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Bリーグにフィリピン旋風の予感あり!「期待外れ」だった昨季との違いはどこか?

大島和人スポーツライター
キーファー(左)とサーディ(右)のラベナ兄弟 写真=B.LEAGUE

実は日本のスポーツと縁の深いフィリピン

「フィリピンとスポーツ」の組み合わせで、皆さんは誰を思い浮かべるだろうか?格闘技ファンなら6階級制覇を成し遂げた伝説的ボクサー、マニー・パッキャオをよくご存知だろう。今年6月6日に全米女子プロオープンを史上最年少で制した笹生優花は母がフィリピン人で、自身もフィリピン代表として東京オリンピックに出場している。

プロ野球や大相撲といった日本の人気スポーツも、フィリピンにルーツを持つ選手が多い。東京五輪の金メダリスト右腕・山﨑康晃(DeNAベイスターズ)は母がフィリピン出身。大相撲も東関脇・御嶽海、東小結・高安とフィリピンにルーツを持つ力士が番付上位に名を連ねている。J2水戸ホーリーホックのタビナス・ジェファーソンは東京・新宿区の育ちだが国籍はフィリピンで、2021年5月のサッカーワールドカップ(W杯)予選で代表デビューを果たした。

バスケットボールはフィリピンの“国技”

ただそんなフィリピン国内で、もっとも人気の高いスポーツはバスケットボールだ。PBA(フィリピンプロバスケットボールリーグ)は1975年に設立されたアジア最古のプロリーグだ。首都マニラには5万5千人収容の「フィリピン・アリーナ」という施設があり、そこで2023年の男子バスケW杯決勝戦が行われる。(注:2023年のW杯はフィリピン、日本、インドネシアの共催で行われる)

筆者は日本海運集会所が発行する英字誌「THE MARINERS' DIGEST(マリナーズダイジェスト)」に、日本バスケに関する記事を寄稿したことがある。フィリピンは世界に飛び出す人材が多い社会だが、世界の商船で働く船員120万人のうち23万人はフィリピン人。日系商船会社に限ると、乗務員の7割以上をフィリピン人が占めている。マリナーズダイジェストも主要読者はフィリピン人船員で、彼らが特に好むのはバスケの記事。そういう背景からの依頼だった。

Bリーグは“アジア特別枠”を用意

Bリーグはそんなフィリピンを中心としたアジアのバスケ熱を取り込もうと、工夫を続けている。昨シーズン(2020-21シーズン)からはフィリピン、中国、韓国などアジア5カ国の国籍を持っていれば一般の外国籍選手と別枠になる「アジア特別枠」も用意された。

アジア枠には強化、ビジネス両面の狙いがある。レベルの高い、日本と違う特徴を持つアジアの有力選手と日常的に対戦を重ねられれば、日本の選手はその経験を国際試合に活かせる。また放映権やスポンサー獲得、グッズ販売などで商権をアジアに広げる可能性が高まる。コロナ禍が収束すれば、観光客をアリーナに呼び込むことも可能だろう。

昨シーズンのB1開幕戦を振り返ると、NHK-BSが中継を行った目玉カードは三遠ネオフェニックスと千葉ジェッツの対戦だった。三遠はフィリピン代表のサーディ・ラベナと契約をしていて「ラベナと富樫勇樹の対戦」が見込まれていた。

昨季はインパクトのなかったアジア勢

サーディはアテネオ・デ・マニラ大学を全国大会3連覇に導くとともに、学生時代からフィリピン代表でもプレーしていた注目株。そんな逸材がプロキャリアを日本でスタートさせた。

ただそんな見込みは外れた。コロナ禍でサーディの入国が遅れ、コートに立ったのは開幕1ヶ月後。しかも相次ぐ怪我、新型コロナウィルス感染とアクシデントが相次ぎ、出場は19試合にとどまった。チームも12勝49敗と低迷し、率直に言って期待外れだった。

そもそも昨シーズンはアジア特別枠の登録が4名のみで、チームの主力と言い得る結果を出した選手はいない。本当にこの枠の意味、価値があるのか確信しがたい状況だった。

しかし今シーズンは違う。まずアジア特別枠の登録が4名から13名に増えた。そして開幕戦からフィリピン人選手がその価値を鮮やかに披露した。

ラベナ兄弟の対決が実現

10月2日、3日の開幕週で組まれた滋賀レイクスターズと三遠ネオフェニックスの対戦ではフィリピン対決が実現。兄キーファー、弟サーディのラベナ兄弟が頻繁にマッチアップする展開となった。

3日の2戦目はオーバータイム(延長戦)までもつれ込む熱戦だった。101-96で勝利した三遠でチーム最多の得点、アシストを記録したのが弟サーディ。21得点5アシスト7リバウンドの大活躍だった。兄・キーファーも2試合で31得点を記録。二人は開幕早々から鮮烈なプレーを見せている。

特にサーディは昨シーズンとは見違えるような輝きを放っていた。鋭いステップ、ハンドリング、アウトサイドからのシュートといったスキルも抜群だが、彼ほどパワフルで跳べるガードはBリーグでも他に思い浮かばない。個人の打開力が際立つ華のあるプレイヤーという点は比江島慎と重なるが、アスリート性はサーディが上回る。

世界中でホームコートアドバンテージ

フィリピン人らしいグループも会場に駆けつけていた。キーファー選手も試合後のインタビューに英語で応えた後、タガログ語で会場のファンにメッセージを発していた。

3日の試合後には、フィリピンのメディアに向けた英語会見も行われた。そこでキーファーはこう述べている。

「フィリピンの人たちは男女の代表チームや僕たちの応援に駆けつけてくれる。フィリピン人選手は世界のどこに行ってもホームコートアドバンテージを感じてプレーできます。京都、大阪、岐阜、東京から駆けつけてくれたことに感謝しています」

サーディもこう口にしている。

「国を代表してプレーできる、旗を振って応援してくれる様子を見るのは最高に気持ちいい」

サーディ・ラベナ(三遠ネオフェニックス/左)とキーファー・ラベナ(滋賀レイクスターズ/右)はいずれもフィリピン代表のスター選手 写真=B.LEAGUE
サーディ・ラベナ(三遠ネオフェニックス/左)とキーファー・ラベナ(滋賀レイクスターズ/右)はいずれもフィリピン代表のスター選手 写真=B.LEAGUE

日本代表勢とのライバル関係も

Bリーグで対戦したい選手を問われて、キーファーは答えていた。

「比江島、田中(大貴)、富樫……。こういった代表チームで競った選手とまた対戦したい。U-16やU-18の代表チームで対戦した島根の安藤誓哉も気になります」

FIBA ワールドカップ2019 アジア地区1次予選で、日本はフィリピンに連敗している。日本はそこから2次予選で盛り返し、W杯出場を勝ち取った。今やNBAに八村塁、渡邊雄太も送り込んでいる。ただしフィリピン代表の世界ランキングは今も日本より上だ。

「準備」が昨季との違い

会見が日本のメディア向けに切り替わったあと、サーディに「昨シーズンとの違い」を尋ねると、明快な説明が返ってきた。

「昨シーズンは合流がかなり遅れてしまったけれど、今シーズンは事前に準備する時間がありました。それが昨シーズンと最大の違いです。チームのシステムを理解が出来ていて、オフコートでもオンコートでも新しいチームメイトとコミュニケーションができている。夏の間にトレーナー、コーチとしっかり準備してベストシェイプで臨めている。チーム、クラブを助けられる準備をしてきました」

フレンドリーで謙虚なラベナ兄弟

滋賀戦のパフォーマンスについて尋ねると“チームファースト”を意識した答えが帰ってきた。

「今日くらいのパフォーマンスをスタンダードにできたらいいけれど、試合ごとに置かれている状況も変わってきます。自分としてはチームが必要とするプレーを毎回やっていくことがまず頭の中にあります。効果的、効率的にプレーすることが自分にとって大きなチャレンジです」

サーディは華やかで魅せるタイプだが、動きがダイナミックであるが故の危なっかしさもある。マークを引き付けつつ周りを活かす、シンプルでも効果的なプレーをする“大人っぽさ”身につけられれば鬼に金棒だ。

サーディ、キーファーの会見で感心したのは二人の感じの良さだ。試合直後の長い会見でも常に笑顔で、相手に対してフレンドリーな姿勢を保ち、答えもポジティブで謙虚。サーディは記者会見の前後に丁寧なお辞儀をするジャパニーズスタイルが板についていた。程よい可愛らしさ、愛嬌も備わっていて日本のファンに好かれるキャラクターだろう。

フィリピン選手の特殊事情も

今季のBリーグではサーディ、キーファーも含めて8名のフィリピン人選手が登録されている。そのうち4名は開幕戦で既にデビューを飾り、新潟アルビレックスBBのコービー・パラスも2日の京都ハンナリーズ戦で25得点の大活躍を見せた。9日、10日には再び三遠と新潟の「フィリピン人対決」が組まれている。

一方でまだチームに合流できていない、コンディションが整わずコートに立てていない選手も4名いる。背景にはビザ発給、入国プロセスの違いがある。一般の外国籍選手はビザ申請の手続きが2週間から1ヶ月程度で終了する。しかしフィリピン人選手は在外労働者の保護という観点から、POLO(在日フィリピン共和国大使館海外労働事務所)やPOEA(フィリピン海外雇用庁)といった機関の審査が必要だ。つまりBリーグのクラブにとっては手間と時間がかかる。

ただ開幕から登場できなかった4選手も代表級の人材で、コートに立てばラベナ兄弟やパラスのような活躍を見せられるだろう。

今季のBリーグはきっとフィリピン人選手が旋風を巻き起こすシーズンとなる――。事前に盛り上げて期待外れだった昨シーズンと違い、2021-22シーズンはリーグやメディアが煽らなくても自然とサーディやキーファーの活躍が目に入ってくるだろう。いち早くコロナ禍が収まり、同胞がフィリピン人選手にあの熱狂的な応援を送る日が来ることを願いたい。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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