日本学術会議の任命拒否問題は菅内閣にダメージを与えるのか

菅内閣最初の壁となった「日本学術会議の任命拒否問題」に内閣はどう動くか(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 日本学術会議の会員任命拒否が問題となっています。既に野党は10月26日開会予定の臨時国会でこの問題に取り組むことを表明していますが、この問題ができたてほやほやの菅内閣にどの程度のダメージを与えるのか、検討をしてみます。

菅政権は「安倍政権の継承」ではなかった

 菅内閣による規制緩和やポストコロナの政策がニュースでも目立つようになってきました。デジタル庁創設をはじめとするデジタル化の推進や脱はんこの加速化、携帯電話料金の引き下げなどを矢継ぎ早に打ち出しているほか、緊急避妊薬の薬局販売解禁など規制緩和も進める方向で、一般国民にも恩恵が感じられやすい政策を短期間に実施まで持っていくことに全力を尽くしていることが分かります。菅総理がしきりにスピード感を気にしていることも報道されていますが、河野太郎行政改革担当大臣による「原則脱はんこ」の動きや、携帯電話料金の引き下げについては年内にも動きがあると見られることからも、閣僚や霞ヶ関に対して、まるで年明けにでも選挙があるかのようなスピード感を要求していることがわかります。

 筆者は、これは安倍政権からの大きな軌道修正と捉えています。アベノミクスに代表される安倍政権下における経済施策は一定の効果はあったものの、国民全体が景気回復を実感するには至りませんでした。この「実感なき景気回復」は、安倍首相が「景気回復を実感できない方がたくさんいることも承知している」(2019年3月25日参議院予算委員会)、「全ての世論調査で、景気回復の実感がないという方が多数いらっしゃるのは事実」(2019年6月10日参議院予算委員会)と国会で答弁していることから、安倍政権時から明らかであったことでもあり、菅総理も内閣官房長官として政権の中枢にいた時から感じていたことでしょう。

 これは言い換えれば、菅総理が内閣のバトンを受け取った時から相当な危機感を持っていたことの表れだと感じています。少し昔に遡りますが、2008年のリーマンショック直後、日本の完全失業率は急速に悪化しました。リーマン・ブラザーズの破綻から9ヶ月後の2009年7月に、日本の完全失業率は5.5%にまで悪化しました。この2009年7月こそ、民主党に政権交代が行われた第45回衆議院議員総選挙のあった月です。統計的に、失業率が高まると政権与党や内閣の支持率は如実に低下傾向にあります。今回、安倍政権から菅政権への移行に伴い、政権への期待からいわゆるご祝儀相場として内閣支持率は高まっていますが、一方でこのご祝儀相場はあくまで「ご祝儀」であることを菅総理は誰よりもよく理解しているはずです。歴代のどの政権でもほぼ例外なく、就任直後に最も高い支持率を記録するものの、その後次第に支持率が低下する傾向にあります。そうすると、内閣支持率や与党支持率だけを考えれば、いかにこの支持率の低下を緩やかにして、支持率の高いうちに解散総選挙を打てるかどうかが、キーファクターとなります。

 菅政権の内閣支持率は、マスコミ各社によって数字にばらつきはあるものの、平均して65%程度でした。来年秋には任期満了でいずれにせよ選挙を迎えることを考えれば、この65%という数字をまずは国会開会後も出来る限りキープできるかどうかが鍵になります。繰り返しになりますが、今後さらに失業率が悪化する見込みの中で、内閣支持率を高止まりさせるために菅内閣がもっとも力を入れることは、国民にとってわかりやすく実感のある政策の実行である可能性が非常に高いです。

任命拒否問題は菅総理が野党に提供した「ネタ」

 さて、少し本論から外れてしまいましたが、秋の国会はどのように展開されるでしょうか。また、このまま臨時国会が始まると、国会論戦はどのように展開されるでしょうか。

 野党は既に、日本学術会議の任命拒否問題を臨時国会で追及することを幹部クラスが次々に明らかにしています。閉会中の内閣委員会でも既にこの問題が取り上げられたように、菅内閣での新たな政治的問題として追及することも野党の仕事であり、この流れは必至と言えるでしょう。日本学術会議の任命拒否問題は、総理による恣意的な人事との疑いとの見方、さらには法律の解釈などの観点などが検察庁法改正の際と似たような構図となっていることからも、野党は秋の臨時国会でこの問題を主戦場と捉えるはずです。

 しかしながら、このタイミングでの会員任命拒否は野党に材料を与えることは明白だったはずです。ましてや日本学術会議の会員任命については、これまでも補充人事で任命がなされなかったり、安倍内閣でも対応について検討をされてきたとのことです。では、なぜ菅内閣は自らのスタートとなるこの臨時国会直前からこのような状況をわざわざ作ったのでしょうか。

 これは私見ですが、むしろ野党に対して問題追及というネタを作ることで、野党のリソースを人事批判に割かせる戦略なのではないでしょうか。安倍内閣では、アベノミクスという経済成長の反面で森友・加計問題や桜を見る会などの身内優遇といった負の側面が多く、これら負の側面がメディアや野党を中心にクローズアップされるという状況が続きました。結果的に安倍政権の負の側面だけでは政権は倒れることはありませんでしたが、実感なき景気回復と新型コロナの感染拡大によって、内閣支持率が減少傾向にあったことは危機的に捉えていたはずです。

 菅内閣では、間近に迫った衆議院議員総選挙を鑑みて、これらの反省を踏まえた国会運営を考えていることと思われます。国民の実感ある景気回復をもたらす反面、野党に対しては攻撃材料を敢えて作ることで、野党が問題追及に夢中な環境を作ることが、直近の政策実現には重要だと考えているのでしょう。飴と鞭のようなやり方ですが、国民の多くに飴が回れば、1年以内の総選挙も十分に戦えるとの見方だと思います。これまでの森友・加計問題や桜を見る会と異なり、政治とカネの問題でもない日本学術会議の任命拒否問題が、政権にとって致命傷となる見込みは低いことから、敢えて野党の攻撃を誘導することで、安倍政権下における与野党の攻防の構図を再現するようにも見えます。

任命拒否問題の長期化は政権にダメージも

 実際のところ、日本学術会議の問題を行政改革の一環として位置づける発言が閣僚からも出てきている現状を考えれば、短期的には日本学術会議という組織全体の課題に対して様々な論点からこの問題が国会で取り扱われることになるでしょう。しかし、改めて任命人事を行うことはないという政府の意向があることから考えると、結果的には上述したような野党のリソースを割かせて飴と鞭作戦に使われるだけとも受け取れます。

 しかし、中長期的には自民党に不利になる可能性も否定できません。今回の日本学術会議の任命拒否問題は、既に当該人物だけでなく教育機関の長などからも問題視するコメントやメッセージが相次いでいます。国立大学法人の学長人事は、今回の日本学術会議とは異なり大学自治の原則などの問題もでてくることからさすがに任命拒否ということはないでしょうが、それでも学術系諸団体の自主性・自律性に対してどこまで担保されるのか、という新たな線引きがなされるまでの間、学者研究者による政府不信は増幅する可能性が高いでしょう。教育はもとより、著述や講演といった現場で意見を述べる機会も多い学者研究者からの支持を失うことは、中長期的には政権にとってもダメージが大きいのではないでしょうか。