大学中退Bリーグ入りの成否はいかに? 岡田侑大の三河加入からアスリートのキャリアを考える

岡田侑大選手 (c)SeaHorses Mikawa. Co.,Ltd

大学中退、実業団とプロの入口が多彩に

Bリーグの「求人」「採用」が多彩になりつつある。バスケファンの多くが驚きをもって受け止めたのが、11月15日に発表された岡田侑大選手のシーホース三河入りだった。

岡田は1998年6月生まれの20歳で、189センチ・80キロのアウトサイドプレイヤーだ。東山高3年のウィンターカップで全国準優勝を達成し、拓殖大でも1年生から関東大学バスケットボールリーグ制覇に貢献した。外国籍選手との連係プレーが抜群に上手く、独特の間合いで相手の逆を取って抜け出すドライブ、中長距離の正確なシュートを持つ彼は、将来の日本代表を目指し得る逸材だ。

しかし岡田は大学2年生として迎えた18年秋の関東大学リーグで、9月13日の青山学院大戦に出場した後、チームから姿を消していた。そして今回、B1シーホース三河との特別指定選手契約が発表された。

Bリーグはこの秋、発足3シーズン目を迎えているが、今季は「実業団リーグからのプロ入り」が増えた。笠井康平(四国電力→名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)、寺園脩斗(九州電力→三遠ネオフェニックス)、大崎裕太(新生紙パルプ商事→信州ブレイブウォリアーズ)らの「第二新卒」がプロ入りした。寺園と大崎は主力として定着し、笠井もポイントガードの三番手だが、名古屋の快進撃に貢献している。

3選手は揃って大学で日本のトップレベルを経験している人材だが、一度は仕事とバスケの両立を選択した。待遇面や人気、環境など選手にとってBリーグの “魅力”が増した結果として、プロの吸引力も高まったのだろう。

Jリーグ開幕直後に急増した大学中退

これらは1993年のJリーグ発足直後を思い出す現象だ。サッカー界もバスケ界と同様に、かつては高校生年代のトップ選手が基本的には大学の4年間を経てからトップリーグに加わっていた。しかし1993年の開幕前後に実業団からプロへ選手が流入。また同時期には永井秀樹(国士舘大→ヴェルディ川崎)や服部年宏(東海大→ジュビロ磐田)、三浦淳宏(青山学院大→横浜フリューゲルス)といった有望選手が中退プロ入りを選択した。ただ大学サッカーも間もなく環境改善に成功し、「中退ブーム」はすぐ収まった。

今のJリーグは「中途退部はするが大学に残る」ケースが目立つ。日本代表でも活躍した長友佑都(明治大)、武藤嘉紀(慶應義塾大)は大学4年春にプロ入りしている。FC東京は「大学の近くにあるクラブ」というメリットを生かし、さらに室屋成も明治大在学中に獲得した。Bリーグでも馬場雄大が筑波大4年夏にアルバルク東京へ加入し、半年間は「学生Bリーガー」としてプレーしている。掛け持ちの負荷は決して小さくないが、大学3年次までにしっかり単位を取れている選手にオススメのキャリアだ。

大学とプロを「往復」した例も

まだサッカー界では「元プロが大学サッカーに入る」例も少なくない。中町公祐(横浜F・マリノス)は群馬県立高崎高を卒業後に湘南ベルマーレへ加入し、同時に慶應義塾大へ進学した。湘南で4シーズンプレーしたのち、慶應大で2シーズンプレーして大学生活を6年で終えてプロへ戻り、33歳の現在もJ1でプレーしている。

近藤貫太は慶應大2年夏に中途退部して翌春に愛媛FCへ加入し、在籍2シーズンでプロのキャリアを終えたものの、大学のサッカー部へ戻った。現在は一般企業に勤務している。

NBAでは大学卒業を待たずドラフトに名乗りを挙げる「アーリーエントリー」が一般的だ。日本と違ってプロ経験者の競技者登録は認められないが、引退後やシーズンオフなどに大学へ戻って学位を取るカルチャーがある。

アスリートのキャリアは時間との勝負で、プロで出番を得られるレベルならば、吸収力があるうちにチャレンジを始めた方がいい。もちろん「いきなりB1、B2で出番を得られる人材がいるかどうか」は別の議論だが、18歳で大学入学、22歳で卒業という「最短ルート」にこだわるメリットも特にない。

岡田がプロとしてすぐ独り立ちできればそれはもちろんベストだし、もし勉強がしたくなれば引退後に大学へ入り直せばいい。大人はすぐ若者のチャレンジにブレーキを掛け、「安定」を説いてレールに乗せたがる。しかし挑戦の意思、覚悟があるなら中退も前向きな選択となり得るはずだ。一進一退や紆余曲折のある非直線的なキャリアからは、得られる経験も多い。今は前途有望な若者の挑戦を応援し、バスケ選手としての成功を願いたい。