『年金代わりに不動産投資を!』

未だによく見るフレーズではありますが、20年近く賃貸トラブルに携わっていますと、家主業はそれほど簡単なものじゃないと感じます。特に家主側からすると、入居者による家賃滞納のリスクや生活マナーでのトラブル対応に加え、入居者が安全に生活できるような建物の維持管理、大規模修繕、建替え問題、室内でお亡くなりになるケースなど、リスクは多岐にわたっています。もちろんその多くはクリアすることも可能だと思います。たとえば家賃滞納に関しては家賃保証会社を利用するとか、トラブル対応に関しては有能な管理会社に管理を依頼するとか、先日の建物の不具合で事件に発展してしまったようなことを避けるために、そもそも信頼できるところに建ててもらうとか。

ただ、人の死というものは誰にもコントロールできません。

事故物件になってしまうということ

室内でお亡くなりになった場合、今はすぐにその情報がサイトに掲載されて公開されてしまいますが、新たに貸そう、売ろうと思ったときには「告知義務」の問題が立ちはだかります。要は借りる人、買う人から「亡くなった事実を知っていれば決断しなかったのに」と後からクレームが出ないよう、事前にきちんとお知らせしなければならないというものです。

ところがこの「告知義務」が、少し曖昧でした。たとえばどれくらいの期間告知しないといけないのか、どのような場合には告知しなくてもいいのか、その明確な基準がありません。訴訟の判例もまちまちです。たとえば首都圏なら告知期間が短いとか、その後入居者が入れ替われば告知しなくていいとか、一方田舎の場合には何十年経っても告知しなければならないとか、本当にケースバイケースなのです。そのため後から損害賠償等の問題に発展するのが怖いので、結果、何年経っても告知することが少なくありません。特に賃貸で入居する高齢者の場合、転居するより室内でお亡くなりになることが多いため、結果、高齢者には部屋を貸したくないという家主も多いのも現実です。

高齢者ではありませんが、ワンルームで自死された案件がありました。夏の時期だったので廊下側に漏れてきた悪臭がひどく、近隣住民の方からの通報で家主と警察が安否確認をしました。

連帯保証人は北海道に住むこの入居者の父親で、連絡をするとすぐに飛んできてくれました。家主から「当事者同士で話したくないから、交渉をお願いします」と私に依頼されましたが、何とも難しいものです。家主は損害を賠償して欲しい、その一方の連帯保証人からすると、自分の息子が自死をしたという大きなショックの中で、お金に関する話をしなくてはいけない。とても複雑な心境だったと思います。

重苦しい空気の中、私は交渉が難航することも想定しましたが、こちらが連帯保証人の胸の内をただひたすらに聞き続けた結果、最後には気丈にも「ご迷惑をおかけしました」と謝罪され、部屋を片付けた後、原状回復費用に加えて2年間の家賃減額の費用分をお支払いいただきました。私はただお話されることを聞くだけしかできず、思い出の品を大事そうに抱えて帰られる後ろ姿をなんとも言えない気持ちで見送ったことを覚えています。

事故があった物件は、木造アパート2階建て。築年は30年近かったでしょうか。全戸6部屋で、家主はちょうど相続を受けたところでした。その後原状回復をして、家賃5万5000円のところ4万円で募集しましたが借り手は見つからず。両隣の部屋の入居者も「気持ちが悪い」ということで退去され、結局入居は半分になってしまいました。

家主になってすぐのこの大事件。続けていく自信がないということになり、結局物件を売却してしまうことにまで発展してしまいました。

ところがこの売却の際にも、自殺があったことを告知する義務があります。そうなると当然に売買代金も下げざるを得ず、かなり格安での売却となってしまいましたが、仕方がありません。「親から引き継いだものだからまだいいけれど、これが自分でローンを組んでの収益物件だったら、この持って行き場のない思いを本当にどこにぶつけたらいいのか苦しんだと思います」。その家主の言葉が、耳に残っています。

また新築間もなくの物件で、入居者が自殺してしまった案件もありました。その時は家主が思わず「新築だったのに、資産価値が下がってしまった! どうしてくれるんだ!」と直接に怒鳴ってしまい、大学生の息子を亡くして錯乱している親御さんと関係が悪化。その後の賠償交渉が難航したということもありました。この家主は新築直後だったので、手放すという選択肢はなく、そこからずいぶん長い期間「告知義務」を強いられ、家賃も減額し続けることになったのです。

これからの超高齢化社会に向かって

日本は世界的にみても、超高齢化社会です。このコロナ禍で出生率はさらに下がり、この先高齢者ばかりとなると、仮に病気になったとしても終末医療のための入院ができるのかどうかも定かではありません。ひと昔前のように「家で死にたい」という人も増えるかもしれませんし、病院側も「できることはもうないので、お家で……」ということも有りうるでしょう。

ところがもし家で人が亡くなること自体が『心理的瑕疵物件』として、告知義務が発生するとなれば、その後の家賃や家の売却代金が下がってしまうということにもなりかねません。

人は皆、必ず亡くなります。長寿をまっとうして亡くなるとしたら、それは大往生といえるのに、亡くなることそのものが経済的損失となるならば、長生きていることすらどうなのかと不安にもなってきます。

そこでこのたび、国土交通省は『事故物件』の定義を明確にし、人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン(案)を公表しました。

 大まかには次の通りです。

1.他死、自死、事故死その他原因が明らかではない死亡が発生した場合は告知義務あり

2.自然死または日常生活の中での不慮の死が発生した場合は告知義務なし

   ただし長期間にわたって放置され、室内外に臭気等が発生し、特殊清掃等

   が必要になった場合は告知義務あり

3.告知義務は事案の発生からおおむね3年間

このガイドライン(案)が様々な媒体で告知されたとき、コメントではかなり否定的なものが多かった印象です。多くは「もっと長い期間告知して欲しい」、「2の場合でも教えて欲しい」といった内容でした。中には「人は必ず死ぬんだし、過剰反応しすぎ」といったコメントもありましたが、それはごく少数でした。

人によって「死」に対する受け止め方は違います。だた「絶対に」人は亡くなります。自分だって、必ずいつか死にます。2のように自分ではコントロールできないことまで心理的瑕疵となってしまえば、これからの超高齢化社会での高齢者は、死に場所に困ることにならないでしょうか。家で家族に看取られる、慣れ親しんだ場所で生を終える、そんな幸せとも思えることでも、それすら心理的瑕疵になってしまうというならば、とても生き辛い世の中のような気もします。

国交省は皆さんの意見を募集しています。それも踏まえ、ガイドラインを定めます。これは賃貸物件だけの話ではありません。生きている者すべての人に関わる話です。ぜひひとりでも多くの方が意見し、それが反映されるガイドラインになって欲しいと思っています。6月18日まで受け付けています。

https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo16_hh_000001_00017.html