Yahoo!ニュース

2010年 大阪朝高のフットボール

大島和人スポーツライター

今も消えないインパクトが残る、自分にとってお気に入りのチームだった。2010年度の大阪朝鮮高級学校ラグビー部である。

4月の高校選抜ラグビー準々決勝が、最初の遭遇だった。それぞれの能力が高く、多彩な特徴もある。無敗記録を継続中だった王者・東福岡にも、十分勝てるレベルだったとすぐ気付いた。キャプテンでPRの金寛泰は105kgの巨体で動きの鋭さ、ボール扱いの柔らかさがある。SH梁正秋はパスと状況判断が緻密なだけでなく、タックルも強い。SO朴成基はキック力がとんでもなかった。WTB金尚浩はスピードがある。CTB金勇輝はぎりぎりの間合いでパスを出せる。ここという場面ではFB高陽日が絶妙のコースに入ってくる。CTB権裕人は肉離れがあり本調子ではなかったけれど、100kg近い巨体で上手さと速さのある特別な才能だった。

高校ラグビーに番付があるなら、この5年間は東福岡、東海大仰星、桐蔭学園あたりが東西の横綱だろう。大阪朝鮮は花園の優勝歴がないし、学校の成り立ちとして全国からスポーツエリートを集める学校でもない。ちょうど東福岡に藤田慶和、桐蔭に竹中祥、松島幸太朗といった人材がいて、高校ラグビー界は当たり年だった。そんな中でもこの年の大阪朝鮮は人材的にぴか一で、しかもそれぞれの持ち味がいいバランスを保っていた。実際に金寛泰、金勇輝は後にU20日本代表で活躍しているし、権裕人も帝京大の全国制覇に貢献した。年代的に、2019年のW杯日本大会に絡んでくる選手もいるだろう。

自分はかなり長い間、朝鮮学校の教育に対して“気味の悪さ”を感じていた。全体主義的で、抑圧的な洗脳教育をしているのではないか?という想像があったからだ。ラグビーのスタイルについても、がむしゃらに力任せで勝負する“軍隊スタイル”じゃないかいう先入観があった。しかし実際の大阪朝高はスキルフルで、知的なラグビーをしていた。自分がそれまで抱いていたややネガティブな先入観は消えて、見に行くつもりのなかった準決勝、決勝も大阪朝高を見に高田馬場と熊谷を往復した。

もっとも大阪朝鮮は決勝戦で、両校優勝目前の後半ロスタイムに勝ち越しトライを決められ、すんでのところで東福岡に全国制覇を譲ってしまう。冬の全国大会もベスト4に進出こそしたが、脳震盪による欠場というアクシデントでエース権裕人を欠いてしまった。そういう意味でこの年の大阪朝高は“持ってないチーム”だったのかもしれない――。しかし今になって、そんな彼らの魅力を伝える素敵な作品が公開されるとは!

そんな彼らを描いた映画「60万回のトライ」

この年の大阪朝高ラグビー部を追ったドキュメンタリー映画「60万回のトライ」が、3月15日から28日(※1週間延長されたようです)まで、オーディトリウム渋谷で上映されている。

監督はソウル出身の朴思柔さん。乳がんと診断され、撮影中はちょうど闘病中だったのだという。もちろんスポーツの映画なのだが、「少年の成長を見守りつつ、その朗らかさと優しさに癒される女性のストーリー」と評した方がピンとくる。そんな温かみのある、ありのままの日常を追った内容だ。

特定の主人公はいないのだけど、作中で大きな存在感を放っているのはサンヒョン(黄尚玄)。金寛泰が春のサニックスワールドユースで重傷を負ったため、第1列のポジションを得た。しかし中学時代に“バレーボール部の控え”だった彼はスクラムがなかなか強くならず、チームのちょっとした不安要素である。一方でそのとぼけたキャラクターはムードメーカーとして不可欠。上映中も彼は2度3度と場内を爆笑させた。彼を筆頭にオープンで人と人の関わりが濃くて、やたら脱ぎたがる――。ちょっと天然な“ラグビー部っぽさ”を、この作品は楽しく描き出している。

真面目に感心したのは、選手同士のやり取りだ。金寛泰主将を中心に、高校生ながらもチーム内に生じている問題を具体的に捉え、内容のあるコミュニケーションをしている。チームの結束、インテリジェンスという部分でも、いいチームだったのだなということを改めて思った。もちろん1年間が順風満帆に過ぎていくわけはなく、夏合宿ではFW陣がスクラム練習中の口論、つかみ合い寸前というトラブルもあった。そこはコーチが抜群のタイミングで声を掛け、お互いの一致点を見つけて彼らは再び結束を取り戻す。コーチングという観点から見ても、いい場面だった。

大阪朝高の全校生徒が400名以下。作品内で「全校生徒三百九十…」という話が出てきて、1学年当たりの人数じゃないかと調べ直したほどだ。東福岡は男子だけで2500人近く生徒がいるのだから、比較にならない小規模校である。サッカー部、ボクシング部も全国的強豪なので、ラグビーだけに人材が集まるチームではない。Bチームにも人材がゴロゴロいる東福岡に比べたら、選手層の厚みは比較にならないだろう。

更にラグビー部のグラウンドは砂煙舞う、水はけの悪い土。2007年には東大阪市から引き渡し訴訟を起こされ、その施設すら危うく使えなくなるところだった。しかも他部と共有で、作中ではカメラを回す朴監督の頭をサッカーボールが直撃するシーンがある。シャワールームもなく、選手たちは水道水にホースを付けて練習後の汗を流していた。朝鮮学校は学費無償化や補助金といった大阪府からの補助が凍結され、学費はかなり高い。だから課外活動などの積極的な理由がなければ、そもそも入学しないという前提があるかもしれない。とはいえあの人数、環境であれだけの結果を出している事実は、自分にとって大きなインパクトだった。

背景には彼らの精神的な“ハングリーさ”があるのだろう。作品中で呉英吉監督が生徒に対して「スポーツには社会を変える力がある」と説く場面がある。これは彼らにとって抽象的な話でなく、ラグビー部の活躍は日本社会からの風当たりを減らす、正当な権利を得るための武器でもあるということだろう。重い物を背負っている、いや背負わされているからこその、朝鮮学校の活躍なのかなとも思う。

「なぜ朝鮮高校が花園に出るんだ?」「なぜラグビーの日本代表には外国人が入るんだ?」という問いを友人、知人から受けることがある。浦和レッズの一部サポーターが唱える“JAPANESE ONLY”は極端にしても、今はそういう“正論”が盛んに語られる時代だ。確かに花園に“文部科学省の認可を受けた高等学校が戦う大会”という位置づけもあると思うのだが、僕はそれ以上に15歳から18歳の日本で暮らすラグビー少年が戦う大会だと思う。ジャパンの「日本国籍の代表でなく、日本社会の代表」という位置づけが僕は好きだし、そういう良さもあると思う。ただ自分なりに思うところを必死に説明しても、未だに納得に達してもらったことがない。このテーマについては、人の話を聞き、自分の考えを深めて、また改めて語る機会を持ちたいと思う。2019年になれば、嫌でもそういう議論が沸騰するだろうから…。

民族問題はいかんせん“ややこしいテーマ”だ。2010年は橋下徹府知事(当時)の朝鮮学校に対する厳しい対応が打ち出された時期で、この作品もそこを避けている訳ではない。ただ「60万回のトライ」の本領は、いい意味で低い目線から、大阪朝高ラグビー部のプライベートを描き出していること。そういう内容だからこそラグビーについて、在日コリアンの日常について、僕らに気づきを与えてくれる部分もあるはずだ。日本人を責めるような、教条的なイデオロギーを押し付ける内容だったら、私はそもそもこの映画を受け付けなかっただろう。でも実際は優しさ、温かさというフィルターを通して、ラグビー少年たちを魅力的に描き出した楽しい作品だった。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

大島和人の最近の記事