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育児休業は「越境学習」だ

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
(株)ワークシフト研究所主催イベントの様子

先日(5月19日)都内にて(株)ワークシフト研究所の主催「仕事に活かす” 職場外の経験”とは」というテーマのワークショップに参加した。そこで議論されたことをもとに、私の活動からの視点で見た注目すべきポイントとその考察をまとめた。

●依然多い出産離職

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査)

日本は、第一子の妊娠を機に5~6割の女性が退職しており、その割合はこの30年変わっていない。(国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査(夫婦調査)」より)一人目の出産後に退職した女性のうち、9割が産休または育休中、もしくは復職後1年内に離職しているという。(図表参照 三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「両立支援に係る諸問題に関する総合的調査研究」(09年)より)

現在最大1年半(今後最大2年に延長)の育児休業制度は、職務から離れるということでネガティブに捉えられてきた。制度を利用する側(主に女性)は肩身の狭い思いをし、制度を利用させる側(会社)はブランクを持った社員はお荷物と見なしてきた。

しかし今、逆転の発想が注目されて来ている。

●仕事に活きる「越境学習」とは

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(登壇者:NPO法人クロスフィールズ代表理事 小沼大地氏)

「越境学習」とは、所属する組織の枠を自発的に「越境」し、職場以外に学びの場を求めることを意味する。企業内研修とも個人学習とも異なる、“サードプレイス(第三の場)”での学びを重視することが特徴。

越境学習の効果は2つ。1つは境界を超える本人のキャリア発展。もう1つが、越境人材が自分の組織に戻った時に起こすイノベーション

イノベーションには、” 全く異なる2つのものを繋げる視点”が必要と言われている。「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学(入山章栄著)」のなかでは、従来はT型人材が求められてきたが、ありとあらゆる変化が起きてくるこれからの時代はH型人材が求められると言っている(写真参照)。H型とは、2つの専門性を持ち、それを” 繋ぐ幅”を持っている人材のこと。

強制的に仕事を止めざるを得ない育児休業は、自分の会社の外に出ることで、自分の会社で通用していたことが外では通用しないと気付くきっかけになり、マインドセットが変わる「越境学習」と呼べる。そして、家庭と仕事、もしくはもっと違う何かを繋ぐ力を養える可能性がある。

●なぜ「越境」が必要か。ビジネスの力量を表す数式 から説く

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(登壇者:徳島文理大学人間生活学部教授 竹内伸一氏)

ビジネスの力量をA:「遭遇した出来事」×B:「その出来事を通して学んだ度合い」×C:「資質」という数式におく。Aの「遭遇した出来事」が、その人のストレッチに繋がるような強烈な体験であるほど、今までの自分では乗り越えることができず、これまでの自分とは決別しなければいけなくなり、大きな成長(ビジネス力量)が算出される。

誰しもこのような体験がキャリアの過程において何回かある。しかし、いい経験に遭遇していても、それを自分の成長に活かせるかどうかは別の話。その他の雑多な仕事に追われ、いい経験を振り返る余裕のないままチャンスが終わっていくということもいくらでもある。

そこで、OFF-JT※(日常の業務を離れて行う教育訓練)という「越境」が、必然的に必要になってくる。出来事をそろえ、出来事についてしっかり学ぶ時間を確保できれば、ビジネス力量は最大化していく。

●育休という越境学習から得るもの

(株)ワークシフト研究所が調査した育休からの復職者に対するアンケート結果によると、 「仕事を続けたい」という意欲が育休前より高まった人が59%。自分が求められる役割を考える意欲が育休前より高まった人が77%。上司や同僚との関係改善意欲が育休前より高まった人が70%。組織の体制改善に対する行動意欲が高まった人が75%となっている。(アンケート実施日:2017年4月、有効回答数:男女424名)いずれの項目も復職前と復職後で意識や行動に変化があり、育児休業が自分のキャリアパスの関心度を高め、職場環境の改善意欲を向上させていると言える。

前述した9割が産休または育休中、もしくは復職後1年内に離職しているというデータとは実に対照的で、せっかく意識が高まっているにも関わらず、辞めさせてしまっていると言えるのではないだろうか。もっと言えば、意識が高まっているがゆえに、その意識が発揮できない現実との落差で離職という選択に至っているのかもしれない。

イベントでは実際に育休を取得した男性社員が、育休中に自分の仕事を客観的に見直せたと語っていた。こういうところ効率が悪かった、こういうところが勉強が足りなかったと振り返り、復帰後の仕事のやり方が大きく変わったとのこと。

育休は、実働は止まっているが、ビジネスの意識だけは生きているという恵まれた状態。育児は本当に大変な作業だが、頭の中でビジネスの意識を維持さえしていれば、会社員ではない別人格の自分を自覚することから、客観的視点を養える。個人のキャリア開発には、外から客観的に自分の仕事を見る必要があるし、客観的視点がないと飛躍的な進歩にはならない。職場内での会社員としての人格と職場外での別人格が本人のなかで統合されるとき、イノベーションに必要な繋ぐ力を生むのかもしれない。

また、育児はマネジメント、旦那と実家というリソースマネジメントと捉えると、様々な意思決定の連続でもある。失敗してもいいから自分で動くというマインドセットにもなる。

●これからは社外から学ぶ時代

会社の名刺が通用しないなかでどう動くか。普段決められた仕事をしていた人が、上司のいないなか、どう課題を発見していくか。英語が上達する、コミュニケーション力が上がる、プレゼン力が上がる、という分かりやすいスキルが上がるわけではないが、客観的視点を養え、自分で動くというマインドセットになれる可能性の高い職場外での学び。とくに、子育てで強制的に視座(物事を認識する時の立場)を切り変えざるを得ないのが育児休業という越境学習だ。

出向ベンチャー、ジョイントベンチャーという話が様々な企業から出てきている。兼業、副業が盛んに言われるのも、既存のなかではなく外にヒントがあるからだ。

社外経験をさせると会社を辞めてしまうリスクになると捉えている企業もあるかもしれないが、そこは、会社側が戻ってきた人をどう活かすかに掛かっている。活かす場を平行して整えるという戻る仕掛けも必要だ。それは、OJTとOFFJT※の行き来をさせるということかもしれない。

これからは、育児休業を人材育成のチャンスとして捉え、活用していくべきだろう。女性も男性も職場から離れる機会をむしろ自ら取りに行こう。離れたら見えることが必ずある。

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(株)ワークシフト研究所が5月19日に主催した「育休プチMBA研究報告会2017~仕事に活かす「職場外の経験」とは」の取材をもとに記事を作成。

(株)ワークシフト研究所では、「育休中と復職1年のヤマ場」に着眼し、渦中にいる女性向けに「育休プチMBA」を開催。ビジネススクールで行う教育法=ケースメソッドを使い、マネジメント思考やリーダーシップ思考などのスキルを発信している。2017年4月現在、のべ1500人が育休プチMBA勉強会に参加。http://workshift.co.jp/

※OFF-JT:職場外での教育訓練。特に集合研修、講習会、通信教育等、日常の業務を離れて行う教育訓練のことを言う。現場の状況に左右されない、均一な知識習得の機会を提供する意味で非常に効果的な取り組みであるが、一方で現業への活用・応用において効果的に用いられない場合もある。

反対にOJT(On-the-Job Training)とは、職場で実務をさせることで行う従業員の職業教育のこと。企業内で行われるトレーニング手法、企業内教育手法の一種である。

株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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