Bリーグ千葉が起こした奇跡以上の現象 天皇杯3連覇を支えた「本当の強さ」とは?

(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

3試合連続で3点差以内の接戦を制する

偶然の連続は奇跡だが、奇跡の連続を何と言えばいいのだろう――。千葉ジェッツはバスケットボールの第94回天皇杯で、そんな現象を起こした。

千葉は17年、18年に続く3連覇を達成したのだが、優勝への道のりは今までと比較にならないほど険しかった。ファイナルラウンドの3試合はすべて3点差以内の辛勝だ。

10日の準々決勝は川崎ブレイブサンダースに66-63の勝利。ただし残り2秒で相手の放ったシュートが決まっていれば追いつかれていた。

12日の準決勝はアルバルク東京を相手に「残り0.5秒」から逆転劇を見せた。マイケル・パーカーが自ら落としたシュートのリバウンドを取って押し込み、80-79で勝利している。

★ファイナルラウンドの勝ち上がり

・準々決勝

千葉 66-63 川崎

・準決勝

千葉 80-79 A東京

・決勝

千葉 71-69(延長) 栃木

栃木ブレックスと対戦した13日の決勝戦も苦しい展開だった。千葉は最大で12点差あったビハインドこそ埋めたものの、第4クォーター終了時点でスコアは60-60とイーブン。試合は5分間のオーバータイム(延長戦)に入った。

富樫が残り2.6秒で決勝ショット

一進一退のオーバータイムは、千葉が残り17秒で68-69と1点のビハインド。最後のオフェンスで勝負を託されたのは、日本代表ポイントガードの富樫勇樹だ。彼らは勝負どころになると、富樫と外国出身選手の連携で相手ディフェンスのズレを作る「ピック&ロール」を繰り出すことが多い。この決勝もそうだった。

少し前に相手がフリースローを用意しているタイミングで、大野篤史ヘッドコーチは富樫を呼び指示を与えていた。指揮官はそのときの思いと、伝えた内容をこう説明する。

「彼は最後のシュートを自分が打ちたい、打たせてほしいというマインドを持った選手。そこは信頼して(富樫)勇樹に託そうと思っていました。一つ前のプレーで(富樫と)竹内選手のミスマッチになったので、もう一回使えと伝えました」

ピック&ロールは近い間合いから2対2の形を作るプレー。相手ディフェンスは「マークを離すか、マークの相手を変える」というジレンマに追い込まれる。206センチの竹内公輔がパーカーを離して富樫につけば、スピードのミスマッチが生まれる。そこを突けるのではないか……というのが大野HCの期待だった。

「今後の人生で多分ない」という2試合

しかし残り17秒の攻防では、遠藤祐亮が富樫を離さずしつこく食いついてきた。富樫は鋭い横へのステップでズレを作り、3ポイントシュートを放つ。これが見事リングに沈み、千葉は残り時間2.6秒で逆転に成功。そのまま71-69と栃木を下し、天皇杯の3連覇を成し遂げた。

準決勝の直後に「20年バスケットをしてきて、大舞台でこういう勝ち方をしたのは初めて」と興奮気味に話していた富樫だが、2日連続で似たシチュエーションを経験することになった。

決勝戦後の富樫はこう口にしていた。

「2日間連続でこういう勝ち方をするのは、今後の人生で多分ないかなと言い切れるくらいです。正直びっくりしています。でも最後のシュートにたどり着くまで、自分たちが崩れず、チームとしてやるべきことをし続けられた。それが最後のシュートにつながった」

2年前は同じ栃木との大一番で自滅

富樫の言葉を聞いて、千葉が同じ栃木を相手に経験した屈辱の試合を思い出した。16-17シーズンの彼らは天皇杯を制しただけでなく、レギュラーシーズンも東地区3位でチャンピオンシップに出場している。2戦先取のクォーターファイナルでは栃木と対戦し、17年5月13日の初戦を落とした。しかし5月14日の第2戦は最大22点のリードを奪う、快勝ペースの流れだった。

ただ第3クォーターに入ると試合の雲行きが怪しくなる。千葉は栃木に追い上げられ、チームの意思統一が乱れ始めた。気持ちの乱れが審判への態度や言葉に出て、第4クォーターのタイムアウト時には外国籍選手同士の言い争いも起こる。チームは最終的に大逆転を喫して、70-77と敗戦。リードされても崩れない栃木と、リードしても崩れる千葉のコントラストを感じる展開だった。

試合後、大野HCは寂しそうな表情でこう口にしていた。

「チームの成長は自分の中で実感があったけれど、ズタボロにされました。いいときは誰でもいいんです。そういう時にチームがまとまることは当たり前です。でも悪いときにチームの連帯感、一体感を生み出せなかったのは自分の責任だと思っています。今日の試合は皆さんが見ても分かるように、テクニカルファウルを取られたり、終盤に言い争ったり、チームとしての体をなしてなかった」

一方で指揮官は栃木についてこう讃えていた。

「本当に素晴らしいと思うのは、ギブアップしないこと。ビハインドをいくら作っても、最後までチームとして戦い続けたところが僕らより優れていたと思っています。成熟度、チームとして何かを成し遂げたいという思いは、認めたくないですけれど、栃木さんの方が上だったと思っています」

栃木はそのままシーホース三河、川崎を下してBリーグの初代王者に輝いた。16-17シーズンの千葉も好チームで、だからこそ17年1月の天皇杯は栃木、三河、川崎を連破して初優勝を達成している。ただ2年前の彼らはとにかく波が大きかった。

17年5月14日の逆転負け後に、富樫は自チームと栃木を比較してこう言っていた。

「チームとしての結束力、一体となってプレーしている部分にかなりの差があった。バスケットだけで言ったら互角か、それ以上の力を千葉は持っていると思うけれど、その部分でこの2試合は負けてしまった」

当時は本当の「強いチーム」に、まだなれていなかったのかもしれない。しかし今の千葉は就任3年目となる大野HCの下で栃木と同じ強みを手に入れ、やすやすと崩れないチームになった。

勢いが勝因ではない19年の千葉

今回の天皇杯決勝を終えた大野HCは、3年間の成長をこう喜んでいた。

「1年目は本当に勢いで勝ったと思っています。自分たちのリズム、武器、強みを出す時間帯を長く作れて勝てた。2年目も(富樫の)ケガというアクシデントがありながらその勢いで、より長く自分たちのバスケットをして勝てた。でも今回の天皇杯3試合は、どの試合も相手のリズムの中で戦った。我慢できるようになったなと、チームの成長を実感しています」

決勝戦も内容を見ればはっきり栃木ペースだった。得点に直結するオフェンスリバウンドは栃木の23本に対して、千葉はわずか10本。リバウンドに強みを持つ栃木に、持ち味を出される展開だった。しかしそれでも攻守のルールが乱れず、しっかり身体を張って足を動かせる――。そういう粘りを発揮できたからこそ、神様は「1本決めれば勝利」という残り17秒の攻撃をチームにプレゼントした。

コート内を支える本当の強さ

もう一つ、忘れてはいけないことがある。千葉は18年度の営業収入が14億2704万円でB1最高だ。17-18シーズンの1試合平均観客数も5,196名でやはりB1最多。コート外の充実があるからこそ、この結果があった。

お客がいるからこそ収入が増え、いい選手を呼べる。アリーナの熱気と成績が、スポンサーも引き寄せる――。千葉は島田慎二社長を筆頭としたフロントスタッフが、コート外も巻き込む「本当の強さ」を築き上げたクラブだ。

富樫はこう語っていた。

「千葉は本当に多くのブースター、スポンサーの方に助けられているチームだと思います。特に船橋アリーナの雰囲気は選手でもコーチ陣でもなく、フロントスタッフの皆さんの努力で出来上がっている」

決勝戦のさいたまスーパーアリーナは千葉の赤、栃木の黄で鮮やかに二分されていた。両チームは実業団のルーツを持たない市民チームにして、Bリーグ屈指のビッグクラブだ。自力で得た観客数や収入を、コート内の結果に結びつけている。

天皇杯は70年近くに渡って大学、実業団が独占していた。千葉が17年の大会を制したことは、バスケ界にとって画期的な出来事だった。しかしバスケ界の「常識」が変わるのは速い。それから2年経ち、実業団系のクラブもプロとして独り立ちをしつつある。

決勝の観客数は一昨年が4,844名、昨年は6,785名だったが、今年は9,318名とさらに増加。千葉や栃木から埼玉に足を運ぶアクティブなファンが増えているのだろうし、自分の周りを見ると他競技のファンもかなり足を運んでいた。天皇杯はまだファイナルやオールスターのような即完(即日完売)状態とはなっていないが、いずれそうなるだろう。

クラブは選手だけに投資しても強くなれない。千葉はブースターやスポンサー、そしてフロントスタッフも含めて「チーム」をしっかり作り上げたからこそ3連覇という結果を得た。広がり、積み重ねの重要性を改めて強く感じた第94回天皇杯だった。