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“顔”が見えない新リーグ 日本ラグビーはどこに向かうのか?

大島和人スポーツライター
左から太田治業務執行理事、森重隆理事長、東海林一専務理事、池口徳也理事:筆者撮影

16日に新リーグ記者会見

7月16日、東京都内で「ラグビー新リーグ 発足記者会見」が行われた。ラグビー界では2003年に東西の社会人リーグが一本化され「ジャパンラグビートップリーグ」として再組された。トップリーグは世界のトップ選手が集結する“スーパー実業団リーグ”で、その充実が2015年と2019年のワールドカップにおけるジャパンの躍進に貢献した経緯も間違いない。

一方で企業がチケットを買い取って成り立つ仕組みがファン不在の状況を呼び、親会社の巨額の負担に関する問題意識も広まっていた。リーグの永続性を考えればチームの事業化、自立が必須なことは明らかだった。

2019年のW杯前後には清宮克幸・日本ラグビー協会副会長による改革構想があった。しかし清宮副会長は2020年秋頃にこの問題から手を引き、動きを引き継いで新リーグ法人準備室の室長を務めた谷口真由美氏もフェイドアウト。森重隆・日本ラグビー協会会長がリーグのトップを兼任する体制で、今回の記者会見が行われている。

名称「ジャパンラグビーリーグワン」

新リーグの名称は「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE(ジャパンラグビーリーグワン)」と定まった。DIVISION1(1部)には下記の12チームが参加する。リーグは3部で構成され、DIVISION 2(2部)、DIVISION 3(3部)はそれぞれ6チームずつ。当面は入替戦も実施される。また新規参入にも門戸を開くオープンリーグで、チーム数がこれから増えていく可能性もある。

公式チーム名称

★DIVISION1

埼玉ワイルドナイツ

グリーンロケッツ東葛

クボタスピアーズ船橋・東京ベイ

シャイニングアークス東京ベイ浦安

東京サンゴリアス

ブラックラムズ東京

東芝ブレイブルーパス東京

横浜キヤノンイーグルス

静岡ブルーレヴズ

トヨタヴェルブリッツ

NTTドコモレッドハリケーンズ大阪

コベルコ神戸スティーラーズ

曖昧なホームスタジアムとエリア

報道で使われるチームの呼称を見ると、12チーム中6チーム(コベルコを愛称として見れば7チーム)から企業名が消えている。

このうち静岡ブルーレヴズ(旧ヤマハ発動機)、東芝ブレイブルーパス東京の2チームは従前の親会社による100%出資ながら、独立法人を立ち上げる。引き続いて社員選手も残るが、チームは「プロ」と言い得る形態になる。グリーンロケッツ東葛(旧NEC)や埼玉ワイルドナイツ(旧パナソニック)は複数の競技をパッケージにして法人を立ち上げている。これも意思決定を迅速化し、スポーツビジネスに向けて最適化する意図と受け取っていい。

リーグ戦はホーム&アウェイ方式で行われる。今回の改革で試合の主管がチームに移り、ホストエリアも設定され、自力の地域密着が求められる。リーグが一般社団法人として協会から独立したことも大きな変化だ。

ただしホームスタジアムの固定化が十分に進んでおらず、ホストエリアの設定は良くも悪くも曖昧。例えばクボタスピアーズ船橋・東京ベイは「東京都江戸川区、中央区、千葉県市川市、船橋市、千葉市、市原市、成田市」とかなり広いホストエリアを設定している。またシャイニングアークス東京ベイ浦安は仙台市、横浜キヤノンイーグルスは大分県を「セカンダリーホストエリア」に設定している。

呼称を見るとディビジョン1は12チーム中5チームに「東京」が入っており、三大都市圏に11チームが集中している。地域バランスは東北楽天、北海道日本ハムが登場する前のプロ野球に近い。

掴みきれない新リーグのイメージ

リーグワンの開幕は2022年1月7日(金)と決まった。試合のスケジュール、事業運営計画などの詳細は9月末に改めて発表される。

新法人の発足にこぎつけたものの、針路が明確に定まっていない印象は強い。会見で繰り返し強調されていたのは2024年までの3シーズンを「フェイズ1」、2028年までの4シーズンを「フェイズ2」、その後の4シーズンを「フェイズ3」に設定し、段階的に改革を進める方向性だ。ともすると議論が決着せず、決定を先送りしただけに見える。

方針のブレもある。例えばディビジョン分けの審査では事業性、社会性が重視されたものの、向こう3シーズンの昇降格は成績だけで決まる。そもそもライセンス制度のような基準、審査プロセスが整備されていない。池口徳也理事はこう説明していた。

「リーグとしてラグビー協会として、しっかりしたライセンスという制度に昇華させていく必要がある。今回の審査は全てが完璧なものではなかったかもしれません。次の制度設計にしっかり生かしていくためにもしっかりレビューをして、課題があればチームの皆さんに共有する形で進めていきたい」

ホストエリア、スタジアムについて問われた東海林一専務理事はこう述べていた。

「初年度は準備時間として、必ずしも(スタジアムを)十分に獲得できないケースもある。しかし3年間のところでリーグもサポートしながら、獲得に動いていただく」

新法人のイメージも掴みきれない。記者会見には4人の理事が登壇したものの、リーグの「顔」が不明確だ。森重隆理事長(代表理事)が新リーグのバリュー、ビジョン、ミッションなどを発表したものの「着席したまま手元の資料を読む」という絵作りをまったく想定しないプレゼンテーション。森代表理事は日本協会会長との兼任で、軸足はどうしても協会になるだろう。

となるとリーグを実質的に切り盛りするのは東海林専務理事、太田治業務執行理事になるのだろうが、発信役を買って出る様子はない。記者の質問も「答えられる方でお願いします」と相手を特定しないものが多く、途中からはもっとも年齢が若い池口徳也理事が他の理事からの目配せを受けて回答する場面が目立った。

Jリーグの“顔”となる村井満チェアマン
Jリーグの“顔”となる村井満チェアマン写真:つのだよしお/アフロ

サッカー、バスケと真反のモデル

Jリーグなら村井満チェアマン、Bリーグなら島田慎二チェアマンという分かりやすい顔がいる。ビジョナリーとして方向性を打ち出し、メディアと向き合う役目を担っている。それに比べるとリーグワンは顔が見えない組織だ。

思想、制度設計も独自路線だ。ラグビーに限らず協会とリーグは普及、発展を目指すパートナーだが、同時に線引きも必要となる。ラグビーならば「代表の活動とリーグ戦をどう共存させるか」「チケット収入の上納割合をどうするか」といった論点があり、利害の衝突も起こる。にもかかわらず日本協会の森重隆会長が、新リーグのトップを兼任している。

池口理事はこう説明する。

「ジャパンラグビーリーグワンはラグビー協会と24チームの共同事業で、運営法人に会員としてラグビー協会も参画しております。利益相反でなく、利益を一つにして一体となって、共同としてラグビーの発展として進めていく運営形態を選択しています」

是非は別にしてラグビーはサッカー、バスケと真逆の選択をした。また池口理事は意思決定の過程をこう振り返る。

「新たな社団法人として24チームとラグビー協会が共同で新しい事業を作り上げていく。そういう基本的な考え方を大事にして、リーグの名称、アイデンティについては24チームの皆様と一緒に作り上げてきた」

新リーグはチェアマンが方針を打ち出し、リーグを引っ張るトップダウン型でなく、ボトムアップ志向だ。当然ながら調整に時間はかかるだろう。さらに実業団チームは会社、上長に話を戻すプロセスがあるため、スピード感はさらに落ちる。しかしリーグワンは意思決定の迅速性より“和を以て貴しとなす”ことを優先するガバナンスを採用している。

見えない数字

各チームが話し合った結果として今回発表された新リーグのバリュー、ビジョン、ミッションは穏当で最大公約数的な内容になった。一方でラグビーに関心がない人に刺さるインパクト、分かりやすい売りが見えない。抽象的な理念こそ打ち出されているが、数字で表す明快な指標がない。

個人的に考えるリーグワンの成功を証明する分かりやすい指標は“お金”だ。放映権料、スポンサー契約などで独自の資金を手に入れ、「配分金が年会費に上回る状態にする」ことが、ガバナンスの一丁目一番地とも言える。

来年度の予算がまだ確定してないにしても、リーグワンが大まかに見てどれくらいの事業規模になるか? そこが個人的に大きく気になるポイントだった。例えば年間予算が数億円レベルか、数十億円レベルか、Jリーグのようにリーグ単体で300億円近いレベルになるかで、「何ができるか」は大きく変わってくる。スタッフの人数も大きなポイントだ。

ただしそのようなリーグの設計に関する筆者の質問に対して、東海林専務理事の回答は素っ気ないものだった。

「設計はありまして、当然ながらチームの皆様とは共有し社員総会、理事会で既にご承認いただいているものがございます。それは公表する内容ではありませんので、現時点での公表は差し控えたいと思います」

求められるファンへの向き合いと情報公開

独立法人で構成されたプロリーグと違い、リーグワンは実業団を中心とした構成だ。しかも1部から3部までオーナーが全て大企業だ。大企業はリスクセンシティブでプライドが高く、総じて「コントロールできない形で情報が出る」「自分たちが知るより先に報道される」ことを嫌う。

2015年夏に行われたBリーグ(B1)参入の審査は「売上2億5千万円」「アリーナの収容人員5千人」といった明快なハードルが設定されていた。特定のクラブについて「このような理由で1部に残った」「2部になった」という説明が行われた。リーグやクラブの決算、株主の異動についても、その都度かなり詳細な説明がされている。

地域社会に根付く、ファンを増やすという視点に立てば、ラグビーも適時の詳細な情報共有が決定的に重要だ。メディアの向こうには地域の住民、リーグやチームのスポンサーになり得る潜在顧客もいる。だがリーグワンは審査過程のような舞台裏を見せたがらず、情報開示も消極的だ。要は顔がファン、スポンサーでなくオーナー企業に向いている。

強いメッセージを打ち出していた清宮克幸というリーダーが実質的に失脚したなかで、親会社の反発を抑えつつ「まずまとめる」ことが必要だった状況は理解できる。大企業の論理と折り合いをつける難しさも想像に難くない。とはいえファンやスポンサーを増やせれば、その利はオーナー企業にも還元される。仲間を増やすためには向き合う、伝えるプロセスが不可欠だ。

イニシアチブを持つのは誰か?

会見でも強調されていたように、これは改革の終了でなくスタートだ。試合の主管権がチームに移った、独立法人化を選択するチームが登場したことはまず前進だ。しかし現状の見え方、見せ方ではファンに「何が変わったのか」「どんな希望があるか」というメッセージが届かない。リーグワンはファン、新規スポンサーにとって分かりやすい、顔の見える存在に脱皮する必要がある。

協会がイニシアチブを発揮しない新リーグを、どういい方向に進めるか――。それがリーグワンにとって当面の課題になる。答えはシンプルで、有力チームが次のフェイズを引っ張るしかない。実際に集客、事業化で結果を出したチームの発言権は強まり、自然とリーダーシップを取る状況になるだろう。

各企業が納得し、ラグビー界の針路が定まる状況となるまで、まだ何年かはかかるだろう。議論が深まればそれに伴って紛糾、深刻な衝突も生まれるに違いない。それは過去の延長線上で物事が何となく続き、目の見えないところで足を引っ張り合う状況より、ずっと健全だ。衝突はエネルギーを生み、ラグビー人が真剣に改革へ取り組むスイッチにもなる。日本ラグビーが困難な課題に取り組み、乗り越えた“真のワンチーム”になる日を待ちたい。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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