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産休育休制度の利用をフォローする社員には、子どもが欲しくても授からない女性もいることを考える

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
筆者撮影/左:小酒部さやか(筆者)右:松本亜樹子(NPO法人Fine理事長)

産休・育休制度を利用する女性がいる一方で、制度の利用をフォローする社員のなかには、子どもが欲しくても授からなかった女性、人知れず不妊治療を続けている女性、死産や流産を経験している女性がいたりする。制度の利用者にばかりスポットライトが当たり、目にする記事もワーママ対象のものが多いが、時にはそうではない女性にも思いを馳せてもらえたらと思う。

少しでも思いを馳せれば、自分だけのことしか考えない権利主張の“お妊婦様”や“モンスターワーママ”にはなれないだろうし、管理職や会社側も業務の配分や心配りを意識するようになるのではないだろうか。

不妊治療をしながら働く女性の実態に詳しい、NPO法人Fineの松本亜樹子理事長にお話を伺った。

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取材時に筆者撮影/松本亜樹子さん
取材時に筆者撮影/松本亜樹子さん

●仕事のしわ寄せは子なしの私に。私だって子どもが欲しくて治療したいのに…

―私が流産した時に、同じ部署の20代の子が産休育休を取っていました。ちょうど「子どもが生まれました」とメールが送られてきて、画面いっぱいに生まれた赤ちゃんの写真が添付されていて。デスクでそれを見た時、一回PC閉じて、席を立って、トイレで深呼吸しないと仕事に戻れないことがありました。

もちろんその後に「おめでとう」とメールを返しました。彼女は私が流産したことなど、何にも知らないわけですから。けれど、こういうことは常に職場内で起こっているように思います。例えば、不妊治療をしている女性が、体外受精をしてダメだった時に他の妊娠した女性に「おめでとう」と言わなければならない場面があったり。

不妊治療中の女性が産休育休制度のフォローをする場合、どんな実態があるか、教えていただけますか?

松本:そうですね。そういうのは、やはり多いです。アンケートのコメントにも、そうした声がたくさん上がって来ています(以下事例)

不妊治療をしていたが、職場の同僚が次々に妊娠していくと、体力仕事は全部自分に回ってくる。けれど、自分もちょうど胚移植した直後だったり、採卵した直後だったりで具合が悪い。不妊治療を誰にも伝えられず、仕方なく粛々とこなした。

不妊治療をしてもなかなか授からなくて。でも部下がどんどん妊娠していく。自分は管理職なので、「おめでとう」と産休育休に送り出さなきゃいけない。忙しい職場でしわ寄せは全部自分が受ける。自分だって治療したいのに、そのせいで治療できず、結果治療期間がすごく長くなってしまった。

―不妊治療している女性が、産休育休を取得する女性にマタハラしてしまう事例もありますか?

松本:それは多少あるかもしれませんが、恐らく多くはない気がします。不妊治療をしているということは、妊娠・出産を目指しているわけですから、自分も産休育休をとる側になることが、すでに視野に入っているわけですよね。だから、近い将来の自分の立場に対してマタハラをすることは、考えにくいと思います。

また、不妊治療をしている人の大多数は怒りを自分に向けてしまうことが多いです。例えば、「妊娠しました」と聞いたときに、「おめでとう」と祝福の言葉をかけることができない。そんな自分を責めてしまう方にベクトルが向く

そもそも産休育休の取得女性に腹を立てても、相手が悪いわけでもないし、どうしようもないことは自分で分かっていると思います。腹を立てるのは疲れる、エネルギーがいることなので、そのような感情では居続けられないでしょう。

―では、不妊治療している女性たちが抱える不満を教えてください。

松本:産んだ人にはサポートがいっぱいある、という制度への不満は多く出ているかなと思います。出産にたどり着くまでが大変なのに、そこまでのプロセスには支援のスポットライトが当たらない。そこを何とかしてほしい、という声です。(以下事例)

子どもがいる人には時短や夜勤免除など様々な優遇された働き方があるのに、子どもが欲しくても出来ないだけで、何故区別されるのか疑問に思う。

子どものいる人は、欠勤、早退しても「仕方がないね」で済むけど、不妊治療はそうではないので辛かった。

周りは普通に妊娠・出産をして、産休育休、時短勤務を使い仕事を続けているのに、自分には利用できる制度がないため、仕事か妊娠かどちらかを諦めなければいけないのが悲しかったし、悔しかった。

同僚が妊婦したとき、子どもの理由で仕事を休み欠員が出た場合は、子どものいない自分がフォローして頑張ってきたつもりだった。

しかし、自分が協力を得るために不妊治療をすることを会社に伝えると、減給された。悲しく、悔しかった。

今まで責任をもって真面目に働いてきた。子どもが出来ないというだけでこんなに辛い思いをするなんて思わなかった。

結婚して、自然に子どもが出来た女性はどんどん産休に入っていく。そのたびに自分に仕事の負担が増えた。また、産後復帰した女性はお子さんがいるため、業務負担が軽減される。そのたびに、またしても自分に仕事の負担が増えた。

お互い様だからと思い、任せられた仕事は頑張ってこなしてきた。でもお互い様じゃなかった。子どもが欲しくて頑張っている私たちの苦しみ、大変さなんて誰にも理解されていない。

子どもを抱えながら頑張って仕事をしている女性は多く、社会から注目されているが、その反面子どもが欲しくて、悩みを抱えながらも頑張って仕事をしている女性が数多くいる事を、社会は知るべきだと思った。 自然に妊娠できて、出産することが当たり前でない事を知って欲しい。

取材時に筆者撮影/松本亜樹子さん
取材時に筆者撮影/松本亜樹子さん

●対立関係は制度の偏りと従業員にゆとりがないことが要因。制度変革や働き方改革が必要。

―一部の社員ばかりを手厚くするという制度のあり方が、分断や格差を作っているかもしれませんね。制度の利用者だけでなく、制度の利用をフォローする人たちにももっと目を向けて欲しいなといつも思うんです。そのなかにも配慮を必要とする人がいたりします。

現状の制度への不満を解消するためには、不妊治療休職制度や治療への助成金を支給するなど会社側の対応が必要になってくると思いますが、会社側の取り組みは進んでいますか?

松本:大変残念ながら、まだまだ進んでいないのが現状です。NPO法人Fineで仕事と不妊治療の両立に関するアンケートを2014年と2017年とで2回実施したのですが、「職場に不妊治療に対するサポート制度はありますか?」という設問に対して、「ある」と答えた方は、1回目は5.9%、2回目は5.8%と、いずれも6%未満にすぎないことが分かっています。

―不妊治療のサポート制度が進まない理由はなんですか?

松本:まず、ニーズがあると知られていないです。不妊治療をしている人は5.5組に1組なのですが、それほど多くの方が不妊治療をしていることを、企業側は把握されていないことが一番の要因だと思います。

また、不妊治療の実態がわからないので、仕事との両立にどれほど支障をきたしてしまうかも、まったく理解されていません。つまり、知らない、分からないからサポートも進まない、というケースが一番多いと思っています。

他に多いのは、ニーズがあることは分かっているけれど、どういうサポートをしたらよいかわからないというケース。これは、企業側には、サポートする気持ちはあるが知らないだけということなので、知っていただけたら物事が動くでしょう。

もっとも難しいのは、ニーズがあるのは分かっているけれど、そこをサポートするほど職場にゆとりがない、余裕がない、というケースです。これは一企業の一努力だけではどうしようもないと思います。だからこそ、企業任せではなく、国や自治体が企業を支援する必要性があると思います。たとえば、不妊当事者である社員を、勤めている企業がサポートする、その企業を国や自治体がサポートする、という構図です。

―国や自治体は、まずどうすればいいですか?

松本:昨年(2017年)厚労省が初の実態調査を行いました。調査結果の発表だけで終わるのではなく、そこからどんな施策ができるかをしっかり練って、ぜひとも何らかの策を実施していただきたいところです。

国だからできることとしては、不妊治療の現状および仕事との両立のしづらさの周知、企業でのサポート制度の必要性の周知、この2つの周知を積極的に行う必要があると思います。その際には、プレ・マタニティハラスメント(プレ・マタハラ)が実際の現場では多数起こってしまっているという深刻な現状も踏まえる必要があるでしょう。

そして、サポート制度を設けている企業に対し助成金や奨励金を出して、国が企業をサポートすることが必要です。企業側もギリギリの人数で回していて、特に中小企業は余裕のないところが多いです。そこをサポートせずして、やみくもに「不妊当事者のサポート制度を」と求めても、企業側にその体力がないですよね。そこは国に何とかしてもわらないといけないと思います。

―職場内ではどうすればいいでしょう?子ありVS子なしのような対立関係になってしまうのは悲しいです。

松本:そうなんですよね。これはたいへん悲しいことです。このような構図になってしまう要因のひとつは、先ほどから話題にしている制度の偏りと従業員にゆとりがないことが挙げられると思います。

これを解決するためには、制度変革や働き方改革が必要になってきます。これは時間がかかるかもしれませんが、将来を見据えて、少しずつ進めていくべきでしょう。

また、相互理解がないことも問題です。子どもがいる人もいない人も、それぞれ悩みも大変さもあるわけで、それをお互いが理解しようとしないと、この対立はなくならないですよね。これは制度だけの問題ではなく企業風土やコミュニケーションの問題も大きいのではないでしょうか。これは子ありVS子なしの問題ではなく、すべてにおいて言えることだと思います。

―産休育休の制度があって、不妊治療のサポート制度を導入して…となると、今度は業務のしわ寄せが配慮の必要なさそうなスタンダードな社員にばかり行きますよね。これでは、しわ寄せのドミノ倒しのようになってしまいます。

職場全体の働き方改革は必須ですね。そして、スタンダード社員にも長期の休暇制度の導入や、フォロー分の対価・評価の見直しが必要だと思います。

松本:「不妊治療だけが大変だから何とかして欲しい」などと言いたいわけではありません。ただ、不妊治療の大変さは、他と比べて “圧倒的に知られていない”、これが大きな問題であると思っています。

この問題に限らず、知られないと配慮してもらえないことはたくさんあります。だから他意も悪気もなく、相手を傷付けてしまう。「こんな課題を抱えている」ということをお互いに知るだけで、未然に防げるコミュニケーションミスのトラブルはたくさんあると思います。

まずは勇気を出して、不妊治療している方もそうでない方も、自身が抱える課題があれば、誰かに話してみて下さい。きっと味方になってくれる人は身近に一人は見つかるはずです。一人で悩みや課題を抱え込んで孤立する、ということにならないよう、ぜひ勇気を出してコミュニケーションをとってみてください。

もし、どうしても誰もいない、あるいは身近な人には話したくない場合は、専門家を頼ってください。不妊の心理専門の生殖心理カウンセラーも増えてきましたし、Fineのピア・カウンセラーなど無料で電話相談できるところもあります。そうしたところを上手に利用して、心のメンテナンスもしていただけたらと思います。

―松本さん、ありがとうございました。

松本さん提供写真
松本さん提供写真

松本亜樹子(まつもと あきこ)

NPO法人Fine理事長/一般社団法人 日本支援対話学会理事

長崎市生まれ。不妊の経験を活かして友人と共著で本を出版。それをきっかけにNPO法人Fine(~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~)を立ち上げる。

Fineは厚生労働省への各種要望書の提出⇒認可を多数実現しているほか「不妊ピア・カウンセラー養成講座」や「医療施設の認定審査」、「不妊治療の経済的負担軽減のための国会請願」など、日本初のさまざまな活動を実施。また患者の体験を踏まえた講演・講義や、患者のニーズを広く集める調査を継続的に実施、広報するなど、不妊や妊活の啓発に努めている。

自身はNPO法人設立当初より理事長として法人の事業に従事しながら、人材育成トレーナー/コーチ(国際コーチ連盟認定プロフェッショナルサーティファイドコーチ、米国Gallup社認定ストレングス・コーチ、アンガーマネジメントコンサルタント)として活動している。

著書に『不妊治療のやめどき』(WAVE出版)『ひとりじゃないよ!不妊治療』(角川書店)など。

株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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