英国と世界がコロナ変異株に警戒する理由

英国フランシス・クリック研究所。コロナ検査のセンターとしても機能した。

12月19日、ボリス・ジョンソン首相はロンドンならびに隣接するイングラント南東部を封鎖(ロックダウン)する決定をした。この決定にあたり、これらの地域では12月に新規感染と入院数が急増し、しかも過去1ヶ月で特定のコロナ変異株が急速に増加、検出されるコロナの圧倒的多数を占めるに至ったことが懸念にあげられた。

この英国型のコロナ変異株で重症度が変化するデータはないが、伝染力が6−7割程度、強まっていて、実効再生産数Rを0.4程度おしあげる可能性がある。英国政府の専門家委員会は、まだ最終結論ではなく結論は流動的であるものの、伝染力が従来のウイルスよりも高いことには相応の証拠があるとしている。

12月20日には、英健康相マット・ハンコックがテレビ番組のインタビューで、新コロナ変異株による流行は制御不能になり最高度の封鎖導入は避けられなかったこと、現在変異株のため大変に深刻な状況にあることを述べた。そして、今回の流行の克服と封鎖の出口はワクチン接種を広めることにあるとし(広く接種がいきわたるまでの)今後数ヶ月間封鎖が続く可能性を示唆した。

一体なぜ英国型の変異株はこれほど警戒されており、英政府の政策を大きく左右し、各国の迅速な対応を促したのか、背景を書きたい。

全英共同研究チームによるコロナウイルスの変異モニタリング

英のコロナ変異株にまだ不明な点は多いが、実際、コロナの疫学・ウイルスのゲノム配列・免疫・生化学など周辺の証拠から警戒すべき理由は十分ある

英国はもともと感染症の研究、公衆衛生・疫学・統計、ゲノム配列を決定するためのシークエンス技術といった科学に特に強い。そしてコロナ変異株の研究にはこの全ての分野が必要になる。これら全ての分野の科学者が参加した全英的共同研究チームCOG-UKが、パンデミック初期であった4月に設置。それ以来、COG-UKは日々変異株のモニタリングと性質の検証をしてきた。

COG-UKは30億円の予算で運営され、コロナPCR検査で陽性に出た検体を使い膨大な数のコロナ検体のゲノム配列を決定している。またこれに関連して、病院で治療をうけたコロナ患者における様々な変異株の動態や、変異株の分類(系統樹による分析)、変異株の生化学的・免疫学的解析まで包括的に行っている。

COG-UK によれば、これまでに14万の検体のゲノム配列を決定し、Sタンパクだけでも合計4000種類の変異が確認されたという。

これらの変異株のなかで、COG-UKは10種類の変異株に特に注目して観察・研究をおこなってきた。下述するように、今回問題の変異株B1.1.7(現在はVOC202012/01とよばれる)は多々の研究データからも特に憂慮されていたものである。

英国型変異株の特徴

COG-UKが変異株B1.1.7について憂慮し、集中的に調査研究をおこなってきたことには理由がある。

まず、変異株B1.1.7は際立って多くの変異をためこみ(17箇所のアミノ酸変化を伴う株特異的な変異)、8つの変異はスパイクタンパク(Sタンパク)にある。

新型コロナのSタンパクは、ウイルスが人の細胞に感染する際につかうものである。それゆえ、ヒトの免疫系がコロナ感染から体を防御するために標的とする重要なウイルスタンパクであり、ファイザー・ビオンテックやオクスフォードの開発したワクチンの材料(免疫原)として使われている。

ただしこれだけでは、変異株B1.1.7が感染性や治療・ワクチンへの反応の仕方を変えている可能性をただちに考慮する必要はない。上述したとおり、これまでに14万の検体からSタンパクに4000の変異がみつかっており、そのほとんど全ては、とくにウイルスの挙動や人間の反応を変えるわけではないことがわかっている。

ところが、変異株B1.1.7のもつ3つの変異は機能的な意味がある可能性がみえてきている。これが生物学的に憂慮される理由のひとつである。

このなかで筆頭の変異N501Yは、英国の変異株B.1.1.7だけではなく、南アフリカで伝染効率がよく重症化をふやすのではと問題とされている変異株501Y.V2にもみられる。ただし、この2つの変異株は、N501Y以外には似ているところは少なく、かなり前に各地域で独立に生じたと思われる。

SタンパクはN501Yの変異をもつとヒトの細胞にあるタンパクACE2に結合しやすくなるとみられている。これがどの程度感染の動態を変えるのかはわかっていない。

また、N501Yは、マウスに対する病原性を強め、マウスに重症肺炎を起こすようになることがわかっている。しかし、人間でコロナ感染の病像を変えるか、重症度を変えるかどうかはわかっていない。

イングランド公衆衛生局による流行モニタリング

このようにわかっていないことだらけであるが、爆発的な変異株B.1.1.7の流行地域では、感染者数の急増にともなって、入院患者・重症患者が急増し、春の第1波にくらべても、かつてない最悪のレベルにまで医療が逼迫していることは重要である。つまり、少なくとも、変異株B.1.1.7は弱毒化していない。

COG-UKにも参加しているイングランド公衆衛生局(PHE)は、コロナを含む呼吸器感染の流行モニタリングを日々行なっている。

イングランドは10月までに北部イングランドを中心に著しかった流行増加を制御するため11月5日―12月2日のあいだにロックダウンされた。

イングランド公衆衛生局の流行モニタリングで、ロックダウン後は流行は順調に制御され、とくに流行増加が危機的であった北部イングランド(マンチェスター・リバプールなど)で効果は著明であり、流行が予測通り制御されていたことが確認されている。

ところが不思議なことにイングランドのケント州とその周辺では11月のロックダウンにもかかわらず流行の抑制がうまくいっていなかった。そして12月のロックダウン解除後1週間もたたない12月8日までにケント州で流行の明確な増加がみられた。

そこでイングランド公衆衛生局は増加の原因を詳細に分析。これにより、ケント州から採取されゲノム配列が決定した915検体のうち828検体は変異株B1.1.7によるものであることが判明した。

イングランド公衆衛生局の12月の調査時点ですでに、変異株B1.1.7はケント州のみならずロンドン北東部でも蔓延しだし、他のロンドン市内、エセックス州、アングリア州からの検体からも検出された。

コロナPCR検査センターによる変異株の検出

このように、変異株B1.1.7を憂慮すべき一つの理由は急速な流行の時間動態にある。これに統計的な確信をもつためには、相当量のデーターが必要である。

ここで英国で不幸中の幸いは、予期せずして相当量のデータが英国のPCR検査のおかげで、既に手に入っていることである。

ウイルスゲノムのシークエンス検査は正確で高度なデータを提供するが、高価で手間のかかる検査である。したがってシークエンス検査実施数はPCRを行った検体のうち一部にしか行えないものである。

それでも英国は140万人の感染者をPCRで確認し、そのうち14万人分の検体のウイルスゲノム全配列を決定している。おそらくこれは世界一の数で、英国はコロナ変異株の調査・モニタリングに強いインフラを築いているといえる。

この巨大な検査キャパシティをもつために、英国ではコロナ流行制御のため大きなPCR検査センターを複数設立・運営している。このうち3つの検査センターでは、全ての検体についてSタンパクをふくむウイルスの3つの遺伝子を検出することで高い検査精度をもたせていた。

ここで幸運なことに、検査センターが使用していたPCRは、たまたま変異株をみわけられるものだった。変異型B1.1.7はSタンパクの遺伝子検出用のPCRでは陰性となるが、ほか2つのウイルス遺伝子のPCRでは陽性になるという、特有のパターンになる。

イングランド公衆衛生局は、PCR検査センターからの過去のデータを検証、シークエンスのデータと照らし合わせた結果、「SタンパクのPCRでは陰性となり、ほか2つのウイルス遺伝子のPCRでは陽性」という検査検体のほとんど全て(97%)が変異株B1.1.7であることをつきとめた。

この幸運のおかげで、英国では、時系列をさかのぼって、いつ変異株B1.1.7が出現・増加したかの動態を、一般向けPCR検査結果とCOG-UKによる高度なシークエンス検査結果の2つで調べることができた。

英国ミルトン・キーンスの検査センターにおける全PCR検査結果中、変異株B1.1.7の検査結果における割合を示す。英政府ウェブサイトGOV.UKより、改変。 Open Governmen Licenceによる提供.https://www.gov.uk/government/publications/investigation-of-novel-sars-cov-2-variant-variant-of-concern-20201201
英国ミルトン・キーンスの検査センターにおける全PCR検査結果中、変異株B1.1.7の検査結果における割合を示す。英政府ウェブサイトGOV.UKより、改変。 Open Governmen Licenceによる提供.https://www.gov.uk/government/publications/investigation-of-novel-sars-cov-2-variant-variant-of-concern-20201201

その検討結果が上の図である。変異株B1.1.7は、9月後半よりゆっくり増加、11月にはいって急激な増加をおこし、12月以降、さらに流行のスピードを増して、既存のウイルスを圧倒的に凌駕し、コロナ流行の中身を急速に置きかえていることがわかる。

これらのデータから、ごく最近の研究では、変異株B1.1.7の伝染効率はやはり6割程度高くなっていることが示唆されている。この数字はまだ変化すると思われるが、1月半ば〜下旬にはもう少し状況がみえてくるのではないかと思われる。

急激な流行と変異株の地域的局在

変異株B1.1.7を憂慮すべきもう一つの理由は、流行地域の動態にある。

特定のコロナ変異株が優勢になることは2−4月に世界中でみられたことは説明する必要がある。たとえば、現在主流のコロナウイルスは実はD614Gという変異株である。これは当初のウイルス株にはなかった変異D614Gをもち、2月ー4月に急速に世界中で圧倒的多数となった。D614Gが伝染効率を若干高くした結果と考えられている。

今回の英国型変異株B1.1.7は変異を多く持ち、変異株流行と流行拡大の地域が重なり、6ー7割伝染効率がよいと推定さる。パンデミックの動向を変えるかの結論まではないが、英政府は予防的に迅速に動く決断をしたとみられる。

変異株の性質を考えるとき、その変異株に感染した人が極めて多くの人に感染をたまたまひろげた(スーパースプレッダーとなった)がゆえに急速に拡大したように見えるだけ、という可能性は当然のことながら検討されてきている。しかしながら、それでは変異株の特有の地理的広がり、疫学的データなど説明しがたく、より警戒して調査観察・研究をおこなっていくべき段階になっている。

UTLA rateは人口10万人あたり週あたりの新規感染者数。データは英政府GOV.UKサイトhttps://coronavirus.data.gov.uk/details/interactive-map より. Open Governmen Licenceによる提供.
UTLA rateは人口10万人あたり週あたりの新規感染者数。データは英政府GOV.UKサイトhttps://coronavirus.data.gov.uk/details/interactive-map より. Open Governmen Licenceによる提供.

注意すべきなのは、マンチェスターからロンドンにいたるまで、封鎖による生活制限は同様であり、とりたてて行動に違いがあるとは考えにくい。それなのに、イングランド南東部でのみ急激にコロナの感染者数が、新規感染が10万人あたり週に1000人以上という地域が続出、これまでにない数にまで増加し、そこから周囲に染み出すように流行が広がっている。そして、これらの流行爆発地域で圧倒的多数なのが変異型B1.1.7である。

繰り返すが、11月まで問題であったのはイングランド北部の流行拡大で、イングランド南東部はパンデミック始まり以来とりたてて特に他の地域にくらべて激しい流行はなかった。

イングランド公衆衛生局は変異株B1.1.7が1108検体から確認されたとして、VOC202012/01と改名し、警戒して観察・調査を進めている。

以上の英政府の声明・データにより、欧州各国をはじめ世界の多くの政府が水際対策を強化した。