ、と思っています。

(写真撮影/すべて筆者)