「がん治療」についての様々な噂がネットには広がっています。その中に「WHO(世界保健機関)は抗がん剤使用を禁止している。抗がん剤は米国で使われていない。だから、抗がん剤治療を受けてはいけない」というのがあります。

この話はネットを中心に大きく広がっていて、YouTube動画や書籍などにも登場します。

そのため、患者さんから「この話は本当でしょうか?」と質問を受けることもしばしばあります。実際に、この話を信じて抗がん剤治療をやめてしまったという患者さんまでいます。

この噂は本当でしょうか?事実はどうなのかを詳しく解説したいと思います。

抗がん剤とは何か?

まず、抗がん剤とは何かという話から始めます。抗がん剤とは一般的にがん細胞を殺す目的で使われる薬の総称です。

その中には、細胞障害性薬、分子標的薬、ホルモン剤、免疫チェックポイント阻害剤など、いろいろな種類の薬が含まれます。古いものは何十年も前から使われているものもあるし、近年に開発された新しい薬もあります。

医療者の中には細胞障害性薬のみを抗がん剤と呼ぶ方もいます。しかし、一般の方は細かな区別をせずに、がんに使う薬全般を抗がん剤と呼ぶことが多いので、今回はがんに使う全ての薬を含めて、抗がん剤と呼んで解説を進めていきます。

WHOは抗がん剤を推奨している

本題に入ります。WHOは抗がん剤を禁止しているのでしょうか?

結論から言うと、WHOは禁止などしていません。

WHOのがん治療に対しての見解は、こちらのWHOサイトに明確に示されています。

内容を要約すると、「がん治療では科学的根拠に基づいた、手術・放射線治療・薬物療法を行うことが大事である」「WHOは30種類の抗がん剤を必須の薬剤としてリストアップしている」などと書かれています。

WHOは世界各国の医療がスムーズに進むように、膨大な数がある医薬品の中から、用意すべき必須薬をリストアップするという作業をしています。2015年の必須薬リストの中には、30の抗がん剤を入れています。このリストは2019年に改定されて、さらに抗がん剤が追加されています。

WHOは抗がん剤を禁止するどころか、むしろ抗がん剤治療を強く推奨しています。

米国でも抗がん剤は使われている

抗がん剤は米国で使われていないのでしょうか?もちろんそんなこともありません。

私はアメリカでがん研究をしていますので、実際の現場にも関わっていますが、もちろんたくさんのがん患者さんが抗がん剤を使用して治療を行なっています。

これも完全なデマです。

証拠としてデータを一つお示しします。

画像

これは2018年度の米国における薬の販売額トップ10です。なんと、トップ10のうちの約半分の5つが抗がん剤です。抗がん剤は米国で大変に良く使われる薬であることがわかると思います。

抗がん剤は進歩している

なぜ、WHOは抗がん剤を勧めているのでしょうか?また、米国でも大変によく使われているのでしょうか?それは、抗がん剤は患者さんの命を救うために、大変に重要な薬であるからに他なりません。

まず、この図を見てもらいたいと思います。これは進行性のメラノーマ(皮膚の癌)の治療進歩の概略を示した図です。European Journal of Cancerという雑誌に掲載された論文から引用しています。

画像

この図では過去から現在、そして未来へと、がん治療が歩んでいる進化の具合が示されています。各種抗がん剤を使った後の、進行性メラノーマ患者さんの生存率が月単位で示されています。

一番古いタイプの細胞障害性薬や、次の世代の分子標的薬では、3年以上経過時に約10%ほどの患者さんしか生存していません。しかし、免疫チェックポイント阻害剤のCTLA-4阻害剤を使うと20%近く、免疫チェックポイント阻害剤のPD-1阻害剤を使うと30%と改善し、その両方を併用すると60%近い患者さんが生存しています。今後、さらにもう一剤を加えられればさらに高まることが期待されています。

近年、抗がん剤は大変に進歩しています。このメラノーマの例のように、かつては90%近い患者さんが亡くなっていたのに、半分以上が長期生存できるようになったということも起こっています。

このような事実があるため、抗がん剤は日本のみならず全世界で使われています。

命を奪うデマが広がっていることを知りましょう

ここまで解説したように、最初に紹介した「WHOは抗がん剤使用を禁止していて、米国でも使われていない」という話は完全なデマです。このデマは高額な未承認治療や民間療法を紹介するサイトで使われていたりします。

このデマなどを見て、抗がん剤治療を実際にやめてしまい、がんが著しく進行してしまい、手遅れになってしまうという患者さんも実際にいらっしゃいます。がんを専門にする医師の多くがそのような患者さんに出会っています。

本当に悔しくて、悲しい現実です。

そのような不幸が少しでも減ってくれればと思い、この記事を書いています。このような命を奪うデマが広がっていることを知ってもらい、本当に注意をしてもらいたいと思います。

大事な判断は専門の医療者と行なって下さい

今回は抗がん剤の話をしてきました。抗がん剤は確かに進歩してきています。では、完璧な薬かというと、残念ながらまだまだ改良が必要です。副作用を伴うこともあるし、がんの種類によっては効果が十分に得られないこともあります。それも間違いのない事実です。

しかし、説明してきたように、抗がん剤で恩恵を受けられる患者さんが確実に増えているのも事実です。不正確な話で完全否定をするのではなく、抗がん剤を使って、がんにうまく立ち向かえないかを医師と一緒に考えて欲しいと思います。

抗がん剤と言っているものにも膨大な種類がありますし、どのがんにはどれを使うかも大変に複雑で、一般の人が判断するのは困難です。ぜひ、専門家の知識をうまく活用してもらいたいと思います。

出所不明な情報を安易に信じるのではなく、大事な治療の判断は専門の医療者に相談して決めてもらいたいです。日本では保険がきくがん治療(標準治療)を行なっている病院の医師・看護師・薬剤師等に相談をすることが大切です。もし、ネットで調べる場合には、国立がん研究センターのがん情報サービスなどの信頼性の高い情報を利用してもらいたいです。

不幸な思いをする患者さんが少しでも減るようにと心から願っています。