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本気になったら公立 ―高校野球の私立校優位は永遠か―

大島和人スポーツライター
サッカーにとどまらないスポーツの名門・市立船橋高校(写真:川窪隆一/アフロスポーツ)

私立が優位という思い込み

日本には学生スポーツ、特に高校野球に関する不思議な思い込みがある。それは人材と環境面で恵まれた私立が公立を圧倒し、格差が徐々に広がっていくという発想だ。

松谷創一郎氏のコラムを見れば分かるように、確かに直近の高校野球は私立が優勢。夏の優勝チームを見れば、2007年の佐賀県立佐賀北高校を最後に公立の優勝校は出ていない。

しかしこのトレンドは永遠でない。むしろこの“思い込み”が間違いだ。そもそも強化の本気度が上がれば上がるほど、最後は公立校が有利になるはず。理由は単純で、動かせる資金の額が違うからだ。

市が動いて実績を出した市立船橋高

市立船橋高校というサッカー、バスケ、陸上など複数の競技にまたがる名門校がある。その名の通り船橋市立の学校だ。船橋市は”ギャンブルの街”という負のイメージを払しょくするために1983年に「スポーツ健康都市宣言」を行い、同時に市立船橋高に体育科を設置した。

ソウル五輪の水泳金メダリストである鈴木大地・現スポーツ庁長官はここの卒業生だ。またシドニー五輪の女子マラソン金メダリスト・高橋尚子を指導した小出義雄コーチはここの教員だった。

サッカー部は昨年、原輝綺(アルビレックス新潟)、高宇洋(ガンバ大阪)、杉岡大暉(湘南ベルマーレ)の3選手をJリーグに送り出した。今年も杉山弾斗がジェフ千葉に内定している。指導者の質とレベル、練習環境といった要素を見ても市船が「私立以下」ということはない。

千葉は習志野市立習志野高校もやはりスポーツの名門。こちらは野球、男子サッカー、男子バレー、男子バスケのすべてで全国制覇をした実績がある。

指導者が県や自治体を巻き込んだ国見高と清水市

サッカーなら他に1980年代~2000年代にかけて黄金時代を築いた長崎県立国見高校が強烈だった。冬の高校サッカー選手権を6度も制しており、大久保嘉人や高木琢也、三浦淳宏といった日本代表選手も輩出した。チームをほぼゼロから築き上げた小嶺忠敏監督は、県や町を巻き込む卓越した“ゼネラルマネージャー”でもあった。

清水市(現静岡市)をサッカーの街にした立役者である故・堀田哲爾氏も小学校の教員から市の職員に転じた人物だ。もちろん指導手腕や人間性で味方を増やし、行政との信頼関係を築くという手間は必要だ。学生スポーツを地域住民の“共有財産”とするなら資金の使途を不透明にできないし、もちろん議会の承認を得ねばならない。だだ、しかるべき理由がそこにあるならば、地方自治体は学校法人の比でないサポートができる。

野球界でも岐阜、山形のように実績のある指導者を県で雇用した例がある。北海道立鵡川高校は町おこしの一環として強化がされ、00年以降に3度春夏の甲子園に出た。静岡県立静岡高校も今夏の出場は逃したものの、近年は素晴らしい人材と環境を用意している。ここは篤志家による援助があると聞く。

難関の採用試験を乗り越えたその先に

大学スポーツを見れば“プロ以上”の国立大学がある。筑波大学の男子蹴球(サッカー)部は今年度の天皇杯でJ1ベガルタ仙台を含む3つのJクラブを倒し、ベスト16に勝ち残っている。筑波は男子バスケ部もインカレを3連覇中で、B1と互角の勝負をするレベルにある。

もっとも公立高、国立大の教員は採用のハードルが高い。論文を1本も書かずに国立大の常勤教員として採用されることはないだろう。ただ筑波大サッカー部の小井土正亮監督はガンバ大阪などプロの指導経験もあるコーチだが現在は大学の助教。男子バスケ部の吉田健司ヘッドコーチは准教授だ。川本和久氏は陸上のオリンピック選手を複数育てている名指導者だが、現在は福島大学の教授だ。優秀な指導者が国立大の教員として採用されることが不可能なわけではない。

サッカーやバスケ、ラグビーは大学の運動部員は中高の教職課程を取ることを当然視するカルチャーがある。また卒業後は待遇が安定している都道府県の採用試験を目指す人材が伝統的に多かった。例えばドラマ『スクールウォーズ』のモデルになった京都市立伏見工業高校(現京都工学院高校)の山口良治監督は、日本代表で活躍した名選手だった。そういう人が公立校の教員になっている。しかし野球は力を入れている私立校が多く、わざわざ難関に挑戦する指導者が少ないのではないか。

スポーツに本気で取り組むことと「教育」は決して対立概念ではない。スポーツの強化は知育、徳育も含めて行われるべきもので"プロ化"というレッテルで環境の充実や指導者の採用を妨げるべきでない。選手、指導者として高いレベルに達した人は往々にして良き指導者としての潜在能力も持っている。

野球の強化に自治体、国が本腰で力を入れたら面白い。卓球、フェンシングなどの競技ではJOCエリートアカデミーという組織でエリート教育が行われている。木のバット、天然芝のグラウンドで練習する「国立野球アカデミー」があったら、日本野球のトップ・オブ・トップはもっとレベルが上がるかもしれない。

「公立は下」という変な思い込みが、指導者を目指す若者、そして野球界の可能性をずいぶんと狭めているように思えてならない。国や自治体を説得する確かな理由と、時間をかけて巻き込むだけの情熱があれば、高校野球の秩序も変えられるはずだ。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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