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名古屋の「きしめん」に復権の兆し。夏のきしころで人気回復へ!

大竹敏之名古屋ネタライター
つやつやでのどごしのいいきしめん。冷たいつゆで食べる“きしころ”で醍醐味を堪能!

「6、7年前が“底”でした。その頃は本当にきしめんが出なかったんですよ」

こう語るのは名古屋の老舗うどん店「みそ煮込の角丸」の3代目・日比野宏紀さん。きしめんはご存じ、名古屋名物の筆頭格。発祥は約400年前の名古屋城築城の頃にさかのぼるといわれ、全国的な知名度は数ある名古屋のご当地グルメの中でも群を抜いています。ところが、地元では長らく深刻なきしめん離れが進んでいたのです

全国の乾麺の生産量を見ても、ひらめん(名古屋のきしめん、他)は1998年の5246tからじわじわ下がって2009年には2276tに。平成半ばのおよそ10年で6割も需要が減ってしまったのです

低迷の原因は、うどん店が最も繁盛した1970~80年代に出前が増え、麺が平たいきしめんは延びやすいため、消費者がきしめん本来のおいしさを体験する機会が減ってしまったこと、手打ちの店が減り繊細な麺の食感が決め手のきしめんはここでもやはり大きな影響を受けたことです。さらに食の多様化できしめんの新鮮味が薄れたこと、きしめんは平たく延ばす分うどんより工程が多く、手間も時間もかかるために当のうどん店が積極的にアピールしてこなかったこと、なども原因と考えられます。

しかし、近年はそこから少しずつ上向きに転じ、2018年には4528tにまで盛り返すまでに(農林水産省「食品産業動態調査」より)。このような回復基調について、愛知県製粉協会理事で金トビ志賀(愛知県蒲郡市)社長の志賀重介さんは「きしめん離れに危機感を抱いた愛知県や名古屋のメーカー、うどん店が、きしめんの新しい食べ方を提案したり、試食や食べ歩きのイベントを開くなど、きしめん復活に向けた活動が活発化し、話題になってきた成果」といいます。

一番おいしい“ころ”を食べ歩くきしめんスタンプラリー

「第5回きしころスタンプラリー」は7月1日~8月31日の2カ月間開催。名古屋市内を中心に40店舗が参加し、スタンプをためると食事券がもらえる特典がある
「第5回きしころスタンプラリー」は7月1日~8月31日の2カ月間開催。名古屋市内を中心に40店舗が参加し、スタンプをためると食事券がもらえる特典がある

2015年に名古屋を中心にスタートした「きしころスタンプラリー」も、きしめん復権を推進する動きのひとつです。これは名古屋市の東麺類組合が主催する食べ歩きイベント。毎年、名古屋市内を中心としたうどん店約40軒が参加し、7・8月の2カ月間開催されます。

「きしころスタンプラリー」の台紙は参加するうどん店で入手できる。皆さんもさぁ、今からラリーに挑戦を!
「きしころスタンプラリー」の台紙は参加するうどん店で入手できる。皆さんもさぁ、今からラリーに挑戦を!

“きしころ”とは、冷たいつゆをかけたきしめんのこと。“ころ”は名古屋および周辺地域のうどん店だけで通じる呼び方で、“ころきしめん”“ころうどん”、さらに“うどん、ころにしてちょ”などと使われます。由来は、冷たくても香りが立つつゆ=香露(こうろ)が縮んだとする説、公設市場内の製麺直売店兼食堂で白玉うどんを丼に“ころっ”と転がすように入れてつゆをかけて出していたからという説、この白玉うどんの形状から“石ころ”“あんころもち”などと同様に小さくて丸っこいものを指す“ころ”と呼ぶようになったとの説など、諸説があります。

「きしめんはきしころが一番うまい。冷たいきしころは暑い夏が一番うまい!」と角丸の日比野宏紀さん。手にしているのはトップ画像にもある気仙沼わかめおろしきし
「きしめんはきしころが一番うまい。冷たいきしころは暑い夏が一番うまい!」と角丸の日比野宏紀さん。手にしているのはトップ画像にもある気仙沼わかめおろしきし

そして、「きしめんはころが一番うまいんです!」(角丸・日比野さん)というのがスタンプラリーを始めた何よりの理由。「きしめんの最大の魅力は平たいからこその独特の食感。ぺろぺろっとした舌ざわりでのどごしもいい。冷たいつゆだと麺を勢いよくすすることができるので、この魅力をより実感できるんです」といいます。

スタンプラリーでは、参加店がスタンプの対象となるきしころメニューを各2品用意。ラリーのために限定メニューを創作する店もあります。特典の還元率も非常に高く、5店舗達成で500円分の食券が進呈されます。参加者からすれば、なじみの店でいつもとは違ったきしころを食べられる楽しみ、普段は行ったことのない店に足を運んでみようというきっかけ、さらにお得にきしころを食べられることにもなるわけです。

500円券の進呈枚数は第1回の100枚から3年目には278枚と伸長。昨年は猛暑の影響もあって伸びが鈍ったそうですが、過去最高の一昨年の場合は2カ月で少なくともおよそ1400杯のきしころが出たことになります(スタンプが5店舗に達しなかった参加者も多数いたでしょうから、実際の出数はこれよりかなり多いと推測されます)。

5杯食べるときしめんLOVEがアップ(!?)

「きしころ 冷えてます」のタペストリーがきしころスタンプラリー参加店の目印
「きしころ 冷えてます」のタペストリーがきしころスタンプラリー参加店の目印

また、参加店すべてを回るコンプリートを目指す熱心なきしめんマニアも。主催者が確認しているだけでも一昨年は7人、昨年は2人が全店制覇を達成。今年は何と開催初日で5軒を食べ歩いて500円券をゲットした猛者も登場し、きしころファンは確実に増えているようです。

「一番のターゲットは普段あまりきしめんを食べていないお客さん。2カ月の間に5軒なら、そういう人でも回ってみようかという気になる。当初は“常連さんが他の店に浮気するのを促すことになるのでは?”という懸念もありましたが、5軒食べ歩くときしめん愛が上がり、結局もともと通っていた店に帰ってきてくれるんです(笑)」と日比野さん。

もうひとつの今年の新しい動きは、イベントを応援するファンサイト、アカウントの登場。「第5回きしころスタンプラリー非公式サイト」は参加全店の詳細な情報を掲載。スタンプの台紙では紙幅の都合で簡略化されている各店舗の営業内容を詳しく紹介しています。Twitterアカウント「きしころスタンプラリー2019 “映えきし”勝手に人気投票」は実は筆者が作成したもの。見た目も魅力的なきしころを食べて、写真を投稿し、魅力を広めることを目的としています。

個性豊かなきしころの数々。左上「川井屋本店」ツナマヨおろしきしめん、右上「朝日屋」冷し名古屋カレー麺、左下「みそ煮込の角丸」冷やしたぬききし、右下「芳乃家」きしめんころ
個性豊かなきしころの数々。左上「川井屋本店」ツナマヨおろしきしめん、右上「朝日屋」冷し名古屋カレー麺、左下「みそ煮込の角丸」冷やしたぬききし、右下「芳乃家」きしめんころ

参加店のスタンプ対象メニューは、まぜコロたぬききしめん、俺の塩ころ、味噌きしころゴン太、小野道風の梅ころきしめん、幅広きしめんサラダチキンのせなど、名前を見るだけで興味をそそられるものもたくさん。この店だけ、この期間だけのきしめんを食べ歩いてみたいという気にさせられます。

地元の人も知っているようで意外と知らないきしめんの真の魅力。それに出会うためにも是非、きしころ体験してみてはいかがでしょうか?

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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