英国ではコロナのワクチン接種率が日本と比べてはるかに高い。それゆえワクチンによる免疫がどれだけデルタに対して有効であるかが夏の流行の結果を左右する。そしてこの夏の英国の結果がパンデミックからの出口戦略の試金石になる。

まず重要な点につき述べると、これは英国の世界的に見ても極めて高いワクチン接種率ゆえの特殊事情であり、日本の少ないワクチン接種の現状ではあてはまらないことばかりであることに注意すべきである。しかしながら、今後の日本の行く末を占ううえで英国の状況は注視すべきである。

ジョンソン首相の博打

本年7月19日、英国政府はデルタ株(いわゆるインド株)流行のただ中、毎日数万人の感染者がでているにもかかわらず、封鎖を全解除し社会を「正常化」する決断をした。

英国では5月ころからのデルタ株流行による感染者の増加、流行の再燃にもかかわらず、重症化・死亡者の数が感染者数に比べて少なく推移してきた。これは英国ではすでに40代以上の9割以上が2回接種を終えていて、圧倒的多数がワクチン接種をしているがゆえに重症化・死亡が以前より相当抑えられているためと考えられている。

それゆえの封鎖全解除の判断であるが、賛否両論ある政策で実際副作用も大きなものになると考えられる。明らかに出口戦略を意識した政策であるが、この結果がどうなるかは実のところ予測にも幅があり、これが「英首相の博打」と呼ばれる所以であるが、その結果は今後のデータ次第である。

実はこの結果予測の幅がデルタ株に対する免疫次第であるともいえる。そしてこの過激ともいえる政策の副作用は、現在無視されているコロナの側面に現れるであろうということも見えている。

ワクチンがつくる免疫、自然感染がつくる免疫

英国では高いワクチン接種率のおかげで、(重症化による)入院数がワクチン接種をするまえの4分の1程度にまで抑えられていると統計的に見積もられている。これは劇的な効果で、ひとえにワクチンにより誘導される免疫が強力なおかげである。

これまでの研究で、コロナから体を守るうえで第一に重要なものは、コロナウイルスの表面に飛び出ているスパイクタンパクに対する抗体の量と質であることが明らかになっている。防御の質が高くてウイルスの感染を予防できる抗体は「中和抗体」と呼ばれる。

中和抗体の定義からわかるように、それぞれの人がつくる中和抗体の量は変異株の種類によって異なる量になる。たとえば、ある人は従来株とアルファ株に対する中和抗体は高いが、ベータ株とガンマ株に対する中和抗体は比較的低い、ということがありえる。

スパイクタンパクに対する抗体のでき方については、自然感染よりもワクチンのほうが効率が良いことが知られている。自然にコロナに感染することででできる中和抗体は1年間で相当減弱してしまい、特にベータ株とデルタ株に対しては感染後1年以内に中和抗体は相当低下してしまう。

自然感染で抗体が保たれにくいことの理由には、なんらかのウイルスによる免疫のかいくぐりがあると考えられるがまだ詳細はわかっていない。

これらの理由から、自然にコロナに感染してしまった人もワクチン接種を受けることが強く推奨されている。

ワクチンのアルファ株(英国株)に対する効果

イングランド公衆衛生局は定期的にファイザー・ビオンテックならびにオクスフォード・アストラゼネカのワクチンの効果調査の報告をしている。

最近の調査によると、ワクチンは2回接種すれば、英国のアルファ株に対して、重症化の回避・死亡の回避の効果はいずれも9割以上であると推定されており、大変高い効果である。コロナ感染症の症状を発症することに対する予防効果も9割程度あると見積もられている。

ただし、1回接種のみだと防御効果は5割程度でしかないことには注意が必要である。2回接種をおこなって免疫が成立する(通常2週間)まではコロナの感染からはそれほど守られていない。

無症状をふくめたコロナ感染全体に対する防御効果は若干おちて7−8割程度にとどまるのではないかと考えられている。つまり、ワクチンを接種したひとも、コロナに感染して他の人に広げる可能性は十分ある。

以上はいずれもアルファ株についてのデータである。英国ではアルファ株が武漢由来の従来株を今年度初頭には駆逐してしまっていたので、入手可能なデータはアルファ株に対するものだが、ワクチンは従来株に対しても同等かそれ以上の効果があると見込まれる。

ワクチンのデルタ株に対する効果

デルタ株に対するワクチンの効果は、従来株やアルファ株に比較して若干ながら低下する。

有症状感染の抑制効果はアルファ株ではワクチン2回接種でも9割程度であるところが、デルタだと8割止まりと見積もられる。つまりデルタに対する効果は1割程度減弱する。

さらに注意すべきは、1回接種後のワクチンによる防御効果は3割程度にすぎないことである。デルタ株の場合、1回接種後はまだ感染からほとんど守られていないと考えるべきである。

一方、デルタ株に対してもワクチンによる重症化回避の効果は高いと考えられる。英国でワクチンによりどれだけ入院が回避されたか分析したところ、アルファ株に対してもデルタ株に対しても、2回接種でワクチンによる防御は9割以上であると見積もられている。ただしこの正確な数字についてはまだ今後のデータ、とくに英国の夏の流行データでより明確になるものと考えられている。

ワクチンによる免疫の自然減衰と高齢者

中和抗体の量を調べた研究では、ワクチンの2回接種によって非常に高い中和抗体が誘導されたあと、数ヶ月単位でゆっくり抗体の量は減っていくことがわかっている。ただし、抗体の量は相当高いレベルで維持されるので、重症化の回避は少なくとも相当程度できると考えられてはいる。

しかしながら、実際に感染からの防御がワクチン接種後どれくらい低下するのか、重症化の回避という効果は1年をこえて維持されるのか、あるいは減ることがあるのか、といったことについてはまだ明確になっていない。

また高齢者を対象にした研究から、特に80代以上では、ワクチンの効果が若干低くなる可能性がある。それゆえに、高齢者ではこうした「数ヶ月単位でゆっくり」の減衰も大きな問題になる可能性がある。これが英国やイスラエルなどが、高齢者や免疫のはたらきが弱い人々を中心に、秋に第3回接種(ブースター)を行う準備をしている理由である。

英国の博打の結果を左右する免疫のはたらき

2020年夏から秋にかけてファイザー、モデルナ、アストラゼネカをはじめワクチンは優秀で安全であることが確認され、パンデミックの克服は間近であると多くの科学者が考えた。しかしながら昨年年末の英国・南アフリカ変異株の登場でこの出口シナリオは変更を迫られてきた。

一部の変異株は流行を広げる勢いを増し、多少なりとも免疫逃避の機能をもつ。ワクチンの効果は、変異株、とくにデルタ株とベータ株(南アフリカ株)で若干減弱している。さらにワクチン接種後すこしずつワクチンによりできあがる免疫の効果が減衰することもわかってきている。

ここまで研究は進んだが、この若干の減衰や減弱が、社会全体でのパンデミックの制御にどれくらい影響があるかは実のところまだ不明である。

ひとつわかっているのは、今のワクチンがデルタ株感染による重症化・死亡をどれだけ減らせることができるかが、英国の流行拡大によりどれだけ重症患者が出るかを直接決めることになることである。

ワクチンの防御効果が9割以上だとしても、重症化してしまうひとが(ワクチン接種をしないときに比べて)〜たとえば10%なのか、5%なのか、あるいは1%なのか〜によって、重症化する人の数は大きく変わることになる。そして社会の中での感染者数が大きくなるほど、この数%の重みが増す。

英国はデルタ株流行のまっただなか、ワクチン接種率が圧倒的に高いという強みにかけて封鎖を全解除し社会を完全に正常化させるという博打に出た。この結果がどうなるかは9月までには明らかになるだろう。そして今のワクチンがどれだけデルタ株に対して人類を防御できるのかが数字で明確になろう。

英国のこの夏の賭けは、現在無視されているコロナの側面である後遺症や若者の重症化といった問題もまた引き起こすことになる。これが深刻な問題につながる可能性もあり、それゆえに批判が多い政策である。

この夏に英国がどのような経緯をたどるか、その(疫学的)データが、今後の世界各国でのワクチン政策、出口政策に大きく影響することになると考えられる。