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161センチのJリーグMVP 仲川輝人は横浜FMでなぜ輝くのか?

大島和人スポーツライター
(写真:築田純/アフロスポーツ)

異論はないが、驚きのMVP

8日のJリーグアウォーズで、仲川輝人がJリーグのMVP(最優秀選手賞)を受賞した。J2時代を知るサッカーファンなら、“テル”の栄冠に感慨や驚きがあったに違いない。

彼は身長が161センチ。専修大学時代には右膝の重傷を負い、大切なルーキーシーズンをほぼ丸ごと棒に振った。プロ2年目、3年目は期限付き移籍で出場機会を得たが、J2でもなかなか得点を奪えなかった。

プロ5年目の27歳だが、J1でのキャリアは実質的に2シーズンしかない。

そんな男が15得点を挙げ、J1の得点王に輝いた。全体2位に相当する9アシストも記録し、エースとして横浜F・マリノスをJ1制覇に導いた。誰もがMVP獲得受賞を納得する活躍たった。

12月中旬に開催されるEAFF E-1 サッカー選手権では日本代表に招集され、森保一監督からは背番号10を与えられている。

専修大では関東1部を4連覇

仲川はU-15、U-18と川崎フロンターレの育成組織でプレーしていた。自分が見た試合ではFWや[4-4-2]の右サイドハーフとして鋭い動きを見せていたし、90分間を通してハードに「戦える」選手でもあった。

もっとも当時(08〜10年度)の川崎はトップチームこそ台頭し始めていたものの、U-18は神奈川県リーグか、プリンスリーグ関東2部に位置していた。同期に直接トップへ昇格した選手はおらず、彼は同期の苅部隆太郎(チャイナート・ホーンビルFC)らとともに大学進学を選ぶ。

ただ大学時代は驚異的だった。専大は関東1部に復帰したばかりの新興勢力だったが、11年の仲川入学とともに4連覇の黄金期に突入する。

サッカー自体もスキルフルで面白かった。3年先輩に庄司悦大(京都サンガ)、町田也真人(松本山雅FC)がいた。1学年上も長澤和輝(浦和レッズ)、下田北斗(川崎フロンターレ)と後にJ1で活躍する技巧派がいる。

つまりインサイドMFに大学サッカーのオールスター級が揃っていて、[4-2-3-1]の右サイドで起用されていた仲川の「縦」「フィニッシュ」は劇的に生きた。3年次の2013年には関東大学リーグの得点王にも輝いている。当時はプロ野球に例えればドラフト1位競合級の評価だった。

プロ入り後の3年間は苦しむ

大学4年の10月に負った右膝は復帰まで1年近くかかる状態だった。それでもマリノスは手負いの大学NO1アタッカーと14年10月末に契約し、その後の可能性に懸けた。

もっとも復帰後はレンタル先のJ2でこそ出番を得たものの、ゴールと縁が薄かった。16年にはFC町田ゼルビアで12試合に出場して3得点。17年に至ってはアビスパ福岡で18試合に出場しつつ無得点だった。

町田では2トップの一角として起用されていた。ロングボールが多いスタイルの中で、DFの背後を突く、相手ボールを追う部分で強みを発揮していた。ハードワークによる貢献は大きかったしし、チャンスメイクも効いていた。ただしフィニッシュで強みを出せていなかった。

右膝の前十字靭帯損傷は、復帰できたとしても本来の動きを取り戻すまでプラスアルファの時間が必要だ。動きのキレも、おそらく本来の状態ではなかったのだろう。

右ウイングとして覚醒

仲川をフィニッシャーとして生かしたのが、昨季からマリノスの監督に就任したアンジェ・ポステコグルーだ。

マリノスのスタイルは両ウイングが幅を取りつつ、中央、左右の中間スペース、大外をバランス良く使うスタイル。ボールを大事にしつつ、左右のスイッチでズレを作り、パスと人の動きで相手を剥がしていく戦術だ。

仲川はこの戦術に、理想的な右のウイングプレイヤーとしてハマった。彼は縦に真っ直ぐ走る能力が高いだけでなく、「止まる」「方向を変える」部分の鋭さをもっている。いわゆるアジリティが優れたタイプで、細かい動作をしてもバランスが崩れず、すぐ次のプレーに移って先手を取れる。

マリノスはスペースの活用にこだわるサッカーをしているが、仲川も自力でスペースを作れる選手だ。要はDFの小さなギャップ、反応が遅れる背中側に一瞬早く入り込んで、ボールをコントロールする隙間を生み出せる。加えて縦突破、横へのカットインでシュートやラストパスを打つ間合いを簡単に作ってしまう。ボールを受けるまで、受けてからがいずれも素晴らしい。

真骨頂は「桂馬」の動き

仲川は専修大時代と同じ右のウイングで起用されているが、そこはベストポジションなのだろう。大外からぶっちぎる「香車」の動きも十分できるのだが、中間スペースで見せる「桂馬」の動きが絶品だ。

エリアの右角でボールを受けてからのプレーは、仲川の真骨頂と言っていい。右利きならDFは縦を切るのが定石だが、彼は相手の体勢を見つつ左へのカットインを多用する。

「左側から抜ける右利き」はそもそも希少だが、仲川は左足のシュートも上手い。浮かさず、コースを突くシュートを高確率で打てるし、振りが小さいから小さなスペースで事足りる。今季は全15得点の半分以上を左足で決めていて、それなりに長く見ている筆者もその異能に驚いた。

J1 得点王!|仲川輝人(横浜F・マリノス)全ゴール集(DAZN Japan)

仲川は攻撃における「最初のターゲット」を免除される一方で、中央や左サイドを崩したあとの仕上げに関わることが増えた。スキル云々でなくシュートを打ちやすい形で持つ頻度が上がった。

Jリーグは[4-4-2]や[3-4-2-1]の布陣が多く、得点にも絡む本格的なウイングタイプは意外と少ない。とはいえ仲川の他にも古橋亨梧(ヴィッセル神戸)など適任者はいる。身長161センチの、J2でも苦しんでいた人材が、強みの引き出し方一つで化けるーー。今回のMVPはそんな興味深い実例だった。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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