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日本代表で戦うための手術を終えて ファジーカスが語る復活の手応え

大島和人スポーツライター
Bリーグの初代得点王ファジーカス 写真=B.LEAGUE

今年4月日本国籍を取得した代表のキーマン

ニック・ファジーカスはBリーグの中でも特別な存在だ。川崎ブレイブサンダースのセンタープレイヤーである彼は2016-17シーズンの得点王にしてMVP。17-18シーズンも得点ランク2位に入り、2018年4月には日本国籍を取得している。同年夏のワールドカップ(W杯)1次予選でも大活躍を見せ、2連勝と2次予選進出に大きく貢献した。2019年のW杯中国大会と2020年の東京オリンピックに向けた日本代表のキーマンでもある。

しかし彼は7月に左足首の手術(左足関節遊離体摘出手術)を行い、9月のW杯予選と10月4日、6日の開幕シリーズを欠場。その後も「いつもの彼」に比べると精彩を欠いたプレーが続いていた。

シュート成功率低下の背景は?

ファジーカスは210センチ・111キロと恵まれた体格の持ち主だが、高さやパワーで相手を圧倒するタイプではない。彼は卓越した判断力、多彩なフィニッシュの形から、時間とスペースのズレを見つけて得点を奪っていく技巧派だ。ただ10月12日の滋賀戦で復帰してしばらくは、普段なら決められるシュートを落としていた。ファジーカスは来日してから6年間、一番悪いシーズン(2015-16シーズン)でさえ53.6%のフィールドゴール成功率を記録している。しかし復帰後の7試合は全試合でフリースローを除くシュートの成功率が50%を割り、10月17日の三河戦では「9分の0」という屈辱的なスタッツも残した。

川崎の名シューターはこう振り返る。

「自信(コンフィデンス)の問題でした。手術から戻ってきた最初はジャンプや着地のときに不安定で、『こういう動きをしていいのかな』『しない方がいいかな』という戸惑いがあった。『どこまで飛べるか』『どこに着地すればいいか』『どういう角度でジャンプしたら痛くなるか』といったことを気にしていた。そういうときでもシュートはいくつか決めましたけれど、そこまで自信を持てなかった」

シュートタッチ、ハンド・アイ・コーディネーション(手と目の連携)といった部分ではなく、ジャンプと着地の不安感がシュートの成功率を落としていたようだ。我々は“試合勘”という雑な言葉で片づけてしまうが、彼の説明からはトッププロの繊細な感覚が伝わってくる。シュートは手で放つものだが、下半身の不安感が思考と感覚の乱れを誘っていた。

ようやく戻ったシュート成功率

しかしファジーカスは10月27日の琉球ゴールデンキングス戦で28得点を挙げて復調の兆しを示すと、11月3日の大阪エヴェッサ戦では32得点・10リバウンド・9アシストを記録。完全復活を印象付ける活躍を見せた。

患部の状態も徐々に良くなっている。ファジーカスはこう口にする。

「時々痛みは感じますけれど、サポーターをしていて、そのおかげで足の状態がだいぶ良くなった。ウォーミングアップをして足が温まると、痛みを意識しないでいい。毎週毎週どんどん強くなってきていて、走り方やジャンプも良くなってきた」

相手を苦しめる精密なムーブ

もっとも相手もファジーカスを封じるために様々な工夫をする。11月3日の対戦で大阪はフォワードの藤高宗一郎がかなり長時間マッチアップしていた。ピック&ロールといわれる“2対2”の状況では、しばしば日本人ガードがスイッチして彼に付いていた。210センチのビッグマンに170センチ台、180センチ台の選手が対応するのはイレギュラーにも思える。

実はファジーカスが、相手をそうせざるを得ない状況に追い込んでいた。大坂の穂坂健祐ヘッドコーチはこう説明する。

「私たちはファジーカスに対して、あるプレーではスイッチをしようと話をしていました。ピック&ロールのディフェンスでスイッチをする、スモールがファジーカスにつかなければいけない場面がありました。ミスマッチからいいシュートを決められた部分はありますけれど、実際にそこでドミネート(支配)されたわけではない。どちらかというとファジーカスの得意なムーブで、元々付いている選手のフットワークに甘さがあって、そこでやられた方が多い」

彼のムーブはゆったりしているようで、タイミングや方向が緻密だ。下半身の不安感が消え、十八番の片手でふわっと流し込むフックシュートも成功率が上がってきた。10月27日の琉球戦、11月3日の大阪戦はいずれも60%超のフィールドゴール成功率を記録している。

「前より足首の状態は良くなる」

彼は手術後のW杯2次予選を2試合欠場し、今季のスタートも苦しんだ。一方で手術はその先を考えた「いつも以上の彼」となるための前向きなものだし、日本代表として臨む2019年、2020年のコートでより輝くための選択でもあった。ファジーカスはこう説明する。

「手術は前よりいいプレーをできるようにというだけでなく、より長くプレーできるように考えた末の決断です。できるだけ長く代表でプレーして、W杯とオリンピックで日本のためにいいプレーができるように頑張りたい。もうこの年齢ですから、前より少し回復の時間はかかりますけれど、手術したことで間違いなく前より足首の状態は良くなると思います」

ファジーカスはユーモアをまじえつつ、自分の復調を語ってくれた。

「間違いなく今月末にはもっといいプレーができると思います。シュートも良くなりましたし、動きもどんどん良くなっています。代表の試合まで3週間ありますので、それまでにどんどん調子が上がっていくと思います。動きが良くなってきて、たまに自分が33歳だということを忘れてしまうんです(笑)」

今月末にはW杯2次予選が再開し、11月30日にカタール戦、12月3日にカザフスタン戦が組まれている。9月の連戦で好プレーを見せた日本人2人目のNBAプレイヤー渡邊雄太、NCAAのスター選手・八村塁は不在の公算だが、Bリーグ最強スコアラーの復帰は心強い。日本代表のW杯出場に向けて、川崎のBリーグ初制覇に向けて、手術を経てより強力になったファジーカスが二つのチームを引っ張るだろう。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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