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政治家から年賀状が来ない?公職選挙法に残る「年賀状禁止」条文の不思議

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
年賀状を取り巻く公職選挙法の諸規制は簡潔だがあまり知られていない(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 明けましておめでとうございます。昨年は4年ぶりの衆議院議員総選挙をはじめ、数多くの選挙が行われました。与野党第一党の代表が交代し、多くのベテラン議員が引退するなど世代交代を象徴するような一年でした。今年も参議院議員通常選挙をはじめ、数多くの選挙があります。筆者(大濱﨑)も皆様に選挙や政治・政局をわかりやすくお伝えしていくよう、今年も頑張りますのでよろしくお願いいたします。

 さて、元日を迎え、多くの方が届いた年賀状を見て楽しんでいる頃でしょう。しかし、恐らくそこには普段からお付き合いのある政治家の年賀状はないはずです。政治家が年賀状を送らない理由と、その背景について解説します。

政治家は年賀状を出してはならない

公職選挙法の諸規制をみていきます
公職選挙法の諸規制をみていきます写真:アフロ

 なぜ政治家は年賀状を送らないのでしょう。答えは非常に単純で、政治家が年賀状を送ることが法律で禁止されているからです。条文を見てみましょう。

公職選挙法第百四十七条の二(あいさつ状の禁止)

 公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)は、当該選挙区(選挙区がないときは選挙の行われる区域)内にある者に対し、答礼のための自筆によるものを除き、年賀状、寒中見舞状、暑中見舞状その他これらに類するあいさつ状(電報その他これに類するものを含む。)を出してはならない。

 公職選挙法では珍しく、わかりやすい条文ではありますが、一つ一つみていきたいと思います。

 まず、「公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)」とは、政治家の範囲を指し示しています。公職の候補者とは、今現在選挙に立候補をしている人のことを指します。ただし、年末年始を挟んで選挙を行うケースは極めて稀なため、これに該当する人はほとんどいません。公職の候補者となろうとする者とは、これから候補者になろうとする人のことを指します。例えば立候補表明をしている人などがこれにあたるほか、明示的な立候補表明をしていなくても、事実上選挙に出ることが明らかでそのための活動をしている人はこれに該当する虞が高いでしょう。また、今現在公職の地位にある者も、この公職の候補者となろうとする者に含まれるとされており、現職の政治家もこの条文の対象となることがわかります。

 次に、「当該選挙区(選挙区がないときは選挙の行われる区域)内にある者に対し、」という部分ですが、送ってはいけない相手方の対象を指し示します。あくまで有権者に対しての規制という趣旨ですから、選挙区外の者に対して年賀状を送ることまでを規制するものではありません(ただし、有権者ではないからといって選挙区内の未成年に送ることも同法違反となります)。ちなみに、今年は夏に参議院議員選挙がありますが、全国比例の場合には選挙区は文字通り「全国」なので、この場合にはどなたにも送ってはならないことになります。

 最後に、対象となる文書です。「答礼のための自筆によるものを除き、年賀状、寒中見舞状、暑中見舞状その他これらに類するあいさつ状」と書かれていますので、年賀状、寒中見舞状、暑中見舞状は例外なくして違法とみなされます。これらに類するあいさつ状とありますが、これは季節のあいさつ等を指し示しているものと言われており、例えばクリスマスカードなども該当すると言われています。

 なお、「答礼のための自筆によるもの」とありますが、要は政治家宛に来た年賀状を返さないと、それはそれで送ってきた相手方に非礼になるため、その場合には「自筆」であれば問題ないとされています。この「自筆」というのが、年賀状のすべての部分を自筆なのか、それとも挨拶文章だけなのか、署名さえ自筆ならばあとはすべて印刷でいいのか、などは諸説ありますが、いずれにせよすべて印刷で送ることは違法といえそうです。

 なお、あくまで法律で禁止されているのは「年賀状、寒中見舞状、暑中見舞状その他これらに類するあいさつ状」であり、「年賀のあいさつ」そのものではありません。そのため、例えば年始のタイミングに合わせてあくまで活動報告が主となる政務活動のチラシや郵送物を作成し、その冒頭に年賀の挨拶が入っていることはまったく問題ありません。

年賀状を出してはいけない理由とは

 ここまで見てきたように、政治家が有権者に年賀状を送る行為は、原則として公職選挙法違反となります。では、なぜこういった規制があるのでしょうか。

 公職選挙法は、公正に選挙を行うための法規制であり、その前提には「資金力で公職が決まらないような」規制が行われています。仮に政治家が一方的に有権者に年賀状を送ってもよければ、選挙区内のありとあらゆる人に年賀状を送りつけることで自己の存在をアピールすることになるでしょう。年賀状の印刷や送付には相応の金額がかかりますが、この年賀状の多寡によって有権者の公職者選択に影響がでることは望ましくありません。そのため、年賀状の送付が禁止されているとされています。

 また、踏み絵行為を禁止するという目的もあるという説があります。踏み絵行為というのは、地元の名士と呼ばれるような政治家から年賀状が来た場合に、返礼の葉書を送らなければ非礼になると思い、受けとった有権者に御礼の年賀はがきを送り返させることで、政治家への信頼度を測るという意味です。例えば選挙区内のある地域に選挙はがきを一斉に送り、有権者から答礼があるかどうかを測ることで忠誠度をはかるようなことがあれば、有権者にとっては過度な心理的負担と(わずかとはいえ)金銭的負担を押しつけることになります。これも公正な選挙とは言えません。

お年玉付き年賀葉書を送ると別の罪に?

お年玉付き年賀はがきにも諸規制がある
お年玉付き年賀はがきにも諸規制がある写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 ここまで、年賀状について見てきました。我が国では年賀状といえば、冒頭の写真のような「お年玉付郵便はがき」が一般的です。実はこの「お年玉付郵便はがき」の販売は、「お年玉付郵便葉書等に関する法律」というきちんとした法的根拠があります。

 この「お年玉付郵便はがき」を仮に送った場合、確率の問題とはいえ、くじが当選する可能性があり、当選したくじの引き換えは、はがきの受取人にその権利があります(お年玉付郵便葉書等に関する法律第3条)

 そうすると、はがきの受取人は日本郵便株式会社から「お年玉等」の金品を受けとることとなりますが、このはがき自体が政治家から送られたものであれば、それは結果的に政治家による有権者への寄附(買収)となりえるのです。

公職選挙法第百九十九条の二(公職の候補者等の寄附の禁止)

 公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。以下この条において「公職の候補者等」という。)は、当該選挙区(選挙区がないときは選挙の行われる区域。以下この条において同じ。)内にある者に対し、いかなる名義をもつてするを問わず、寄附をしてはならない。(以下略)

 たかが「お年玉付郵便はがき」ではないか、と不思議に思う方や、違和感を感じる方もいるかもしれませんが、これを「宝くじ」に置き換えるとわかりやすいと思います。宝くじもお年玉付郵便はがきも、渡した時点では当選するかどうかはわからないという点で性質が似ています。しかし、当選した場合には金品に引き換えることが可能な以上、それを渡した政治家が有権者への寄附(買収)を問われるのは当然のことでしょう。なお、宝くじもお年玉付郵便はがきも一定の枚数で確実に当選する仕組みです。これらを鑑みれば、当然にお年玉付郵便はがきを有権者に送る行為が「寄附の禁止」違反となることは明らかでしょう。

政治家に年賀状を送っていいのか

年賀状を政治家に送ることはまったく問題ない
年賀状を政治家に送ることはまったく問題ない写真:アフロ

 ここまで、年賀状にまつわる公職選挙法の規制についてみていきました。こういう背景を知ると、そもそも年賀状を政治家に送って良いものだろうか、政治家にとては年賀状を送ることは実は面倒なことなのでは...と悩む方もいらっしゃると思います。

 筆者は、政治家に年賀状を送ることは全く問題ないと考えています。確かに受けとった年賀状の答礼には「自筆」「お年玉つき郵便はがきは不可」といった諸規制があります。一方、例えば政治家から有権者(支援者)に電話で御礼を言うことは問題ありませんし、有権者や支援者の近況を知る良いきっかけとなっているのもまた事実です。さらに、最近ではSNSの流行により年賀状自体を取りやめるケースもありますが、新年の挨拶をSNS上で行うことは法律上まったく問題がありませんから、SNS上のメッセージ機能を使って年賀の挨拶を行うのも一手かもしれません。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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