70代で賃貸物件を借りるのは至難の業 早めに「家じまい」の計画を

家族と過ごした家は、ひとりになっても必要ですか?(写真:ideyuu1244/イメージマート)

一般的に住居を購入した際には「これでこの先、住む場所の心配はなくなった」と思われたと思います。ところがそう簡単な話ではありません。体力・知力のある早いうちから「家じまい」をどうしていくかを確認する、この重要さをお伝えしたいと思います。

家を構えることが一人前の象徴

藤田さん73歳。大正生まれの父親の口癖は「男に生まれたなら、家一軒構えてこそ一人前だ」でした。父親は高度成長の波に乗り、42歳で一戸建てを手に入れました。頭金を3割いれ、残りは会社から借りました。借入金は退職金で完済し、年金で悠々自適な生活。そんな父親の影響からか、藤田さんは社会人になってから、「一人前になるために家を構える」ということを意識して頭金を貯めることに精を出しました。

29歳で結婚した藤田さんは、2DKの公団で新婚生活を過ごし、2人の息子にも恵まれ、長男の小学校入学直前に一戸建てを購入しました。藤田さん37歳。父親よりも早くに家を構えられたことに、少し誇らしげな気持ちでした。日本経済はバブル真っただ中。息子たちをスイミングスクールに通わせたり、野球を習わせたり、充実した毎日でした。

藤田さん自身が親と旅行に行った記憶がなかったので、家族とは積極的に思い出作りをしました。家族の旅の写真は、何冊ものアルバムになっています。専業主婦の奥さんは忙しい藤田さんを支え、お弁当まで持たせてくれました。そんな奥さんを労うように、藤田さんは週末に家族で外食も楽しみました。バブルの勢いもあり、自身の老後を気にすることなんてなかったのです。

人生に思わぬアクシデントはつきもの

ところが45歳の時、歯車が狂い始めました。バブルが崩壊し、藤田さんの勤務するメーカーは業績が急激に悪化。残業代は減り、子どもの教育資金がかかる時期だったので、住宅ローンの支払いが重くのしかかります。50歳を過ぎた頃、早期退職の話がありました。今ならまだ転職ができるかもしれない、多少のお金も出ます。このまま定年まで勤めたとしても、退職金は期待できないでしょう。最悪は会社そのものも、持ち堪えられないかもしれません。もしそうなれば中途半端な年齢から、再就職も厳しいことが予想されます。今ならまだ何とかなる、そう考えた藤田さんは、子どもの学費が心配でしたが、思い切って早期退職をしました。

息子は2人とも私学の大学生。年200万円ほどかかります。一日でも早く再就職をしなければ、貯金が減ってしまうだけです。藤田さんが焦れば焦るほど、気持ちが空回りしまた。奥さんも一緒に職を探しましたが、長い間専業主婦生活で結婚前に1年ほど働いただけです。2人の求職活動は難航しました。

幸いにも奥さんの方が先に、スーパーで働き始めることができましたが、月に5万円ちょっと。それでも貴重な収入となりました。7ヶ月後ようやく藤田さんの再就職が決まりましたが、年収は以前の会社の3分の2にも届きません。住宅ローンの支払いはまだ15年ほど残っています。金利が高かったので、元本はまだまだ残っています。藤田家の経済は、ここからかなりひっ迫した状態が続くことになりました。

老夫婦に家族で住んでいた一戸建てが必要か

転職先でも懸命に働きましたが、藤田さんの定年には退職金はほとんど出ませんでした。退職金で住宅ローンを完済する計画が、完全に狂ってしまいました。定年後も仕事を探しましたが、アルバイト程度にしかならず、僅かな蓄えを家計の赤字分に充てるという追い詰められた状況はますます厳しくなってきたのです。さすがに奥さんからの申し入れがありました。

「子どもも独立したのだし、私たちだけだからもっと狭い所に移った方が……」

確かに息子2人がいなくなったこの家は、夫婦二人で住むには広すぎます。それでも奥さんの言葉を、藤田さんは受け入れることができません。

どこまでいっても「家をもってこそ」という父親の考えが、頭の中から抜けないのです。23年以上住んでいる中で、「息子と同居する」「息子の近くに住む」といった理由がない転居は、近所の人たちがどう思うでしょうか。間違いなく都落ちという屈辱しかありません。夫婦には広すぎる家ではありますが、息子たちもそのうち孫を連れて遊びに来るはずです。息子たちの背を柱に刻んできたこの家を残したい、そこに孫の記録も重ねていきたい、藤田さんはただそれしか考えられませんでした。

とは言え、このままでは持ち堪えられません。藤田さんはリースバックという制度があることを知りました。家を売却しなければなりませんが、そのまま賃貸として住み続けることができるのです。わざわざ登記を調べなければ、家を売却したことはご近所に知られることはありません。完全に売却して転居するよりは安い金額での売買代金となりますが、

そのまま住み続けられることは大きな魅力でした。「よし、これで家を残せる」藤田さんは、安堵しました。

70代で賃貸物件を借りるのは至難の業

そこから12年、藤田さんは身動きがとれない状況になってはじめて、自分の選択が間違っていたことに気がついたのです。

最愛の奥さんが3年前に亡くなり、藤田さんが何よりも拘った家は築年を重ね、古ぼけたただの箱になっていました。2階建てなのに、1階のひと部屋と水回りしか使っていません。リースバックで売った代金から賃料を支払ってきましたが、戸建てなので賃料も月に11万円。年金受給者が住む家にすれば、高額な賃料です。売ったときのお金は、もう手元に残っていません。貯金も底を尽き、収入は年金のみ。これ以上住み続けることはできず、やっと家から離れる決心がつきました。

奥さんが転居を促してくれた時、そこで完全に売却してしまえば、リースバックよりも少なくとも数百万円高い金額で売れました。そして2人で住めるコンパクトな部屋を借りたなら、賃料も半分くらいだったでしょう。贅沢しなければ年金で家賃と生活費を賄い、家を売ったお金は預貯金として残すことができました。引っ越しをするために、荷物の処分をする体力もありました。そしてあの時なら、まだ部屋はじゅうぶんに借りられたはずです。今となれば、誰かの手を借りなければ藤田さんは荷物の整理をすることすらできません。

藤田さんは、70歳を超えると賃貸物件が借りにくくなることを知りませんでした。家賃さえ払えば、誰でも何時でも借りられると思っていたのです。持ち家に拘ったために、73歳の藤田さんは部屋探しの苦難に直面しました。

結局藤田さんだけではどうしようもなく、初めて2人の息子に窮状を訴えました。息子たちは驚きながらも、家の片づけに通って荷物の処分をしてくれました。部屋探しも苦戦しましたが、息子たちの力で何とか狭い木造アパートのひと部屋を貸してもらうことができました。

家じまいの大切さ

平成・令和と時は流れ、昭和の時代から雇用や働き方、住まいや家族の関わり方もずいぶん変わりました。今の低金利、フルローンで住宅を購入することが定着しましたが、頭金がなくフルローンなのと、現金はあるけれどローンの金利が安いから借りるのとは大きく違います。最大35年で借りている場合、ローン完済予定は何歳でしょうか? その時に毎月払うだけの収入があるでしょうか。コロナで経済が疲弊すると、ますます退職金は厳しいかもしれません。年金受給年齢も、さらに伸びるかもしれません。老後2000万円問題がありましたが、この先2000万円で足りるかどうかも定かではありません。

引っ越しには気力・知力・財力と体力が必要です。それらが備わっている60代前半で、まだ早いと思わず、一度住まい(=生き方)を考えて欲しいと思います。

ローン残高(もしくは賃料)と預貯金、建物の築年数と収入は常に把握し、無理ないレベルか確認しましょう。これから高齢になっていく段階で、この家が本当に自分にふさわしいか自分に問うて欲しいのです。

いつ何時なにがあるか分かりません。それを私たちは、コロナウィルスから学んだはずです。身軽でいるためにも、荷物を整理していくことが人生100年時代を生き抜くポイントになると思っています。人は必ず亡くなります。何もかも自分で片づけてから亡くなることはできません。同様に建物も未来永劫存続する訳ではありません。どこかの段階で修繕したり、取り壊したりが必要になるのです。

家督相続の時代のように、家が、子供たちが何とかしてくれる時代は終わりました。自分の人生に責任を持つためにも、家に住んでいる以上、いつか家じまいも必要になる、このことを知ってもらいたいと思います。