高齢者、シングルマザー、DV被害者、生活保護受給者など事情を抱えた人を仲介する人情不動産の勇気

2019年8月 早朝からランニングし真っ黒に日焼けしている齋藤瞳さん/筆者撮影

横浜市青葉区にあるアオバ住宅社を手掛ける齋藤瞳さん(40歳/現在)の取り組みが実に面白い。

高齢者、シングルマザー、DV被害者、生活保護受給者など事情を抱えた人ばかりを相手に部屋を紹介し、時にその人たちの仕事の面倒までみるという。

高い仲介手数料を見込めるわけがなく、部屋を紹介するまでに手間と時間ばかりがかかるのに、なぜわざわざ大変な人たちをお客にするのか。どんな気持ちで取り組んでいるのか。齋藤さんの勇気と挑戦について聞いてみた。

●知ってしまった以上、関わってしまった以上、放っておくことはできない

大学卒業後、大手不動産会社に就職。営業部門に配属され、営業成績は抜群だった。その後、結婚して仕事を辞め、専業主婦だった時期もあった。今では、小学4年生、2年生、1年生の3人の子のお母さん。育児も落ち着いて来たので、はじめは不動産会社のアルバイトとして仕事を再開した。

そこで、出会ったのが生活保護受給者の男性(65歳/当時)。その時に住んでいた生活保護受給者ばかりが暮らす寮から、引っ越したいという。共同風呂に入れるのは週3回。他の入居者が酒を飲んで騒ぐ。共同トイレは汚れたまま。なのに生活保護のお金の大半が家賃に消える。

男性は今までガテン系で住み込みの仕事をしていた。ケガや病気をすると仕事ができなくなるため、住まいを出ないとならない。そうして生活保護受給者になった。東北の田舎から青葉区に出てきて50年。今更帰る故郷はなく、両親も死んでいる。年金(国民年金)だけではとても足らず、安定した仕事をしたい、そんな話を聞いた。

心打たれた齋藤さんは、部屋探しに奔走した。しかし、100軒回っても不動産は見つからなかった。諦めなかったのは、その男性が好きだったから。「会えばみんな好きになってしまうような、いい人なんだ。放っちゃおけないよ」と、齋藤さんは笑いながら教えてくれた。

青葉区は横浜市で一番世帯年収が高い地域だ。青葉区内の大家さんは、トラブルを抱えるくらいなら空きにしておけばいいと考える人が多い。

3ヶ月以上かけて見つかったのは、個人ではなく不動産仲介会社が所有していた小さな部屋だった。齋藤さんは、もともと綺麗好きだったその男性に、マンションの共有部の清掃の仕事も紹介した。男性はそこで働いて貯めたお金で自分の気に入った新たな部屋に引っ越し、今もそこに住んでいる。

男性は、働くことで元気になっていった。人から必要とされることが、とても嬉しい様子だった。そんな変化を見た齋藤さんは遣り甲斐を感じ、不動産仲介会社である「アオバ住宅社」を4年前に立ち上げた。

●ストーカー被害を受け身の危険を感じたことも…

こうして始まった齋藤さんの挑戦。高齢になり認知症を患えば老人ホームがあるが、そこに行きつくまでの年齢で困っている人はたくさんいると知った。

DVから逃れて、着のみ着のままで来るお客さんも多い。複数の問題を抱えているケースも意外と多く見られる。自身がDVを受けながら、子どもは障害児で…、といったように。

相談に来て、ひたすら1時間泣いて帰る人もいる。拘置所から手紙が届いたこともあった。「出所したらどうしたらいいのか」と。

立ち上げた当初は、相手の話を聞くことに精神をすり減らし、どっと疲れてしまった。相手の持つ負のオーラに、齋藤さん自身が引きずり込まれてしまうのだ。

こちらが良かれと思ってしてあげたことを恋愛感情だと勘違いされ、50代の男性からストーカー被害を受けたこともあった。他に頼るところがないため、良くしてあげた齋藤さんに固執してしまうのだ。その時は警察を呼び、夫からその男性に「そんなつもりはない」とはっきり言ってもらった。

大変なことばかりだったが、齋藤さんの事業は口コミで広がっていった。そして、メディアにも注目されNHKのニュースにもなった。

報道のおかげで貸してくれる大家さんも増えた。つい先日、ひきこもりの人が相談に来た。すぐに働くことができないので不動産の紹介がなかなかできなかったのだが、すごく奇特な大家さんが引き受けてくれた。

最近は知り合いになった方々が、特別な事情を抱えないお客さんも紹介してくれている。ローンが払えないなどの売却の相談や空家活用に悩む方からの相談も少しずつ増えている。

2019年8月中旬 齋藤瞳さん/筆者撮影
2019年8月中旬 齋藤瞳さん/筆者撮影

◆参考資料

NHK総合

「目撃!にっぽん おせっかい不動産」

NEWSポストセブン

「私たちは「中年クライシス」をどう乗り越えればいいのか?」

朝日新聞

「神奈川)住宅困窮者どう支える?小さな不動産屋の挑戦」

●入居者の「見守り」で大家さんとの信頼を繋ぐ

高齢者や事情を抱える人を大家さんが拒む大きな理由は、家賃をきちんと払い続けてくれるか信頼がおけないこと。ケガや病気、もしもの時に身内が近くにいないのも、大家さんとしては問題だ。

齋藤さんは定期的に電話をかけるなど、入居者の「見守り」にも心を砕いてきた。80歳の男性の様子がおかしいのに気づき、警察と救急車を呼んで、部屋で倒れているのを発見したこともある。

今までは齋藤さんが個別に見守ってきたのだが、人数が増えたので、今は月1回の交流会を開催している。アオバ住宅社の事務所に、10~20人の入居者たちが飲み物や食べ物を持ってやって来る。他の入居者と交流できるので、コミュニティの場にもなる。

そして、この日が給与日でもあり、清掃業をしてくれている人たちには給与を直接手渡す。清掃業も今では20棟以上を請け負い、齋藤さんが部屋を紹介して入居した10人ほどがスタッフとして働いている。

2019年8月下旬の交流会の様子 中央-齋藤瞳さん/筆者撮影
2019年8月下旬の交流会の様子 中央-齋藤瞳さん/筆者撮影

この交流会の日に、小川スミ子さんという綺麗な身だしなみのフランス帰りのご婦人がいた。現在80歳。9年前にご主人を亡くされ、その後フランス人と結婚した娘さんと同居するため、フランスに渡りパリで約2年間生活した。パリに骨を埋めるつもりで日本の住居はすべて処分して行ったのだが、旅行で行くのとは大違いで、実際のパリでの生活は合わなかった。

そんな時、フランスのNHKの放送で齋藤さんのことを知った。日本に戻りたくてもたった一人でなんのあてもなく、テレビで知った齋藤さんだけが頼りだったという。齋藤さんとのやりとりは手紙で(2通出したが1通は海外のためか届いていなかった)、住まいの事前見学もなしに、すべて齋藤さんに任せて終の棲家を決断した。

2019年4月、フランスから羽田空港に着き、空港から直接アオバ住宅社に向かった。4月はまだ寒い。フランスから服を着られるだけ着て日本に戻って来た。この日は着のみ着のまま寝ることになると思っていたからだ。ところが、齋藤さんが用意してくれた部屋にはすでに温かい布団が敷いてあった。その時の感謝をずっと忘れないという。恩返ししたく、この日の交流会にも手作りの美味しい太巻き寿司を作って参加されていた。

80歳で初めての街での一人暮らし。自分で自分を可愛がらないとだれも可愛がってなどくれない、と気づいたという。小川さんも週3日、1日2時間清掃の仕事をしている。一人で家にいても退屈なだけ。足腰もしっかりしているし、働けることに感謝だと話してくれた。

2019年8月下旬の交流会 左-小川スミ子さん/筆者撮影
2019年8月下旬の交流会 左-小川スミ子さん/筆者撮影

●「あなたを見ています」という場所が世の中には必要なんだ

事情を抱えている人たちをお客にすることで、会社経営にはいつも不安が付きまとう。「勇気の必要だったこと?この事業のやることすべてよ!」そう言いながらも、齋藤さんは笑顔だ。

困っている人をそのままに出来ない性格で、他人に対してバリアフリー。だから、困っている相手に対し「なんでそんなになっちゃった?」と素直に聞く。時には、「それは、あなたが悪いんじゃない」と率直に言う。

人が変わっていくのを見るのが、とても面白いという。最初笑わなかった人が、笑うようになったり。差し入れなどとても持って来ないような人が、大福を持って来たり。人に対して興味があり、人が好きだと齋藤さんはいう。

自分ができることを何かしてあげたい。相手を支えることで自分も支えられている。齋藤さんの思いはとてもシンプルだ。そして、どんな人にでも「あなたを見ています」という場所が世の中には必要なんだ、と強く思っていた。「放置していた共有部が綺麗になり、その上社会保障の削減になる。こんないいことはないじゃない」齋藤さんは嬉しそうに語ってくれた。

これからの課題は、齋藤さんだけでなく色々な人がこの事業をできるようにすること。人がまねできるシステムにしないと、より多くの人の相談にのってあげることができない。齋藤さんの挑戦はまだまだ続きそうだ。