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「桜を見る会」前夜祭問題が「選挙違反」と言われない理由と、今後の見通し

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 臨時国会も終盤に差し掛かったタイミングで「桜を見る会前夜祭」問題が再浮上し、注目を集めています。つい先日まで首相を務めていた安倍晋三氏の公設第一秘書ら20名以上が任意の取り調べを受けたとされており、森友・加計に次ぐスキャンダルが新たな展開を迎えようとしています。一方、永田町では既に総理の座を降りた人の問題ということで認識されているものの、国会における真相解明が今後与野党による火種になる可能性も出てきました。また、森友・加計と異なり、大きな事件にはならないとの見立てもあります。桜を見る会の前夜祭問題が、なぜ「選挙違反」と言われないのか、考えてみたいと思います。

公職選挙法の「買収」には当たらない

 多くの人の疑問は、選挙区内に住んでいる人たちを「桜を見る会」に招待し、しかも前夜祭では参加者が払った金額以上のもてなしをしたのに、なぜ選挙違反にならないのか?と言うことだと思います。まず、桜を見る会の前夜祭の費用の一部を、安倍事務所が負担したことが公職選挙法上の「買収」となるかどうかを考えたいと思います。公職選挙法では、第221条において買収及び利害誘導罪を次の様に定めています。

公職選挙法 第二百二十一条(買収及び利害誘導罪)

「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき」

出典:公職選挙法|e-Gov法令検索

 ここで重要なのは、「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的」という文言です。これは買収が成立する要件として、特定の選挙に対する当選を得るための目的があることが必要とされており、その目的がなければ買収にはならないということです。。例えばわかりやすい話、食事の席などで「ここは私が支払っておきますから、次の選挙では私に投票してくださいね」というような明確なGive&Takeの行為は、買収罪が成立すると言えます。一方、桜を見る会(とその前夜祭)は毎年定例で行われていたイベントで、衆議院議員総選挙の直後であったり選挙からは遠い時期に行われていたものもあります。また、安倍事務所が個別にひとりひとりの参加者に対して選挙に関する投票を得る目的を持っていたかを事実認定することは難しいでしょう。参加者全員が「選挙人又は選挙運動者」だったかどうかにもよりますが、仮に選挙人ではない参加者も同様の形態で参加していたのであれば、ますます「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的」を認定することは困難となります。

公職選挙法上の「寄付」にも当たらない可能性が高い

 また、公職選挙法の別の条文では、政治家は現職であれ新人元職であれ、選挙区内の者に対して寄付をしてはならないと定められています。こちらは特定の選挙に関連する必要はなく、単に寄附行為をしてはいけないという内容です。条文を見てみましょう。

公職選挙法 第百九十九条の二(公職の候補者等の寄附の禁止)

公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者は、当該選挙区内にある者に対し、いかなる名義をもつてするを問わず、寄附をしてはならない。ただし、政党その他の政治団体若しくはその支部又は当該公職の候補者等の親族に対してする場合及び当該公職の候補者等が専ら政治上の主義又は施策を普及するために行う講習会その他の政治教育のための集会(参加者に対して饗応接待(通常用いられる程度の食事の提供を除く。)が行われるようなもの、当該選挙区外において行われるもの及び第百九十九条の五第四項各号の区分による当該選挙ごとに当該各号に定める期間内に行われるものを除く。以下この条において同じ。)に関し必要やむを得ない実費の補償(食事についての実費の補償を除く。以下この条において同じ。)としてする場合は、この限りでない。

出典:公職選挙法|e-Gov法令検索(筆者にて条文の一部を省略)

 条文が長く二重否定なども入り複雑に見えますが、少し乱暴とはいえ簡単に言い換えれば、「政治家は当該選挙区の者に対してはどのような名義でも寄付をしてはいけない。ただ、政党や政治団体への寄付をする場合、政治家自身の親族に寄付をする場合、政治的な講習会や政治教育集会をする際の(食事以外の)実費補償をする場合は、その例外となる」と言い換えることができます。

 内閣主催の「桜を見る会」とは異なり、その「前夜祭」は、あくまで安倍晋三氏という政治家の政治集会という位置付けに他なりません。その内容がどのような内容であれ、政治家の挨拶があったり、政治教育的な要素を演説などで含むものがあれば、「専ら政治上の主義又は施策を普及するために行う講習会その他の政治教育のための集会」に該当すると見做される可能性が高いでしょう。また、それぞれのホテルで提供された内容が、いわゆる通常用いられる程度の食事の提供を超えた「饗応接待」と見做されるかどうかですが、「饗応接待」の例として一般的に挙げられるものは「観劇鑑賞」や「温泉への招待」といった、「相手方に慰安快楽を与えるもの」(「選挙運動に関するルール」和歌山県選挙管理委員会)とされており、今回の前夜祭が「饗応接待」に該当するかどうかは微妙なところです。

 この「前夜祭」では、アルコールが飲み放題だったとか、歌手が歌を歌ったというような報道もされていることから、会の内容は部分的に「饗応接待」の要素を含んでいたと考えることもできそうです。ただし、(安倍事務所が負担したのは費用の一部ということを前提で)、会場借上費やアルコールを含まないソフトドリンクの飲み物代などは費用弁償として安倍事務所が負担し、それ以上の食事やアルコールなどを参加者個人が負担したという建て付けであれば、(内訳書や領収書が破棄されてしまった今となっては)これ以上確かめようがないことになってしまいます。

政治資金規正法の「不記載」には当たる見込み

 ここまでは公職選挙法の条文をみてきましたが、選挙買収や選挙区内寄付として認定されるには高いハードルがあることがわかりました。では、これらの行為は完全に合法なのでしょうか。政治家の政治活動や選挙運動に関する法律は公職選挙法だけではありません。平時の政治活動についてや、その収入支出については政治資金規正法という法律で定められています。政治家のお金に関する法律とも言い換えられますが、「規制法」ではなく「規正法」という名称の通り、制限を加える趣旨というよりは、政治資金に関するダークな部分を規律正しく改善するための法律と言えます。

政治資金規正法 第九条(会計帳簿の備付け及び記載)

 政治団体の会計責任者は、会計帳簿を備え、これに当該政治団体に係る次に掲げる事項を記載しなければならない。(中略)

二 すべての支出並びに支出を受けた者の氏名及び住所並びにその支出の目的、金額及び年月日

政治資金規正法 第二十四条(罰則)

 次の各号の一に該当する者(会社、政治団体その他の団体(以下この章において「団体」という。)にあつては、その役職員又は構成員として当該違反行為をした者)は、三年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

一 第九条の規定に違反して会計帳簿を備えず、又は同条、第十八条第三項若しくは第十九条の四の規定に違反して第九条第一項の会計帳簿に記載すべき事項の記載をせず、若しくはこれに虚偽の記入をした者

 この条文では、政治団体の会計責任者は、その政治団体が行った全ての支出について、氏名及び住所並びにその支出の目的、金額及び年月日を記載しなければならないとされており、記載をしなかったり虚偽の記載をした者は、三年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金と定められています。当初、安倍事務所(後援会)は、安倍事務所(後援会)としては一切の支払いをせず、直接参加者がホテルに支払ったために、政治団体としての支出の実態はなく、結果として記載する項目がなかったと説明していました。ところが、実際は不足分を支払いしていたということであれば、その支払いについては会計帳簿に記載をしなければなりません。会計帳簿をもとに作成される収支報告書(国会議員分は毎年5月末までに提出し、概ね11月ごろに公開される)に本件記載がなかったことから、いわゆる「不記載」が成立するものと考えられます。

 ところで、この収支報告書を作成する会計責任者は、必ずしも政治家本人とは限りません。今回問題となっている安倍晋三氏の後援会の会計責任者は、安倍氏の公設第一秘書です。今回の一連の事件に関する告発状でも指摘されているように、安倍氏本人が指示して(不記載を)行っていたのであれば共同正犯が成立しますが、一方で秘書が単独で行ったことであれば、違反の対象として処罰されるのは当該秘書だけとなります。また、公職選挙法とは異なり、政治資金規正法には「連座制」などといった制度はないため、仮に秘書の行為に対し有罪判決が確定したところで、安倍氏の衆議院議員としての立場には影響はありません。収支報告書は年1回必ず提出するという性質から、企業における決算に例えられることがありますが、報告書は提出後も制度上は何度でも訂正を行うことができます。したがって、今後事件捜査の進展とともに司法判断を軽くする目的で「訂正」を行うことも考えられます。

 この政治資金規正法違反という例でいえば、小渕優子議員の「観劇会」が同様の構図でした。観劇会参加者からは参加費を徴収していましたが、実態としては参加費だけでは会の開催予算が不足していたことから、実態としては政治団体から支出していたという構図です。この事件では、元秘書であった折田謙一郎前中之条町長に禁固2年、執行猶予3年、元秘書には禁固1年、執行猶予3年の有罪判決が下されましたが、当の議員本人に司法上の処罰はありませんでした。このように、「会計責任者を秘書にしておき、秘書が勝手に判断してやったこと」とすることを、ロケット打ち上げのブースター切り離しに例えて「1段ロケット切り離し」「2段ロケット切り離し」ということもありますが、いずれにせよ国会議員本人にまで司直の手が及ばないように対応されているのが実情です。

偽証罪にも問われないが、政治責任は問われる

 最後に、安倍氏本人の責任についても考えてみましょう。そもそも、安倍前首相は在任中、「桜を見る会」に関する政治団体からの支出を否定していました。この問題は野党も国会審議の場において何度も取り上げていましたが、安倍前首相の答弁は一貫しており、最終的な解明に至る前に首相を退任したことから、追及が難しくなったこのタイミングで、突如捜査のメスが入ったとの報道がなされたという流れです。

 首相が答弁した内容が事実と異なっていたとすると、これは罪に問われるのでしょうか。日本国憲法51条では、国会議員が議員で行った討論は院外で責任を問われないとされています。国会の場で偽証罪が成立するためには、法律により宣誓をした証人が虚偽の陳述をした場合に限りますが、これは「証人喚問」における証人として陳述した場合に限り、通常の国会答弁や、参考人招致では偽証罪は成立しないことになっています。

 ただ、安倍前首相がここまで説明してきたような司法上の責任は問われる可能性が少ないにしても、政治的責任は大きく問われることになるでしょう。偽証罪に問われないからといって、国会答弁で虚偽の答弁を繰り返していいというわけではありませんし、言うまでもなく院内の発言は誠実に行われるべきであり、政治的責任が求められます。院内の発言に関しては、議会内で懲罰の対象とすることができるほか、野党側にとっては与党側の不誠実な答弁という理由で審議拒否などの口実を与えることとなり、結果として国会審議が停滞するようなことがあれば、政治的責任を与野党から求められることも考えられます。もっとも、永田町における大原則は「議員の出処進退は議員自身が判断すべき」であり、これは逮捕された河井議員夫妻や秋元議員などにも言われてきたことです。残り少ない臨時国会の会期中、安倍氏がどう説明責任と出処進退の判断をとるのか、注目したいと思います。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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