英国でのコロナウイルス感染爆発と全土封鎖、NHSナイチンゲール設立の意味

今週の月曜日3月23日に英国も全土封鎖に踏み切った。25日水曜日には議会が閉鎖、さらには27日金曜日にはボリス・ジョンソン首相らがコロナウイルスに感染したことを発表。英国中枢にもコロナウイルス感染が蔓延しはじめている懸念がある。この一方、英国政府は今週大きな2つの対策を発表した。それは対コロナ戦戦略のための抗体検査の大規模実施と野戦病院「NHSナイチンゲール」の設立である。この記事では、これらの背景につき少し解説したい。

全土封鎖

3月23日、ボリス・ジョンソン首相は最近恒例になっていた毎日の夕方の記者会見の代わりに、夜8時半に短い国民向けの演説をテレビ・ネットで放映した。要点は次の5点である。

1. 食料品など生活必需品以外の店はすべて閉鎖、

2. 市民は食料品・薬等の買い物・散歩など1日1度の運動のときだけ外出可(1)

3. 通勤が必須であるごく一部の例外を除き自宅勤務

4. 公共の場での二人以上のいかなる集会も禁止、結婚式・宗教集会などいかなるイベントも禁止

5. これらを守らない場合は警察による罰金や介入がありえる。

そして外食産業に対して通常の店舗営業を禁止し、店舗には入らない形での持ち帰り用販売のみ許可する政府通達がでる。これに伴い、多くのレストランならびにほとんどのカフェやファスト・フードは閉鎖した。スーパーマーケットや薬局など最低限の生活に必要な店のみ残された状態になりつつある。

同日25日をもって英国議会も閉鎖され、ロンドンの多くの地下鉄の駅も閉鎖された。いまは地下鉄はこれらの駅を飛ばして運転している。つまり、主要駅に警察などによる関所をつくりさえすれば、強制力をもって人の流れを厳密に制御できる準備は整っている。こうしてロンドンにも強力な外出禁止令が出せる体制が整ったが、27日現在のところは、まだフランスなど欧州各国がとる警察権力による強硬な対応ではなく、自粛に依存した体制をとっている。

こうしてロンドン中心部はすっかり空っぽである。

ロンドン中心部、サウス・ケンジントンの表通り。博物館があり普段は平日・休日とわず大勢の観光客や研修の小学生・中学生らで溢れかえっている。
ロンドン中心部、サウス・ケンジントンの表通り。博物館があり普段は平日・休日とわず大勢の観光客や研修の小学生・中学生らで溢れかえっている。

野戦病院とナイチンゲール

英政府は、対コロナ戦の対策として、大都市圏における仮設病院(野戦病院)の開設を発表した。ロンドンではオリンピックに使用されたイベント会場ExCeLが「NHSナイチンゲール」という名称の巨大な野戦病院になるという(2)。

NHSナイチンゲールは4000の病床、500の人工呼吸器と、2つの遺体安置室を設置する予定であり、軍が建設にあたっている。NHS医療者が運営に協力し、ロンドンでの相当な規模での患者発生と巨大な数の死亡者に備える。

英国第二の都市、バーミンガムでは空港に遺体収容所を建設することを発表した。まずは1500体分の仮設遺体収容所を用意し、これはのちに12000体まで拡張可能で、バーミンガム空港の隣にあるイベントセンターを野戦病院として使用する予定との報道もある。

英はまるで空襲を迎え撃つ臨戦態勢に入ったかのようである。

ところで、NHSナイチンゲールという名称は極めて重要な示唆をこめていると筆者は考えている。これは決して甘い香りのするお花畑の話ではない。

日本では誤解が広がっているがフローレンス・ナイチンゲールはただの優しい看護師ではない。彼女は統計学者でもあり、クリミア戦争時の野戦病院に出向き、兵士たちがばたばたと死んでいく中で、死因のデータを取得した。そして戦死者の死因が創からの感染症であることを分かりやすいグラフにし、英政府を納得させ軍の衛生指針を改革したのが彼女の主たる業績である。こうしてナイチンゲールは王立統計協会初の女性会員になっている。

彼女の業績を思い起こせば、ロンドンに設立される野戦病院がナイチンゲールの名前を冠することは無意味ではなかろう。おそらくここにおいて行われる医学調査研究は、大都市における感染爆発時の現実的な対応指針をつくることになろう。

蛇足ながら、英政府は、コロナウイルスによる感染爆発は今回だけで終わるものではなく、封鎖解除後に再燃すると予想している

英国の新戦略ー抗体検査の対コロナ戦への活用

集団免疫を出口戦略に隠すことなく使用したのは英政府がおそらく初めてであろう。その方針には英国内でも強い批判が噴出したが、ここにきて英政府は免疫を基盤にする新たな戦略を発表する。これは英国はコロナウイルスの抗体検査(血清学的検査)である。特に、在宅検査キットを一般公衆向けにも準備している点に特徴がある。

この在宅抗体検査キットは、糖尿病のための古典的な血糖検査のように、指先からのごく少量の血で検査可能である。来週から大学機関による検査の機能検証がはじまり、検査の特性が判明し次第、まずは公的病院(NHS)勤務者に配布し、前線のNHS医療者から検査しだすという。さらに検査は一般向けに大規模に拡大される予定で、既に350万キットを購入済みで、さらに在庫を積み上げるという。アマゾンやブーツという大手薬局を通じた販売になるとされる。

抗体検査とは、ウイルス遺伝子の存在確認をするためのPCR検査とは全く違う原理であるし、目的も全く違うので、ここに少し抗体の免疫学の解説をする。

抗体検査

ウイルスに感染して数日から1週間ほどのあいだに人間の体はそのウイルス特異的な抗体の産生を増加させ、血液検査で検出できるようになる。この初期の反応では、ウイルスに反応できるB細胞がまず迅速対応として免疫グロブリンM(IgM)という形の抗体を産生する。IgMは初期の反応には不可欠な形態の抗体だが、病原体と戦う力は一般に弱い。

しかし1週間ほどのあいだに一部のB細胞がより成熟した形態の抗体である免疫グロブリンG (IgG)抗体を産生するようになる。IgG抗体はIgM抗体よりもウイルスを無効化(中和)する力が強く、免疫細胞を有効に動員しウイルスを体内から除去する力が強いため、血中にIgM抗体とともにIgG抗体が増えてくる頃には、順調にいけばウイルスは排除されはじめ病気はよくなってくる。

そして時間がたちすっかり治癒したころには、血中にあるウイルス特異的な抗体の中には、IgG型の抗体だけが検出されるようになり、未熟なIgM抗体は検出されなくなる。

このIgMからIgGへの変化はどんな感染症でも普遍的にみられるため、コロナウイルス特異的なIgMとIgG抗体を検査することで、その人の免疫状態を調べることができる。こうして、ごく最近感染したところなのか、少し前に感染して治ったあとなのか(免疫)、まだ感染していないのか、の3つの状態の大まかに区別ができる。必要があれば、これをウイルス検査(PCR検査)や、より精密な抗体検査と組み合わせることで、より詳細に感染状態・免疫状態を知ることができる。

戦略的検査

重要な点は、このコロナウイルス抗体検査の大規模実施は、一般公衆の不安に対処する目的ではないし、検査により徹底的にコロナウイルス感染をあらいあげる目的でもない。もっと戦略的で、実際的で、ある意味、極めて冷徹な目的を持つと筆者は考えている。

現在のコロナウイルス対策の根幹は、熱や咳の症状があるかないかだけである。当然、風邪やほかの病気でも熱や咳はでる。しかしながら現在の英国のようにコロナウイルスが蔓延している状況では、ウイルスに感染している可能性がある人を勤務させるとコロナウイルスが職場で感染流行する危険性が高く、このような人には症状がなくなるまでは少なくとも自宅にいてもらうよりほかない。

この結果、たとえば、現在ロンドンの地下鉄職員の30%が自宅隔離状態だという。こうした人員不足がこれから特に問題になるのは前線の病院である。多くの看護師や医師が勤務できない状況になると、ただでさえ既に負荷が大きくかかっている病院の運営がさらに困難になる。これが医療崩壊を促進することになる。

一方、医療者がいつでも検査できるようになれば、いったん自宅隔離になったひとを職場復帰させる指針にもなるし、免疫を獲得した人を中心に、より安全に勤務シフトを組むことができるかもしれない。

英戦略の基本ー高齢者の保護

また同様に、ウイルス弱者である高齢者などのケアにあたる施設でも、免疫成立した人を同定できれば、同様に、仕事のシフトを改善し負荷を軽減し、利用者のこともより効率的に守ることができる可能性がある。

英国の政策の根幹的な方針は、英国全体でのコロナウイルスの感染はある程度許容するが、感染流行中は可能な限り高齢者らコロナウイルス弱者をそのあいだ社会から隔離し被害を最小化することにある。ここで大きな懸念は、どのようにコロナウイルス弱者を守るのか、であった。

現在英政府は、4ヶ月間にわたる高齢者の完全な外出禁止を準備している。その間、ウーバーなどを利用して、無料で食事を届けるという。それ以外にも掃除や入浴などさまざまな手助けが必要な高齢者は多数いる。このケアをするひとにコロナウイルスに対する免疫があればより安心して任せられよう。

ひょっとすると、この21世紀の世界大戦における抗体検査は、前線に立てる人を選別するための徴兵検査に相当するものなのかもしれない。

検査の限界とエビデンスに基づいた判断

当然、偽陽性や偽陰性といった検査の限界はある。それゆえ、抗体検査をしても、免疫があるはずだったのに(検査が間違いで)コロナウイルスに罹患してしまうひとや、逆に免疫がないと思って用心しているのに実は免疫があった人もでてくるだろう。それゆえに、医療者などリスクの高い人は、自己検査後、大学や研究機関の支援でさらに精密な抗体検査を行うことになる可能性も十分にある。

しかしながら、感染爆発がおこると、やがて遺体の収容に困難が生じるほど死亡者が増加し、医療者にも犠牲が出て病院の状態が逼迫する事態になる。簡易の自己検査で免疫状態をチェックすることは、日々の差し迫った生活の中で、個人が、各組織が、迅速かつ合理的な判断を下すよりどころになると考えられる。

国家戦略のための抗体検査

抗体検査には、おそらくさらに重要な点がある、英政府は大規模に抗体検査を実施することで、刻一刻かわる国民全体のコロナウイルスに対する免疫状態を調べる体制とするものと考えられる。これには科学的にも政策的にも極めて重要な意味がある。

まずウイルスに感染して免疫を持つようになった人たちが社会のなかでどれだけいるかがわかれば現在の疫学モデルが改良でき、将来の予測がより精密になる。現在のモデルはまだ精度が低く、数ヶ月、数年先がどのような状態になるか分からないところが多い。

こうしてモデルが改善されれば、封鎖解除をいつできるか、(再流行時の)再封鎖をいつどのタイミングでどの程度の厳密さで行うべきかといった決定がより効果的にできる可能性がある。

コロナウイルスに対する免疫は1年以内に減弱するという説もあるが、これについても実際のデータを取得できることになる。感染後どれくらいの期間にわたって免疫がどれだけ維持されるかがわかれば、今後どれくらいの頻度でどの程度の流行が起きるのかを予測するうえで重要なデータになる。

地域別のデータがあれば、地域ごとに異なった形での封鎖を行う政策も可能になるだろう。

こうしたデータと疫学モデルをもつことは、この第1回目の大流行後の世界を生きていく上で重要なことである。特にコロナウイルス感染がこれからの1ー2年(あるいはさらに長期間にわたり)遷延し、感染爆発を繰り返す状況になった場合には(そしてこれが現在予想されている事態である)、国家安全戦略の重要な基盤を与えると考えられる。

注釈

1.散歩など運動が許可・奨励されているのは奇異に感じるかもしれないが、これは明らかに自宅に閉じこもることによる健康障害を懸念しての対策である。どのような政策にも副作用はあるものだが、長期における外出禁止はコロナウイルスに対しては有効だが、循環器疾患など他の疾患の危険を高める可能性があり、散歩などの運動は重要である。

2.東京圏でいえば幕張メッセや横浜パシフィコが病院になるようなものである。