2021年の7月はパンデミック史の記録に残るものになろう。日本がオリンピック開催を強行する一方で、英国は「自由の日」と銘打って封鎖制限を一挙に解除する。表面的にはこの2国の動向は同期しているようでいて、意思決定に至る理由と背景は随分異なる。それゆえに英国の現状ならびに背後にあるコロナの科学を解説することは、ひるがえって日本の現状・対策について理解し夏以降の対策を考える助けになろう。

今回からいくつかの記事にわけて、デルタ株が出口戦略にもつ影響と、英国の封鎖解除とオリンピック開催強行が持つ意味について解き明かすことを目指す。この目的のもと、今回は主要な変異株の特徴と変遷について最新知識を解説する。

1.変異株が加速するパンデミック

新型コロナウイルスは少しずつ(およそ月に1−2箇所の速さで)遺伝子配列を変化(変異を獲得)している。これ自体はウイルスの性質として驚くことは何もなく、世界中でウイルスの遺伝情報は少しずつ変化しているものの、ほとんどの変化はウイルスの性質を(人間にとって意味のあるようには)変化させない。ところが、パンデミック以来これまでに4つのウイルス変異株は、「懸念される変異株」(Variant Of Concern, VOC)として人類が対応を迫られるようになった。

ウイルスが変異を蓄積しているうちに (1) 感染性が高い・流行を広げる勢いが強い (2)重症化率が高い(3) 既存の免疫をすりぬけるなどの形質を獲得し、コロナの流行・対策に大きな影響を与えうることが科学的にデータで確認されたとき、懸念される変異株として定義される。これまでに重要な変異株は次の4つのものである:アルファ(英国株)、ベータ(南ア株)、ガンマ(ブラジル株)、デルタ(インド株)(括弧内はこれまでの通称)。

この中でデルタ株はとくに流行を広げる勢いが強い。武漢由来の従来株は、一人の感染者あたり平均して2.5人程度に感染をうつす(再生産数R=2.5程度)と見積もられてきた。これまでの流行データから、従来株を基準にして、アルファ、ベータ、ガンマ株は3−4割程度感染性が高いとして強く警戒されてきた。ところがデルタ株は、従来株よりおそらく10割程度高い〜つまり流行を広げる力が2倍に増している可能性がある。

感染は人から人へとうつっていき、効果はねずみ算式に累積していくものなので、2倍高い感染力をもつ変異株は流行の勢いを際立って高いものに変えてしまうはずである。実際これまでのところデルタ株の流行データはこの見方を裏付けている。

2.アルファ株:変異株の序章と遺伝子解析技術

英国型変異株であるアルファはその名が示す通り、懸念される変異株のなかで最初に発見・調査されたものである。

英国型変異株の発見の経緯について筆者は2020年12月の記事で詳細に報じたが、英国が世界に先んじて変異株の存在に気づき対応を始められたのには、いくつかの必然と偶然の幸運がある。

歴史的必然の第一に重要な点は、英国は感染症疫学と公衆衛生の歴史・実績が最も豊富な国であることと、遺伝子配列解析(シークエンス)技術について基礎的な技術開発をして常に世界の最先端を走ってきたことの2点にある(註1)。

実際に、全英的なコロナ変異モニタリング体制COG-UKの大事な基盤として、英国が国内産のシークエンス技術・サンガー研究所はじめ巨大なシークエンス施設・実験ならびにデータ解析の技術者を多数擁していることがある。

今日までに英国は65万以上のコロナ検体の全遺伝子配列を決定している。これは全PCR検査検体の13%に相当する(コロナの検査は1日あたり100万以上行われている)。6月最終週だけで26000検体以上分析され、大部分の陽性検体は遺伝子配列解析されている。

3.ベータ株(南アフリカ):真夏の大流行と免疫逃避の変異株出現

南アフリカは2020年6〜9月(南半球の冬)の大きな第1波を春(10月)に抑え込むことに成功した。しかしながら、11月にはネルソン・マンデラ・ベイ地方で流行が急速に拡大し、南半球の夏である年末年始にかけて多大なる超過死亡につながり大きな犠牲となる。

この南アフリカ第2波は、ベータ株(501Y.V2)の出現と拡大によるものであった。ベータ株は21の新規変異を獲得しており、うち9つの変異はコロナが人の細胞への感染に使うスパイクタンパクにある。そして、スパイクタンパクの要所にはいっている3つの変異(N501Y・E484K・K417N )が特に重要であり、これらが感染性を高め、あるいは従来株でできた免疫を部分的にすりぬけて一部のコロナ抗体医薬が無効になる免疫逃避の機能につながっていると考えられている。

実際いくつかのワクチン臨床試験で南アフリカ変異株に対するワクチンの効果が多少なりとも減弱している結果がでている。この点は現在より重要なデルタ株について詳しく解説する。

4.ガンマ株(ブラジル):集団免疫の夢とアマゾンの悪夢

2020年のパンデミック当初には、コロナの感染が広がって多くの人が感染による免疫をもつようになるか、あるいは有効なワクチンが開発できて接種がひろまって、結果的に6割以上のひとがコロナの免疫をもつようになれば社会に集団免疫が成立して流行は自然収束するという予測があった。

ところがこの見方は楽観的で単純にすぎるものであり懸念される変異株の出現でシナリオは完全に崩れたといってよい。

コロナの集団免疫が自然にコロナの流行が広がるだけでは成立しないであろうことは、ブラジルのアマゾナス州における大流行の経緯でまず明らかになった。

アマゾナス州では2020年4〜5月に大きな第一波を経験し多数の住民が死亡、いわゆる超過死亡は際立っていた。しかしその後の生活制限・感染防御のとりくみで流行の勢いは収められて2020年夏には流行が抑制されて安定した状態になっていた。2020年10月までの調査では、第1波の圧倒的な流行のひろがりのために全人口の76%がコロナに感染したものと見積もられている。このため、夏〜秋の流行制御の成功もあり、圧倒的多数の住民が感染したことによる自然な集団免疫を達成したと提唱するブラジル科学者も現れた。

ところが2020年の秋、地方選挙の実施、娯楽施設の再開、と社会をあけていったところ、12月に流行が再燃し急激に拡大し2020年春よりさらに大きな流行になってしまう。

つまりアマゾナス州では住民の圧倒的多数が感染したにもかかわらず、集団免疫など全く成立していなかったのである。

その後のコロナの遺伝子配列解析で、この2020年冬の流行の急速な拡大は、アマゾナス州で発生したガンマ変異株(P.1株)の拡大でおきたことが判明した。ガンマ株は従来株より4割程度流行を広げる勢いが強いのが問題だが、さらに、ガンマ株は21の変異を蓄積しており、そのうち3つ(N501Y ・E484K・K417T)はスパイクタンパクの要所にはいっており、感染性を高め、あるいは従来株でできた免疫を部分的にすりぬけて一部のコロナ抗体医薬が無効になる免疫逃避の機能があると考えられる。

結局、アマゾナス州における2020年末からの第2波は第1波を上回る甚大な被害をもたらした。これはガンマ株が流行を広める勢いが強く、また既存のウイルスで誘導される免疫を部分的にすりぬけるがゆえに、既にコロナに感染した人たちのあいだでも流行を拡大したことが大きな第2波につながったと推測されている。

5.デルタ株(インド):不正確なデータ、根拠のない過信とまやかしの成功体験

アルファ・ベータ・ガンマ株はいずれも、英国・南アフリカ・ブラジルでの大流行のあとに出現した。ウイルスが流行をひろげてより多くの人の中で自分を複製して増えていけばいくほど、ウイルスが変異を獲得する機会は増える。さらに社会で大流行がおきてしまうと、重症の疾患のため免疫がうまく働かないような人にまで感染する機会もふえる。このような人のなかでは、ウイルスがとくに長期間にわたって感染して多くの複製を繰り返しながら多数の変異を蓄積することが知られている。

このように、コロナの流行を広げることは、犠牲者を増やすのみならず、新たな変異株を作り出すことにもつながる。

しかしながら、英・南ア・ブラジルの経験は、インドの大流行を防ぐことには役立てられなかった。

インドは2020年秋の第1波を効率よく抑制したのだが、このためにインドの社会はコロナの流行はインドは大丈夫という過信に陥ってしまった。政策担当者・メディア・科学者が誤った科学と不正確な統計データに基づいて、インドはもう集団免疫を獲得している、子供のころのワクチンで守られている、「インド人は特別だ」といった幻想を広めていたという。

こうして社会全体が慢心したままインドは2021年春の宗教的祭りの時期にはいった。多数の人々が流行の防御策をとることなく祭りに集まり、これが流行を一気に拡大した。この第2波でインドは第1波の4倍以上の流行になり日々の新規感染者数は40万人に達し多大な犠牲を出した。

この大流行のはじまる2021年3〜4月のあいだに出現し、流行を急速に置き換えて急激に拡大したのがインド型変異株のデルタ株(B.1.617.2)である。

6.デルタ株とワクチンの希望

英国はすでに新規症例はほとんどすべてデルタ株であり、英国型のアルファ株はすでに過去のものである。世界的にはベータ株・ガンマ株も已然大きな脅威であるが、ベータ株の原産地であり主要流行地である南アフリカでさえデルタ株が主要株に置き換わっている。したがって、世界的な流行の現状からも、現在はデルタ株の特徴を考慮した対応が最も緊急性が高く重要なものになる。

デルタ株は重症化する割合も従来株より高い可能性があるが、なによりその脅威は第一にその強い感染性にある。平均して一人のひとが従来株に比べて2倍以上のひとに感染を広げるという見積もりが正しいならば、ウイルスが人から人への感染を繰り返すたびに感染者数がどんどんかさ増しされて急速に広がる。こうして、仮に重症化の度合いが大きく変わらなかったとしても、デルタ株は感染者数の極端な増加をひきおこすため、これがそのまま重症患者・死亡数の大きな増加につながりえる。

このように流行を広げる勢いが強く、重症化率が高くなっている可能性もある(少なくとも重症化率が減ってはいない)デルタ株が世界中で流行を置き換え、各地で被害を大きくしていくことは、深刻な懸念である。

さらにデルタ株は免疫逃避の可能性がある変異(L452R, T478K)もある。実際、ワクチンによる防御効果は、特に一回接種だけだと1−2割落ちる。それでも現在主流のワクチンが二回接種すればデルタ株に対してでも9割程度の相当高い重症化回避効果があることは重要で、コロナのパンデミックから抜け出すための大きな希望である。

ただしここで人間の直感とはずれるが大事な点がある。それはワクチンがデルタ株に対しても相当高い重症化回避効果だといっても、従来株・アルファ株に対する効果よりはごく僅かながら落ちていることである。この「ごく僅か」が正確にどれくらいの数字か〜数%か、5%か、10%なのか〜はまだ今後のデータで決定されていくものになる。そして実のところ、ワクチンの効果の減少にある小さな幅が、封鎖解除後の英国と五輪後の日本をふくめた、今年の夏以降の世界の運命を決することになりそうである。この点は次の記事でさらに掘り下げる。

1)遺伝子配列技術については日本も80年代までは旧型シークエンス法(サンガーシークエンス)の技術の一部に寄与したし、この方法で行われたヒトの全遺伝子解読計画(ヒトゲノム計画)には国際的に貢献した。しかし21世紀に入りゲノム・シークエンス技術では何度も大きな革新が起きたとき、日本は技術革新できず出遅れて世界の第一線から脱落した。このように2000年以降の日本の基礎研究の停滞はコロナ防疫体制の遅れと脆弱さに無縁ではない。