前回の記事で紹介した通り、英国で出現したコロナ変異株B1.1.7は、6−7割伝染効率が高い、厄介な変異株とみられている。新型コロナに対するワクチン開発が成功するとともにこのような変異株が現れたことは、人類の科学の進歩とウイルスの進化がいまなおレースの途上にあることを改めて浮き彫りにする。

この局面において多くの人の関心は、果たして「変異株にワクチンは効くのか?」という問いであろう。本記事では、この問題について現時点でわかっていることをまとめたい。

ワクチンで現在の変異株から身を守れるか?

第一に考えるべきは、現在使用可能になりつつあるワクチンで変異株B1.1.7から身を守れるかどうかという問題である。

現在開発が先んじているワクチンは3つある。ファイザー社・ビオンテック社合同開発のmRNAワクチン、モデルナ社のmRNAワクチン、そしてオクスフォード大・アストラゼネカ社の開発したアデノウイルス型のワクチンである。

この3つのワクチンは共通して、いずれも、コロナウイルスの外殻に突き出しているスパイク・タンパク(Sタンパク)を人体の細胞に作らせることで、Sタンパクに対する免疫反応を誘導することで、人体を感染から防御するものである。

3ワクチンの標的が一緒だったのは偶然ではない。数々の研究で、新型コロナウイルスのSタンパクに対する抗体ができればウイルスの感染をブロックしてコロナ感染から身を守れること(すなわち、中和抗体ができること)が示されていたからである。

それゆえに、変異株B1.1.7のSタンパクに8つの変異があるのは少々の懸念材料である。

変異株B1.1.7がもつ変異N501YはSタンパクの表面の重要な部分にあり、変異株B1.1.7にある別の変異del69-70も中和抗体の効果に影響する可能性が指摘されている。

しかしながら、Sタンパクは1200以上のアミノ酸からなる大きなタンパクである。変異株B1.1.7が変異を蓄積しているといっても、この巨大なタンパクのうち8箇所しか変異していない、ともいえる。

一方で人間の免疫細胞(正確にはB細胞とT細胞)は、Sタンパクの様々な箇所に反応することがわかっている。

これらの理由から、既存の3つのワクチンは変異株B1.1.7に対して十分な効果があると予想されている。

ただし、Sタンパクに対するB細胞とT細胞の免疫反応の理解はまだ途上であり、変異株B1.1.7のSタンパクにある8つの変異がどれだけ免疫反応に影響するかは実際に実験で確かめる必要がある。

まず第一に重要なのは、旧来の新型コロナウイルスの既感染者と新型コロナのワクチン接種を受けた人が、変異株B1.1.7のSタンパクに同様に反応できるのかを明らかにすることである。

これらの点は現在研究中であり、おそらく新年の早いうちに結論はつくと思われる。

ワクチンで今後出現する変異株から身を守れるか?

前回の記事で書いたとおり、英国の全英的共同研究チームCOG-UKは新型コロナ感染者から得られた14万の検体のウイルスゲノム配列を決定して、Sタンパクだけでも4000種類の変異をみつけている。

ここで1つ懸念がでている。新型コロナウイルスのSタンパクの特定の表面の部分に変異が入りやすいことがわかってきた。この部分は、コロナウイルスが人の細胞に感染するときに使う場所であり、コロナから身を守ってくれる抗体(中和抗体)が結合する場所でもある。

つまり、世界中の様々な場所で新型コロナウイルスが変異を蓄積していくうちに、やがて既存の免疫や、ワクチンでは対処できない変異株が出現してくる可能性が高い。

英国以上に爆発的な流行がおきている米国・ブラジル・インドなどで、そもそもウイルスのゲノム配列決定の検査(シークエンス検査)がまったく足りていないことも懸念材料である。こうした大国で問題のある変異株が出現していても容易に気づけない。

一方、人類にとって幸運なことは、現在開発されているワクチンは微調節が比較的容易にできることである。ワクチン耐性の変異株が出現すれば、それにあわせて、ワクチンの中にいれる遺伝子配列を変異株にあわせてやることで、その変異株にも効果があるワクチンに変えることができる。

たとえば、(ファイザーとmRNAワクチンを共同開発した)ビオンテックは、6週間で変異株にあわせてワクチンの内容を変更したものを製造できると述べている。

以上の進展には重要な意味がある。

今後、新型コロナに対してワクチンを有効に使い続けるためには、流行する新型コロナウイルスの変異を常にモニタリングすることが必須である。そして問題のある変異株が出現した場合は集中的に研究をすすめて疫学的・生物学的性質をあきらかにしたうえで、必要あれば柔軟かつ迅速にワクチン内容を変えていく必要性が出てくる。

つまり、新型コロナウイルスに対するワクチンを有効なものにし続けるためにも、コロナ流行のモニタリング・変異の監視と生命科学の研究体制を充実させることが不可避の課題となった。

変異株が存在してもワクチンで集団免疫を樹立できるか?

集団免疫という言葉が有名になり、ワクチンの目的は集団免疫でパンデミックを終焉させることにあると思われている。そしてこれは実際、理想的な目標であるが、いまなおワクチンで集団免疫が達成可能かどうかは結論はついていない。

まず集団免疫とは何かを簡潔に説明する。コロナ感染者がいても、その感染者の周囲のひとたちがコロナに対する免疫をもっていれば、ウイルスはそのひとたちに感染できないため、流行は広がらなくなる。社会の大多数でこのような状態になれば、その社会の中ではこれ以上コロナの流行はひろがらなくなるはずである。これが集団免疫である。

新型コロナの場合、人口の何%のひとに免疫ができれば集団免疫ができるかについては議論があるが、おおよそ6割以上のひとが免疫をもてば、皆がパンデミック前の通常の生活を送っても流行を収めることができるのではないかと思われてきた。

「6割」の人が免疫をもてば、という部分の6割の数字の根拠は、新型コロナウイルスが1人の感染者からおよそ2-3人に伝染すると見積もられているからである。それゆえに、社会で常に6割以上の人に免疫があってコロナに感染しないならば、1人の感染者が1人以上に伝染することはなくなり、自然と流行は収束すると考えられる。

しかしながら、仮にワクチンで集団免疫が達成可能であったとしても、変異株B1.1.7が実効再生産数Rを0.4程度押し上げる(従来の株と比べて0.4人程度より多くの人に伝染する)のならば、変異株B1.1.7の出現で集団免疫までの道のりが遠くなったといえる。

誤解がないように明確にすると、このような変異株に対しても封鎖・自粛は効果がある。ただし、これまでの甘い自粛ではなく、より強力な生活制限をしないと、流行の制御ができなくなる可能性が出てきたのが問題である。

英国でいえば、11月の封鎖よりもより強力な生活制限政策が必要になることを意味する。これは、たとえば学校や大学の閉鎖を含む、より厳格な封鎖になる可能性があることを示している。

終わりに

変異株B1.1.7の出現で、パンデミックは新しい局面に突入したといえる。

今年初頭からの第1のフェーズでは、数理疫学の結果をもとにした封鎖・自粛の程度の議論が中心であり、今から思えば予測可能なことが多かった。

しかし、新型コロナウイルスが、流行開始から1年以内に性質を変えるほどの遺伝子変化をおこす(少なくともその可能性がある)ならば、今後は数理モデルだけでは先は見通せない。

つまり、2020年の暮れにはじまったパンデミックの第2フェーズにおいて、ウイルスの変化が速いか、科学の進歩が速いか、人類とウイルスのより熾烈なレースがすでに始まっている。2021年は生命科学のより広範な総力戦が重要になっていくと思われる。