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楽天+山形=? J1に迫るクラブ社長が進める改革と手にした武器

大島和人スポーツライター
相田健太郎・モンテディオ山形社長:筆者撮影

強者が守り、弱者は挑戦するーー。それはビジネスに限らない争いの常道とも思えるが、サッカー界には逆の構図がある。Jリーグを見ると鹿島アントラーズ、川崎フロンターレ、横浜F・マリノス、ヴィッセル神戸のように、ビッグクラブほど積極的な経営をしている例が多い。

DAZNマネーの追い風もあるのか、各クラブの売上は堅調に推移している。そもそもスポーツ産業、ライブエンターテイメントは低迷する日本経済における例外的な成長産業だ。一方でJリーグは野球やバスケに比べて成長、変革に対して貪欲とは言い難い会社が多い。25年前の革新的なスタートアップから日も経過し、今は保守的なマインドが広まっている。

恵まれてはいない山形の条件

知人から「モンテディオ山形の経営が面白い」という情報を聞いた。2018年の平均観客数は6766人。今季のJ2を6位で終え、観客数を8289名に伸ばしている。12月1日のJ1参入プレーオフ1回戦は大宮アルディージャに2-0と快勝し、8日の2回戦(徳島ヴォルティス戦)に進んでいる。

山形県は人口108万人で、決して大きくないマーケットだ。ホームスタジアムは典型的な国体仕様の陸上競技場だし、「官」の資本が入った経営体制でもある。以前は社団法人として経営されていたクラブで、2014年に株式会社化。山形県スポーツ振興21世紀協会とアビームコンサルティングが49%、山形県が2%の株式を保有している。

相田健太郎社長は山形県南陽市出身の45歳で、19年1月に就任したばかり。楽天野球団、ヴィッセル神戸でキャリアを積んできた人物だ。IT企業のカルチャーで育った人物が、そんなクラブでどう手腕を振るおうとしているのか?筆者の興味はそこにあった。

彼は就任時の思いをこう振り返る。

「ここへ来たときに『なんで神戸を辞めてきたんですか?』と聞かれることが多かったんです。でも自分の故郷ですし、東北の人間として山形でなにかやる機会があるのであればお断りをする気もなかった。ポテンシャルは絶対あると思っていました」

「机」を変えて会議を削減

ただ就任直後からハレーションはあった。

「『社長室です』と通されたわけですが、社長室の文化が今まで僕にはなかった。だから社長室はいらないなと伝えました。あと(オフィスに)携帯電話の電波が届かなかったんですよ。最初は職員室みたいな職場で、横との会話も無いんです」

相田社長はまず会社の「机」を変えて、フリーアドレス(自由席)の仕組みを採用した。それまで乱雑だった整理整頓も、各自の荷物をロッカーに収納せざるを得なくなったことで改善された。鍵付きの社長室は機密情報の多い強化部が使うスペースになった。

フリーアドレス制を採用し、すっきりしたオフィス:(C)MONTEDIO YAMAGATA
フリーアドレス制を採用し、すっきりしたオフィス:(C)MONTEDIO YAMAGATA

もう一つ手を付けたのが会議の削減だ。当時の山形に限らず、日本企業には会議を好む文化がある。相田社長は説明する。

「会議の時間をすごく作りたがって、個室に閉じこもってやる。今はフリーの場所も作って、気になりますと言ったら『誰々と誰々は来て』と言ってそこで話をする。違う部署の人の隣に座って仕事をしていいし、近くで話をしてもいい」

スポーツビジネスは原理原則だけでは片付かず、柔軟でこまめな行動が要求される典型的な「サービス業」だ。硬直した意思決定手法は、率直に言ってなじまない。

必要な「看板の話」からの脱却

2018年に山形が挙げた営業収益は過去最高の16億9800万円。相田社長はこの数字に大きな「伸びしろ」を見る。

「広告の提案内容とか売り物の設計が貧弱で、作り込んでいない。単純に『ここにいくらで出せますよ』という営業しかなかった。逆にすごいなと感じたんです」

山形の熱と郷土愛があるから、それでもクラブには支援が集まっていた。

ここから売上を大幅に伸ばそうとするなら、人に投資をしなければいけない。サッカーに限らず、伸びているクラブは営業マン採用などの手を打っている例が多い。彼は営業体制についてこう述べる。

「人は増やさなければいけないけれど、同時に質を上げていかないといけない。みんな(営業を)看板売りだと思っているし、ウチも実際そうなんです。1億稼げる人がいるなら余裕で1千万円あげるからおいでよ…と言いたいけれど、今いる人たちができないのかというとそうではない。考え方の根底を変える作業をしている状況です」

相手を知ってニーズを汲み取り、一緒になって「ウィンウィン」の関係を作るプロセスが営業のあるべき姿だ。しかしスポーツ業界を見れば、それができる人材は希少なのかもしれない。相田社長は現状をこう分析する。

「1社ごとにカスタマイズして、『御社のこの目的に対してこの提案をしています』と変えてごらん?と話をすれば変えてはくる。ただ結果的に看板の話に終始しちゃう。『看板は500万円、がんばりますから!』って言われても、聞いている側はつまらないですよね……」

「公園でも売上を」

彼はピッチとオフィス以外にも目を向けている。

「山形総合運動公園を指定管理で持って、全て僕らが管理しています。サッカーのビジネスで伸ばすのもそうだけど、指定管理でこれだけ立派な公園をもたせてもらっている。公園でも売上を作れることを、将来的に考えていこうと思ったんです」

仙台市の楽天生命パーク宮城は元々、運動公園内にある老朽化した野球場だった。しかし楽天グループは球場を徹底的に改装し、都市公園法に基づく指定管理者として魅力的な「ボールパーク」に変えていった。試合抜きでお祭りとして楽しめる雰囲気があり、飲食、物販などの用意もされている。相田社長によると球団幹部10名以上が班に分かれて、メジャーリーグの30球団中29球団を見に行ったというから、仕込みにもそれだけ力をいれていた。

山形として制度的、資金的な制約はあるが、施設の改修や運用は大きな改革のポイントだ。彼は説明する。

「場外飲食は元々すごく充実していました。ただロケーションが悪かった。例えばモンテスくんの巨大なふわふわドームは奥の方にあって、稼働しているように見えなかった。着いてバッと入って『わあ、すげぇ』ってインパクトはすごく重要です。来年はもっと変えよう、ロケーションも全部見直そうと思っています。今回は完全に応急措置です」

子供が中で遊べる巨大モンテスくん:筆者撮影
子供が中で遊べる巨大モンテスくん:筆者撮影

国体施設を活用するアイディア

NDソフトスタジアム山形の場外は十分なスペースがあり、テントや椅子なども用意されている。動線の改善や見せ方、イベントの作り込みでもっと楽しい場に変えることは可能だ。賑わいが生まれて、いいイベントを組めば、それはビジネスにもなる。相田社長は述べる。

「それをすることで、イベントに対する協賛でスポンサーを取れるようになった。フェイス・トゥー・フェイスで何かをしたい会社さんに、ご協賛をいただきやすくなる」

日本には国民体育大会というスポーツの大イベントがあり、毎年秋に47都道府県の順繰りで開催される。陸上競技場、体育館などが1か所に集積され、緑化や災害対策の機能を持った都市公園として整備されるケースが多い。山形県総合運動公園もそんな一例だ。しかしそのような国体施設が有効活用されているとは言い難い現状がある。

彼はこう提案する。

「この公園全体が365日ずっと、人で賑やかな状態になっているのがベストだと思うんです。極論をいうと保育園だったりレストランだったり、もっと日常を作りたい。日本は国体で作ったこういう施設はいっぱいあります。税金を入れて、ちょっとだけ補修して、何となく走らせている状態だと思います。それはもったいないじゃないですか」

県特有の事情もある。

「山形って皆さん車で移動するんですけれど、車を運転できない人の移動する手段がなさすぎます。僕はバスタ新宿みたいな、山形県の心臓部となるようなものをここに作りたい。そこにショッピングモールも併設されて、ちょっと後ろに行くと自然があって、運動できるスペースもある。駐車場はありますから、パークアンドライドもできる。そういうことを考えていかなければいけないなと漠然と思います」

試合日はスタジアム外も賑わう山形総合運動公園:筆者撮影
試合日はスタジアム外も賑わう山形総合運動公園:筆者撮影

必要な県との対話と「自走」

山形は県庁OBの取締役、幹部も入っていて「半官半民」の性質を持つ存在だ。クラブや公園の価値が上がれば、それは官にとってもメリットとなる。相田社長が一方的に発信するのでなく、県のニーズを汲み取り、対話して答えを共有していくーー。そんな双方向の関係も改革の肝だ。

「今の法制度だと難しい部分はあるけれど、県の条例で変えられるところはまだいっぱい残っています。いちばん大事なのは変えて何が生まれるか、ちゃんと話をしながら作り込んでいくことです。両者にとっていいものを作っていくことを、諦めずにやり続ける。それが大事かなと考えています」

直近のJ1を見ると大分トリニータという例外こそあるが、残留には「25億円の売上」「10億円の人件費」が最低限の目安になる。山形は2015年にJ1へ昇格し、1年で降格している。今の経営規模でJ1昇格に成功をしても、上位進出は現実的でない。相田社長はまずクラブと施設の価値向上、足元固めを考えている。

「J1じゃなくてもJ2だったとしても、何が大切かと言ったら経済が動くこと。そしてその県に対して何をもたらすことができるかだと考えています。勝ち負けは重要なんですけど、もっとも重要なのはお金を自分たちで作って『自走』する集団になれているかどうか。それをやれば、勝ち負けはついてくると思っています」

大スポンサー獲得のフックは公園?

県外からの誘客、県のブランド価値向上も、クラブが果たせる大きな貢献だ。一方で経営的な飛躍を考えると、アビームコンサルティングに続く全国区のスポンサー獲得も必要となるだろう。

相田社長は述べる。

「ナショナルクライアントは欲しいですし、考えなければいけない。そのフックが何なのかは色々考えていますけれど、ひょっとしたらサッカーでなく公園かもしれません。サッカーは21日しか動かないけれど、公園ビジネスは(残りの)344日も動く。ここの公園を利用している方は、年間に100万人いるんです」

山形県総合運動公園は市民に広く使われている施設だ。陸上競技場の他にサブグラウンド、総合体育館、テニスコート、プールなどの施設があり、総面積は56.1ヘクタール(サッカーのピッチ79面分)と巨大。自然の維持は大前提だし、公共の公園として老若男女がゆったり寛げるスペースも必要だが、まだ有効活用されていないエリアが多く残っているという。

相田社長は続ける。

「公園をプラットフォームにするべきだと思うんです。それはイコール僕らのクラブを利用してもらうことにつながる」

熱い郷土愛も、恵まれた環境の公園も、東京のクラブにはない強みだ。地域に根づき経営を成り立たせるためには営業、数字も重要だが、同時にオリジナルのカルチャーやロマンは武器になる。ローカルなJ2クラブでもプロ経営者の力で価値を上げ、飛躍を果たす可能はある。両面で物足りないJクラブが少なくない中で、相田社長の言葉は力強く感じた。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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