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愛知県知事リコール署名「8割が不正」の衝撃、自らの氏名住所が不正利用されていないかの確認方法

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
大村秀章・愛知県知事(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 大村秀章愛知県知事に対するリコール署名活動が急展開を迎えています。「高須クリニック」で知られる高須克弥院長らが主導したリコール(解職請求)運動で、愛知県選挙管理委員会は、署名のうち8割を超えるものに選挙人名簿に登録されていない人物や、同一人物の筆跡と疑われる署名があったと明らかにしました。詳細は共同通信の記事『14選管で署名の8割超が不正か 愛知知事リコール運動で』に詳しいですが、下記一部を引用します(太字は筆者)。

美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長らが主導した愛知県の大村秀章知事のリコール(解職請求)運動で、県選挙管理委員会は28日、署名の提出があった県内64選管のうち、14の選管の署名を調べたところ、署名の8割超が選挙人名簿に登録されていない人物や、同一人物の筆跡と疑われる署名があったと明らかにした。

無記名投票の「選挙」と記名拇印の「署名」

 我が国は民主主義制度の下に政治が成り立っており、間接民主主義の制度として無記名による選挙によって公職者を選び、また記名拇印をしたリコール署名とその後の解職投票によって公職者を解くことができる仕組みとなっています。

 選挙は無記名投票ですから、誰が誰に入れたかを事後検証することはできません。これは選挙の自由を保障する日本国憲法第15条の規定に基づく権利です。例えば、「自分は○○候補に入れた」という事実があったとして、その投票の事実は、投票箱に入れた後に検証することはもはや誰にも不可能です。仮に投票用紙に候補者の氏名のほかに記載した人の名前を書いたならば、「他事記載」(たごときさい)として、その投票は無効となる規定が公職選挙法にはあります。これにより、投票先を誰にも干渉されないで自由に選ぶ権利が保障されていることになります。

 一方、リコール署名は直接民主主義の制度です。我が国では、リコール署名の後に再度解職投票を行う必要がありますから、リコール署名の必要数は、有権者の半数以下に設定されています。それでもリコール自体は重たい選択であることを踏まえ、必要署名数は有権者の3分の1以上と高く設定されています。(40万を超える場合、80万を超える場合にはそれぞれ別の計算式により3分の1より若干少ない数字ですが、それでも十分に多い数字です。)今回の愛知県知事のリコール署名では、約86万人余りの署名が必要とされているのに対し、団体が集めた49市町村分の署名は43万5231人分であったことからも、この難しさがわかります。

 この署名は、本人が住所氏名生年月日を記載の上、押印をする必要があります。この署名した名簿は県選管に提出されることになりますが、この名簿自体が有効か無効かを検証・判断するのが県選管であり、上記記載の報道はまさにここの判断の段階で不正な署名が多く見つかっているということになります。

不正署名は民主主義への冒涜

 ここまで民主主義制度における選挙と解職署名の違いを説明してきましたが、この大規模な不正署名はまさに民主主義への冒涜といえる事態で、我が国の民主主義史に汚名を残すこととなる事件となったことはもはや確実です。選挙の投票では候補者氏名を記載するだけで済むのに対し、リコール署名は氏名・住所・生年月日を記した上で押印(拇印)をしなければならず、これらの個人情報を不正に取得して署名に利用し、かつ押印(拇印)を偽装したのであれば、署名自体が無効というだけでなく、個人情報の不正取得や不正利用をはじめ、複数の犯罪行為に該当する可能性が高くなります。

 集まった署名簿に対しては、署名の有効性について異議の申立ができるように縦覧制度があります。従って、誰が署名したのか、もしくはしていないのかを確認・検証することができるようになっています。しかしながら、これだけ大規模な不正があることを法律は前提としていませんし、何より名簿の8割が不正ということになれば、公正な署名はわずか2割しかないことになります。もとより、不正に氏名住所生年月日が使われた人物の個人情報にも関わる問題となり、混乱を極める可能性が高くなってきています。

 愛知県知事のリコール署名を積極的に主導していた「高須クリニック」で知られる高須克弥院長は、これらの報道に対して、下記引用の通りまるで他人事のようなコメントをしていますが、署名の受任者であり活動を主導していた人物として、きちんとした説明責任が求められます。ましてや、途中でリコール署名を中断した理由について高須院長は自身の病状と説明をしていましたが、これらの不正署名の内情を署名断念の時点で把握していたのかどうか、今後焦点になる可能性もあると考えます。

自分の氏名住所が不正利用されていないかを確認するには

自治体の窓口で不正利用を確認することができる(画像はイメージ)
自治体の窓口で不正利用を確認することができる(画像はイメージ)写真:ロイター/アフロ

 共同通信の報道では、あくまで「県内64選管のうち、14の選管の署名を調べたところ、署名の8割超が」不正な署名の疑いとのことでした。他自治体の署名などについてはまだ調査中のことですが、数千件から数万件単位での不正署名が見つかる可能性も出てきており、大規模な不正署名事件になることは明らかです。また、その際に何らかの方法で不正に取得した(氏名・住所・生年月日などの)個人情報そのものが明るみに出る可能性もあることからも、自分の氏名が不正署名に使われたかどうかを確認したい方も多いのではないのでしょうか。

 例えば名古屋市では、これまでに署名団体から選挙管理委員会に提出されたリコール署名簿について、自己情報開示請求(個人情報開示請求)を受け付けています。自己情報開示請求とは、個人情報保護法によって定められた、行政機関に記録されている自己の記録を開示する請求権の行使であり、住民の権利として与えられているものです。今回提出された署名は、提出された時点で行政機関に記録されていますから、この対象になってきます(名古屋市だけでなく、他自治体でも同様の手続きを受け付けているものと思われます)。

 仮に自ら署名していないのにもかかわらず、署名簿に署名がされていれば、記載されていた当該署名や記載された住所、生年月日が開示されます。また、押印の陰影もしくは拇印の場合は拇印として記録された指紋も開示されます。(なお一般的に、開示される場合には開示手数料としてコピー代相当が請求されます。)これらの手続きを経て不正な署名が確認されれば、これらは立派な犯罪行為となります。今後、不正署名の実態が明らかになるとともに、具体的な調査や対応が選管や司法機関によって明らかになってくるとは思いますが、これだけ広範にわたる署名活動における大規模な不正ですので、全容の判明には相応の時間が見込まれます。自己の氏名住所が不正利用されていないかどうかは、ここまで述べたように自己情報開示請求で明らかにすることができますから、不安な方は自らお住まいの自治体の役所・役場にて、当該署名の自己情報開示請求を申し立ててみてはいかがでしょうか。例えば名古屋市であれば、名古屋市公式HP「市民情報センター窓口での個人情報開示請求の手続き」で手続きの詳細が案内されています。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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