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Bリーグの“黒船”が見せる賢い投資術 なぜ埋もれていた人材が、長崎ヴェルカで輝くのか?

大島和人スポーツライター
(C)n_velca

天皇杯でB1渋谷を撃破

バスケットボールは「番狂わせの少ないスポーツ」と言われる。しかし10月30日の天皇杯第3ラウンド1回戦では、B3(3部リーグ)に参入したばかりの新興勢力・長崎ヴェルカがB1の強豪・サンロッカーズ渋谷を85-84で破った。ヴェルカはリーグ戦も現在10勝0敗と快進撃を続けている。

B3参入前からヴェルカの期待値は高く、既存勢力からは“黒船”と恐れられていた。親会社はテレビ通販でおなじみのジャパネットホールディングス。長崎市の中心地に日本最高レベルのアリーナを建設中で、コーチ陣や選手を見ても“超B3級”の陣容を揃えている。

例えばポイントガード(PG)の狩俣昌也は2020-21シーズンにB1滋賀レイクスターズのキャプテンを務めていた選手だ。ジェフ・ギブスは来日9シーズン目を迎える大ベテランで、Bリーグ初年度(2016-17シーズン)には栃木ブレックス(当時)のチャンピオンシップ制覇に大きく貢献している。

ハード、アグレッシブ……

ヴェルカはB3でおそらく最高の予算を持ち、B1級の人材も迎え入れた。ただし強者にありがちな“緩さ”がなく、個の能力に頼っていないチームでもある。

彼らが“ヴェルカスタイル”と題して掲げるキーワードは「ハード」「アグレッシブ」「スピーディー」「トゥギャザー」「イノベーティブ」の5つ。実際に彼らは“公約通り”のプレーをコート上で体現している。

11月5日の埼玉ブロンコス戦はこのような先発メンバーだった。

センター(C) ハビエル・カーター

パワーフォワード(PF) マット・ボンズ

スモールフォワード(SF)近藤崚太

シューティングガード(SG) 松本健児リオン

ポイントガード(PG) 狩俣昌也

ヴェルカはB3の中でも決して大きいチームではない。一方で機動力の優れた選手が揃い、プレッシャーディフェンスや速攻を武器にしている。B1で例えるなら秋田ノーザンハピネッツと似ていて、エネルギーを出し惜しまず「闘う」スタイルだ。ハイテンポで試合を運び、3ポイントシュートを積極的に狙う攻撃スタイルは、トム・ホーバスヘッドコーチ(HC)が率いた東京五輪の女子日本代表に近いかもしれない。

セカンドユニットの奮闘で落ちない強度

選手への負荷は大きい戦術だが、ヴェルカは点差がついても、試合の終盤になってもこのスタイルを崩さない。選手層が厚いから、セカンドユニット(控え)がコートに立っても強度は落ちない。出場時間がここまでチーム最長のマット・ボンズも、1試合平均の出場時間は26.1分だ。

ヴェルカは5日のさいたまブロンコス戦で、前半を50-50のタイで折り返した。後半に突き放して結果的には106-83と快勝している。ブロンコスの泉秀岳HCは試合後にこう振り返っていた。

「後からギブスが出てくるし、ガードも狩俣選手に変わって山本エドワード選手が出てくる。40分戦うと差が出てしまう」

もっともギブスや狩俣の能力はこの試合を取材するまでもなく、よく知っていた。さらに山本エドワードはB2のベスト3P成功率賞に輝いたことのある選手だし、マット・ボンズも昨季のB2で西宮ストークスを西地区優勝に導いた実力者だ。そういった選手の活躍は想定通りで、意外性も感じない。

驚きは松本健児リオンや近藤崚太といった埋もれていた、消えていた選手の活躍だ。

「仕事のなかった選手」が再生

伊藤拓摩GM兼HCは試合後にこう口にしていた。

「長崎はすごいバジェット(予算)があると皆さんに見られているはずですけど、スタートのうちふたりは去年仕事のなかった選手です。リオン、近藤はチームがなかったんです。彼らは相当に悔しい思いをしています。特にリオンに関しては僕がどれだけ朝早く体育館に行っても、リオンより早く行けないくらい早く来て練習をしている。こちらの要求に早く対応して、伸びもすごく早い」

松本は名古屋経済大時代にインカレでベスト8進出を果たした実績を持ち、2019-20シーズンまでB2奈良バンビシャスに4シーズン所属していた。鋭いドライブでリングにアタックできる27歳のガードだ。近藤は2019-20シーズンにB3静岡ベルテックスに所属していた25歳のウイングプレイヤー。190センチのサイズと機動力があり、3ポイントシュートを武器にしている。10試合終了時点で松本が1試合平均9.7点、近藤は11.2点を記録している。

伊藤HCが説明するように二人は2019-20シーズン終了後に再契約を得られず、昨季は無所属だった。そんな選手が“ヴェルカ再生工場”で復活し、B1経験者に伍して主力級の活躍を見せている。ヴェルカには再起を支える環境がある。

スキルトレーニング、フィジカルの専門家が揃う

伊藤HCはGMの視点からこう説明する。

「それぞれの分野に専門性を持つスタッフがいるのは自分たちの強みです。なかなかスポットライトは浴びていないですけど、例えばスキルトレーナーの小林(将也)はかなりワークアウトしてくれています。スポーツパフォーマンスチームの中山(佑介)さん、高橋(忠良)さんは選手の身体を強くしてくれて、(天皇杯では)B1を相手にフィジカルで互角に戦えました。若手が育つ環境は我々も意識していますが、ジェフ(ギブス)も今までにないプレースタイルを見せています。若手、ベテラン関係なく来た選手がどこかの部分で成長してほしいというのが我々の狙いですし、意識しています」

41歳のジェフ・ギブスはこのチームで“ストレッチ4”の役割を果たしている。5日のブロンコス戦で7本の3ポイントシュートを放ち、そのうち4本を成功させた。1試合平均の試投数は宇都宮時代の約3倍で、成功率も42.9%と高い水準だ。

伊藤HCには「想像にお任せします」と笑顔で流されたが、ヴェルカはおそらくB3最多の予算を持っているクラブだ。優勝のために必要な人件費は、確かにかけている。ただ最大の特徴は「選手を支える環境と人材」に投資していることだろう。彼らはリッチだが、5年後10年後を見据えて計画的に資金を動かしている。

環境が「長崎に行く決め手」に

伊藤GM兼HC、前田健滋朗アシスタントコーチはいずれも30代。B1の強豪に加え、海外での指導歴を持つ。スポーツパフォーマンスチームの中山佑介氏はクリーブランド・キャバリアーズのトレーナーとしてNBA制覇を経験している人材だ。スキルや身体の機能を伸ばし、シーズンを通してコンディションを保つ――。そんな広範なサポート体制は“B1のビッグクラブ級”だ。

狩俣は琉球ゴールデンキングス、シーホース三河などの強豪に在籍した経験を持つ33歳のベテランだが、ヴェルカの環境をこう称賛する。

「環境はすごくいいです。クラブハウスや食事だけでなく、コーチングスタッフもそうですし、トレーナーさんだったりマネージャーさんだったり、その体制は今までやってきたチームの中でトップです。僕はそこに凄い信頼を置いていますし、僕が長崎に行く決め手の一つでもありました」

狩俣昌也選手 (C)n_velca
狩俣昌也選手 (C)n_velca

「やりながら感じる」成長

若手の成長についてはこう述べる。

「僕自身も面白さを感じてプレーをしています。1試合で自信をつかんだり、プレーが明らかに変わったり、やりながら彼らの成長を感じます。滋賀の1年目(2019-20シーズン)もそうでした。試合を重ねるごとにチームと選手が良くなっていくのを感じたシーズンでした。齋藤拓実とかアヴィ(シェーファーアヴィ幸樹)とか、(佐藤)卓磨、(高橋)耕陽もそうです。それとすごく似たものを感じますし、そういう面白さを持ったチームかなと思います」

狩俣が名を挙げた4人はいずれも当時まだ20代前半で、キャリアの乏しい若手だった。ショーン・デニスHCのもとで経験を積み、2シーズン後の2021-22シーズンはビッグクラブで活躍している。シェーファーアヴィ幸樹は日本代表のセンターとして東京オリンピックに出場。齋藤拓実も滋賀で自信を掴み、B1を代表するPGとしてブレイクを果たした。

自信につながる成功体験

5日、6日のブロンコス戦ではいずれも16点を挙げた狩俣だが、その直前まで一桁得点の試合が続いていた。そこにも実は「若手を引き上げよう」という“優しい忖度”があった。

「近藤選手はシューターとして期待されていたはずなのに、天皇杯の予選を通してシュートがあまり入っていなかった。コーチ陣が『彼にどうやって打たせるのか』をプレーの中に入れてきたのを感じていて、そこをやらせたいんだろうなと思ったんです」

狩俣は司令塔として近藤にいいパス、いいスペースを用意し、彼を“活かす”セットプレーのコールを増やした。近藤は周囲の期待に応え、10月24日の八王子トレインズ戦では26点を記録し、チームのMVPを獲得。続く天皇杯3次ラウンド1回戦のSR渋谷戦でも堂々とプレーし、3ポイントシュート3本も含めて13点を決めている。

挫折を経験した選手にはスキル、フィジカルはもちろんだが“自信”の回復が必要だ。もちろん与えられたチャンスを生かす、生かさないは選手次第だ。ただヴェルカにはコーチ陣やベテランが若手に成功体験を積ませようと後押しをするカルチャーがある。

ヴェルカが乗り出した長い“航海”の中には荒波や凪もあるだろう。地域創生、ビジネスといった別のチャレンジも決して容易くはない。とはいえ「選手を育てる、支えるための環境」にまず投資をした経営姿勢、志はシンプルに素晴らしい。ハイテンポで全力を尽くすスタイル、選手とチームの成長を実感できる戦いぶりを見れば、ファンも応援のしがいがあるだろう。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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