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郊外型アリーナの先駆けとなるか? 群馬県太田市長の興味深い提案

大島和人スポーツライター
群馬クレインサンダーズを応援する子どもたち 写真=B.LEAGUE

清水市長がオープンハウス荒井社長に提案

群馬県太田市の清水聖義市長が、7月17日にツイッターで興味深い投稿をしていた。下記のような内容だ。

「オープンハウス荒井社長にバスケ『クレインサンダース(原文ママ)の本拠地を太田に』とお願いに行ってきた。かなり長時間話をしてきた。バスケでスポーツ文化を盛んにし、バスケで社会貢献したいという。太田に5千人規模のオープンハウス体育館をというお願い(後略)」

群馬クレインサンダーズは、昨年のB2東地区王者で、B2プレーオフでも準優勝を果たした。資産に対して資本が薄く財務基盤が脆弱だったため、2019-20シーズンのB1ライセンスは交付されていない。つまり今季の昇格は認められなかった。

しかしこの6月にオープンハウス社が引受先となって増資を行い、経営体質を大幅に改善。ホームのヤマト市民体育館前橋もB1規格に合わせた増席を行う方向で、2020-21シーズンのB1昇格を目指す体制を整えつつある。

オープンハウス社は一部上場の総合不動産会社で、長瀬智也さんが小学生に扮したコミカルなCMでおなじみ。創業者でもある荒井正昭社長は太田市の出身で、クレインサンダーズへの経営参加には地域貢献の狙いもあると聞く。そういう縁も含めて、清水市長はアリーナ建設への協力を依頼したのだろう。

前橋、高崎にもB1級のアリーナ

太田市にはジャパンラグビートップリーグの強豪、パナソニックワイルドナイツの練習場がある。三洋電機時代からの長い縁があり、太田市運動公園陸上競技場で開催するリーグ戦もあった。しかしワイルドナイツはこの2月、熊谷市への移転を表明している。新たな街の求心力として、クレインサンダーズを呼び込もうという発想はよく分かる。

オープンハウス社内や太田市議会で議論が行われる前に「夢」を語るのは性急かもしれない。立地や資金、運営などプロジェクトの概要を詰めていく作業も決して容易ではない。ただそれを分かっていても個人的にこのツイートを見て「いいね!」のボタンを何度も押したい気持ちになった。

もっともクレインサンダーズは現在、前橋市内のヤマト市民体育館前橋をホームとしている。また群馬には収容規模を見れば「超B1級」の施設が他に2つある。

前橋市のALSOKぐんまアリーナは最大6700名の収容。高崎アリーナは築3年足らずと新設で、収容6000人。なおかつ高崎駅から徒歩圏内だ。そんな中でなぜ人口22万人の太田市に移転する意味があるのか?と疑問を持つ人はいるだろう。

前橋と高崎はほぼ一つの都市圏だが、太田市まで自動車でおおよそ1時間の距離。前橋市民の知人に太田市のアリーナ構想について聞くと「遠い」と即答だった。

Bリーグ用には大きすぎる4面コート

一方でぐんまアリーナ、高崎アリーナには「大きすぎる」という問題がある。どちらもフロアの面積が3500平方メートルを超えていて、バスケやバレーを同時に4試合開催できる広さだ。

アマチュアの大会ならば複数の試合を同時にやれた方が便利だし、4面コートは国体型体育館の標準設計でもある。しかし大型フロアは客席からコートが遠くなり、臨場感が奪われるためプロ向きではない。「陸上競技場で見るサッカー」と同じ現象が起こる。

加えて高崎アリーナははフロアが2階にある。アリーナは「フロアがコンクリートで、トラックやフォークリフトを直に入れられる」設計が理想的だ。コートはもちろん木の床がベストだが、アメリカではウッドコートをコンクリの上に固定する方法が主流となっている。高崎について言えば2階まで看板、椅子などの機材や調度をどう運ぶか?という運用上の問題がある。

仮設席も含めた試合の環境を作る手間は馬鹿にならず、毎週のように数百万円単位のコストが飛んでいるクラブもある。事前の設計をBリーグの試合に向けて最適化することで、このようなコストは下げておきたい。

群馬で重視するべきは自動車のアクセス

もちろん太田市に県庁所在地や新幹線停車駅の強みはない。太田駅は伊勢崎線、桐生線、小泉線の結節点となる東武の重要ターミナルだが、1日平均の利用客は高崎の4分の1ほど。そこは間違いなくハンデだろう。

ただし太田市のメリットもある。取材で群馬に行くと気づくのはロードサイドの賑わいだ。1家に1台でなく「1人に1台」という車社会で、物販や飲食の立地は市街地から郊外に移っている。スポーツ興行でもっとも重視するべきは車によるアクセスだろう。

太田市から半径50キロ、1時間圏内を見れば前橋市、高崎市の他に伊勢崎市、桐生市、館林市、埼玉県熊谷市、栃木県佐野市といった市町村がある。商圏として考えれば政令指定都市級のポテンシャルを持っている。

加えて太田市が優れているのは関東平野の北側で、車が四方向に抜けられる「地形」だ。Jリーグのスタジアムでよく起こるのが、山間部のスタジアムであるが故に起こる試合後の大渋滞。出口が一つしかなく、道も1本しかなければ、数百台レベルでも詰まる。駐車場を出るまで、道が流れ出すまでに1時間以上なんて例も聞く。そういうストレスは2回目、3回目の来場を妨げる大きな要因となる。

駐車場の台数と導線が大切

アルビレックス新潟のビッグスワンは駅から遠いものの、導線が優れたスタジアムだった。一方でハードオフエコスタジアムの建設により、駐車場の台数が減り、車でのアクセスは悪化したとも聞く。

太田市のアリーナが成功する大切な前提条件は駐車場と導線だ。来場者がアリーナの近くに車を止められて、すぐ出られる環境が確保できれば、それは大きな強みになる。駅からの近さより「駐車場の広さ」が重要だ。

バスケでも既に好例がある。琉球ゴールデンキングスの沖縄市体育館は公共交通機関でなく、主に自家用車でファンが来場する会場だ。沖縄南インターを降りてすぐという好立地が、琉球の好調な集客を支えている。

アリーナは試合がない日も含めて高稼働率を確保できる場合が多く、街づくりの拠点となり得る。表面化していないプロジェクトも含めて、Bリーグ発足とともにアリーナ建設の動きが全国に広がっている。

大都市圏ならば駅前は間違いなく望ましい立地だが、「自動車アクセス」にこだわるべき地域もある。太田市の新アリーナ構想は、郊外型アリーナの先駆的存在となるかもしれない。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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