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判断が難しいプロスポーツの「二重所有」と「間接支配」 リーグワンの“NTT問題”を問う

大島和人スポーツライター
NTTドコモにはNZ代表のペレナラも所属していた(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

NTTグループの2チームを再編

春は出会いと別れの季節だが、スポーツの世界ではチーム単位の「別れ」もある。NTTドコモレッドハリケーンズ大阪(RH大阪)の今シーズンは、それにしても寂しい結末だった。5月1日のホーム最終戦と7日の今季最終戦がいずれも中止となり、最後の勇姿をファンに見せられぬままJAPAN RUGBY LEAGUE ONE DIVISION1(リーグワン1部)を去っていった。

特に7日の中止はリーグが判断を覆した末の、後味の悪いものだった。選手ほぼ全員の新型コロナウイルス陰性が確認され、出場選手も発表されていたのだが、ファンには試合の2時間半前に中止が案内された。

【緊急・重要】NTT JAPAN RUGBY LEAGUE ONE 2022 第16節 リコーブラックラムズ東京戦試合中止のお知らせ

リーグワンのコミュニケーション不足が招いたレッドハリケーンズ戦、直前中止の背景。(ラグビーリパブリック)

RH大阪は3部で活動を続ける予定で、完全に我々の前から姿を消すわけではない。今回の自主降格は同じ1部のNTTコミュニケーションズシャイニングアークス東京ベイ浦安と合わせた2チームを再編成する動きが背景にある。

グループが結集してプロ化

日本電信電話株式会社(NTT)、NTTドコモ、NTT Comの3社は合同して、3月16日にこのようなリリースを出している。

「2022年1月に実施したドコモによるNTT Comの子会社化を契機として、両社が保有するラグビーチームと運営のあり方を検討してきました。(中略)なお、RH大阪とSA浦安は、新事業会社が運営を行うチーム(以下、事業会社運営チーム)とドコモが運営を行うチーム(以下、ドコモ運営チーム)に再編成を行います。事業会社運営チームのホストエリアは千葉県浦安市・東京都江東区及び周辺地域(予定)、ドコモ運営チームのホストエリアは大阪市とし、地域貢献活動やラグビーの普及活動も継続していくことで、引き続き新リーグ全体の発展に貢献していきます」

NTT Comから見るとNTTドコモは親会社だ。ただし傘下のラグビーチームは同じ1部で、横並びの関係だった。再編により浦安側はNTTドコモが40%、NTT Comが40%、NTT本体が20%出資するプロチームとなる。

プロ基準なら“親子”の参戦は禁止

日本のプロ野球、Jリーグ、Bリーグといったプロリーグは、親会社のチームと子会社のチームが同じカテゴリーで戦うことを禁じている。今回の再編によりリーグワン1部の構成は関東に偏るし、既存のファンを軽視した決定であることは間違いない。ただしプロの基準で考えれば、RH大阪の自主降格には一定の理がある。

リーグワンは法人化していないチームが大多数で、完全なプロリーグではない。とはいえ事業化を強く打ち出し、リーグにも大企業がパートナーとしてついている。となればプロ基準を採用していくべきだろう。

親会社と子会社によるクロスオーナーシップ(二重所有)の問題は、各種のプロポーツでしばしば起こる。今回はこの問題に関する扱いについて、制度と解釈に精通した人物の説明をお願いした。

びわこ成蹊スポーツ大の大河正明学長は三菱UFJ銀行を経てJリーグの常務理事を務め、バスケ界に転じてBリーグのチェアマンを5年務めた経歴を持つ。両リーグのクラブライセンス制度を整備した当事者でもある。

彼はクロスオーナーシップが規制される理由をこう説明する。

「親と子の関係で別々のチームを持っていた場合、クロスオーナーシップに違反をして八百長の源泉になり得るという考え方です」

クロスオーナーシップとは一つの企業、個人が複数のクラブを保有している状態だ。子会社がクラブを保有していれば、親会社は間接的に保有していることになる。問題は親子関係、支配の定義で、持ち株比率が数%ならばおおよそ問題はない。出資や人事で“支配”しているかどうかがポイントになる。

二重所有の弊害は?

直接対決の八百長は極端な例かもしれないが、クロスオーナーシップの状況下では「親会社のチームに優勝の可能性が出てきたから、そちらに力を入れる」といった動きが起こりやすい。仮に当事者同士が納得していても、勝負の公平性について周囲から疑いの目を向けられること自体がリーグの価値を下げる。

また昇降格があるリーグでは、クロスオーナーシップの弊害が強まる。昇降格がかかったチームと、無関係のチームがシーズンの大詰めに対戦するケースが分かりやすい。両チームのオーナーが同じなら前者の勝利を望むはずで、そのときには不当な影響力を行使するインセンティブが生じる。

ただし企業スポーツはクロスオーナーシップを排除する発想がない。アマチュアは基本的にお金のかかっていないカテゴリーで、不正をする理由が乏しい。かつての日本アイスホッケーリーグは、コクドと西武鉄道の“親子対決”があり、ダービーマッチのような花形カードだったと聞く。社会人野球は今もホンダや三菱重工といった企業が複数チームを擁していて、それぞれ都市対抗野球の優勝を争うレベルだ。

サッカー界にも、セカンドチームの存在がある。例えばバルセロナやレアル・マドリーは若手によるBチームを保持しており、今季はリーガ・エスパニョーラから数えて3部のリーグに所属している。2020年までに全チームが活動を終えたが、日本でもFC東京やガンバ大阪、セレッソ大阪がU-23チームをJ3に出していた。カテゴリーが2つ離れていればもちろん直接の対戦はないし、昇降格への影響も出ない。

FIFAの方針も根底に

サッカーについて言うと、そもそもは国際サッカー連盟(FIFA)がライセンスの整備を主導した経緯がある。クロスオーナーシップについても、世界の総本山があり方を提示していた。大河はこう説明する。

「私がJリーグのクラブライセンスを最初に担当したときに、アジアサッカー連盟(AFC)からこの基準で作りなさいというひな型を送ってきていたんです。ヨーロッパのUEFAがクラブライセンスを先に入れていて、AFCも2013年あたりに“やるぞ”となっていた。そこにクロスオーナーシップについて書いてあって、英語ではsignificant influence(シグニフィカント・インフルエンス)となっていました。同じ競技会に、重大な影響を持ったチームがいることはいけないという内容です」

“重大な影響”と支配はほぼ同義と判断していいだろう。これはAFCチャンピオンズリーグ(ACL)とJリーグにまつわる規約で、例えば浦和レッズと三菱重工長崎のサッカー部が天皇杯で対戦することまでは規制されていない。しかし国境をまたいで複数のクラブに出資している“シティフットボール”の傘下にあるクラブ同士がACLで対戦するとなれば、それは規制の対象だ。

浦和レッズのオーナー交代は?

重大な影響を定義する上で資本関係、取締役会の構成はカギになるポイントだ。持ち株比率が50%以上に達している企業、50%以下でも役員の過半数を出している企業ならば明確に「親会社」と言い得る。

ただし規定に抵触したと明言できない状態でも、オーナーシップに影響を与えた例がある。Jリーグでは2016年、浦和レッドダイヤモンズの筆頭株主が三菱自動車工業から三菱重工業に移った。日産自動車が三菱自工に資本参加を行い、その持ち株比率は34%強だった。浦和レッズに対する三菱自工の持ち株比率も、100%ではなかった。つまり間接的な支配かどうかの判断は“白に近いグレー”とも言える範囲だったが、Jリーグ側はノーの判断を出した。

大河はこう解説する。

「重大な影響が33%なのか50%なのかについて、Jリーグはケース・バイ・ケースで判断する基準になっています」

三菱自工から三菱重工にオーナーが移った浦和レッズ
三菱自工から三菱重工にオーナーが移った浦和レッズ写真:YUTAKA/アフロスポーツ

Bリーグは“三要素”で判定

浦和レッズ、横浜F・マリノスはJリーグを代表するビッグクラブで、その両者が経営的に深くつながっている……となればモヤモヤは残る。さらに浦和レッドダイヤモンズはJリーグ発足前に自工でなく「重工」のサッカー部だった経緯もあった。端的に言うと総合的な判断で定まったケースだろう。

Bリーグのクロスオーナーシップに関する基準はJリーグに比べると曖昧さを排除した内容で、「50%以上の持ち株比率」「代表取締役の派遣」「取締役の過半を派遣」という三要素で定性的に規制している。ただし背景にある思想は同じだ。

アルバルク東京のオーナーであるトヨタ自動車と、シーホース三河のオーナーであるアイシンはいわゆる「系列」の関係で、アイシンにとってトヨタ自動車は最大の株主だ。ただし持ち株比率は20%強で、Bリーグによる規制の対象とはならない。

プロ野球にも二重所有問題が影響

プロ野球でも横浜ベイスターズの事例がある。2001年に、当時の親会社だったマルハは、ニッポン放送への球団譲渡を発表した。このときは読売巨人軍のオーナーだった渡邉恒雄が強硬に反対。ニッポン放送が引き、東京放送(TBS)への譲渡で決着している。

ニッポン放送の持分法適用関連会社だったフジテレビが、既にヤクルトスワローズの株式を20%保有していることが反対の理由だった。野球協約の第19章 第183条にはこうある。

「球団、オーナー、球団の株式の過半数を有する株主、又は過半数に達していなくても、事実上支配権を有するとみなされる株主、球団の役職員及び監督、コーチ、選手は、直接間接を問わず他の球団の株式、又は他の球団の支配権を有するとみなされる会社の株式を所有することはできない。ただし、オーナー、球団の株式の過半数を有する株主、又は過半数に達していなくても、事実上支配権を有するとみなされる株主による他の球団の間接所有については、他の球団との利害関係が客観的に認められないと実行委員会及びオーナー会議が判断した場合は、この限りでない」

ニッポン放送は当時フジテレビの筆頭株主だったが、50%には到達していなかった。またフジテレビもヤクルト球団の少数株主で、支配権を持っていたわけでない。グレーゾーンを厳しく見積もった渡邉氏の考えと、その影響を受けたオーナー会議の裁定だった。

上場企業ならば株式の移動は必ずあり、それに伴う企業の再編も起こる。例えば2000年代後半には楽天グループがTBSの株を買い進めていた。TBSが楽天の子会社になっていたら、東北楽天ゴールデンイーグルスか横浜ベイスターズのオーナーシップに影響しただろう。2005年には阪急ホールディングスが阪神電気鉄道を傘下に収めているが、もし阪急がブレーブス(現オリックス・バファローズ)を持ち続けていたら、面倒な話になった。

難しい「グレーゾーン」の判断

ともあれ規約や協約で明確に定められている範囲ならば、判断自体は容易だ。問題は主観的な判断が必要になるグレーゾーンの取り扱いだ。

株や役員構成とは別の要素で“支配関係”が発生するケースもある。どの競技にも「Aチームの親会社がBチームのスポンサーをする」ことへの規制はないが、「売上の30%、40%を支援する」というような状況になると、経営への影響が著しく大きくなる。

一般的な商流の中でも「支配・被支配」の関係は生まれる。典型的な例は金融機関で、株主でなくとも貸付先の経営に対して大きな影響力を持つケースが多い。自動車のディーラーならば、やはり上流が圧倒的に強い。そういう関係性がプロスポーツに持ち込まれることへの警戒は必要だ。

またクラブとリーグの線引きも需要だ。JリーグとBリーグのトップは共に「クラブの元代表取締役」だが、チェアマン就任前に退任している。株を保有していたならば、譲渡が必要になったはずだ。

リーグワンになお残る「間接支配」

ラグビー界には、スポンサーシップに絡む特殊な利益相反がある。リーグワンは日本電信電話株式会社(NTT)とタイトルパートナー契約を結んでおり「NTTジャパンラグビー リーグワン」の名称で開催している。NTT ComはNTTドコモの子会社だが、NTTはグループの持株会社で、NTTドコモの親会社に当たる。グループ企業の置かれた状況を考慮すれば、NTTはリーグとクラブの両方に強い影響を持っている。

制度設計や規約など根本部分で、パートナーの意向はリーグ運営に影響しやすい。端的に言えば昇降格、クラブライセンスなどのルールがNTT傘下のチームにとって有利な内容となりやすい。

しかし所属チームを“支配”する企業がリーグのパートナーをしている構造を、リーグワンは見過ごしている。ラグビー界は利益相反に対しておおらかな文化があり、一時期は日本協会の森重隆会長がリーグワンのトップを兼務していた。性善説の発想が強いのか、協会とリーグ、リーグとクラブ、クラブとクラブの対立構造への警戒心が明らかに薄い。

必要な「間接支配」に関する手当

メディアも「チーム名に企業が入る是非」のようなテーマならば盛り上がるが、地味なガバナンス問題には関心がない。ラグビー界が熟議を積んでそれを認める結論を出したのならばともかく、議論をされた形跡すらない。

日本ラグビーフットボール選手会・川村慎会長の言葉を借りるなら「問題が起こるまで問題だと認識されないこと」がラグビー界にはなお多い。NTTグループとリーグ、クラブにまつわる構造もその一つだ。

リーグワンのライセンスは未整備で、開幕初年度からリーグ運営がいきなり“プロ基準”で進むはずはない。それは最終節の不手際が示す通りだ。

もちろん今からタイトルパートナー契約を差し戻すことも現実的には難しい。想定されるあらゆるケースをすべて規制で縛るのも現実的ではない。しかしリーグワンがビジネス面の発展を目指すなら、試合運営の凡事徹底を図るのと同時に、リーグとクラブの“けじめ”を確認するべきだ。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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