がん免疫とはどのようなものか~がんの免疫療法を正しく理解するために

本年のノーベル賞が、がんの免疫チェックポイント阻害剤に与えられた。これは、免疫学の「ペニシリンの時代」の幕開けを象徴するといわれる。これは、ペニシリン開発後多くの抗生物質が開発されて感染症が死の病から治療できる病気になったことと同じように、今回受賞したPD-1とCTLA-4抗体を皮切りに、今後新しい免疫療法が開発されて、がんや自己免疫病の治療がこれから大きく進歩することへの予測と期待をこめた言葉である。今回の受賞にはそういう大きな意味があり、基礎研究による科学の進歩が医学の進歩に直接つながったことを祝福すべき出来事であった。

ところがここでエビデンスのない「免疫療法」を実施する自由診療クリニックが活気付いているようであり、またそのような根拠のない治療を正当化するような見識のない記事を書くようなライターもいるようである。これについては臨床の視点から、腫瘍内科医の勝俣範之教授が的確で良質な記事を書いておられて、この勝俣教授の記事さえ読めば、現在困っているときに信頼できる治療とはどういうものかを理解できると思う。臨床的見地でここに筆者がつけ加えることは何もないが、そもそもがん免疫とは何であるか、免疫療法とはどのようなものであるかの基本的な理解が行き渡っていない現状もあり、基礎免疫学者としてこの点について解説しておくことは、きっと役に立つことだと思うので、前回のノーベル賞受賞研究の解説記事に引き続いて、本記事を書くことにした。

がん免疫と自己免疫の切っても切れない関係

実は、がん免疫を有効に引き出せたとしたら、同時に自己免疫反応が出る可能性がある。もちろん基礎研究科学者はより効果的な治療方法の開発を目指しているし、臨床研究者は、なるべくがんに効果的でかつ自己免疫反応のような副作用が出にくいように治療対象を選び、最適な治療方法を確立するように努力している。しかしながら、こうした人間の努力とは別に、がん免疫と自己免疫がこのように重なってしまいがちなのは人間の体の特性であり免疫学的な真実である。

T細胞は自己と非自己を分別する

今回のノーベル賞を受賞した免疫チェックポイント阻害剤はリンパ球の一種であるT細胞の反応を強めることで効果を発揮する。T細胞の一番の特徴は、免疫学的に精密に対象を認識する独特な「目」(T細胞受容体)を持っていることで、このおかげでT細胞システムは我々の体の成分(自己)と、外からやってくる病原体・異物といった非自己を精密に分別することができる。

実はこのT細胞受容体という「目」を作るために人間の体は大変な労力を投資している。T細胞は胸腺というT細胞製造に特化した臓器の中で作られるのだが、胸腺でのT細胞の作り方は、発生中の各々の細胞の中でT細胞受容体遺伝子のDNA配列をランダムに再編成して、そのうえで使い物になるT細胞受容体をもったものだけ選別するのである。完全にランダムに製造してから、あとで品質検査をして使えるものだけ選ぶなんて工場があったとしたら、まず成り立たない非効率な方法だと思うだろう。ところが人体というものはこのような一見大変無駄の多いやり方でT細胞を作ることで、 体内のどれかのT細胞がどんな病原体がきても認識できるように膨大なT細胞受容体の種類を用意しつつ、それらが自分の体には過剰反応しないようにしている。

胸腺では、胸腺上皮細胞といった細胞が発生中のT細胞を「検査」したうえで、使いものにならないT細胞受容体をもったT細胞は死に追いやられる(正の選択)。また、体内の成分(自己)に反応しすぎる細胞(自己反応性T細胞)もまた死に追いやられる(負の選択)。このようにして、自己にはあまり反応しないT細胞だけが成熟して体内を循環する。そして病原体がやってきたときには、T細胞システムが知っている自己とは違う(=非自己である)ことを指標にして攻撃を開始するようになっている。

がん細胞は自己だけれどほんの少しだけ自己ではなくなっていることについて

がん細胞は、もともと体内で正常にはたらいていた細胞が変化して、勝手にとめどなく増殖したり、他の組織に移動するようになる(転移する)といった逸脱した行動をするようになった細胞のことである。これは正常な細胞に特殊なウイルスが感染することが契機になることがあるが(たとえばヒト乳頭腫ウイルスは子宮頸がん・咽頭がんなどをおこす)、そうしたウイルス感染がなくても、歳をとるうちに細胞のさまざまな遺伝子に「傷」がはいって(正確には遺伝子のDNA配列に変異が蓄積して)、 細胞はがん細胞に変化すると考えられている。つまり、がん細胞は、ほとんど正常の細胞と同じだが、ごく一部だけ自己そのものではなくなっている(注1)。このことを免疫学的には自己(self)と殆ど一緒だが少しだけ違う=擬自己(quasi-self)であるという。

このように殆どが自分の正常の細胞とそっくりであるがん細胞のみを排除することは、むしろ至難の業である。実際、がんの免疫療法の研究には長い歴史があり、活性化したT細胞や(がん細胞にある特別な指標をもとにがんを攻撃する)NK細胞をつかった細胞療法、免疫細胞を賦活化するサイトカイン療法、がん特異的なタンパクを標的にしたがんワクチンなど、がんを排除する様々な努力がなされてきた。しかしながらこれらの免疫療法は、臨床応用という意味ではごく一部の例外を除いて失敗に終わった(注2)。(そして、現在、クリニックで自由診療で行われている「免疫療法」が、こうした失敗に終わった治療を効果がないことを知りながら提供していることもまた広く知られるべきことと思う。)

そういう長い失敗の歴史のあとに、免疫チェックポイント阻害薬が突破口を開いたからこそ、この治療を開発した基礎研究に対してノーベル賞が与えられたのである。そして免疫チェックポイント阻害薬が画期的なのは、これまでのがん免疫療法とは全く異なり、体内でのT細胞の反応性を強めることに成功した点にある。

がん免疫と自己免疫は裏腹であること

T細胞という大変精密なシステムを持ってしても、がん細胞にある些細な変化をいつも検出できるわけではない。実際、T細胞は自己と非自己を区別することにはかなり長けているが、正常の細胞(自己)とがん細胞(擬自己)を区別するのは一筋縄ではいかず、うまくいくときもあるし、重なってしまうときもある 。T細胞からみれば、擬自己であるがん細胞を攻撃するためには、自己が犠牲になってもやむをえない、といえるだろう。つまり、がん免疫と自己免疫は裏腹である。

実際、がん細胞に対するT細胞の反応性を高める実験的手段は、もれなく自己免疫病を誘導する実験的手段と同じである。また臨床的にも、がん患者の一部に自己免疫病が発症することがあるのは珍しいことではなく、これは患者本人が自然にがん免疫を作動していることの副作用であると考えられている。

今回のノーベル賞受賞をした1人のジム・アリソンは、CTLA-4というタンパクを標的にしてがんの抗体治療を開発したのだが、CTLA-4をノックアウトマウスという手法を使って遺伝子レベルで阻害すると(全身に一切CTLA-4タンパクができないようなマウスを作ると)、心臓を含む全身に自己免疫炎症が起きてマウスは生後3週間あまりで死亡する。抗体療法は遺伝子レベルでの阻害よりずっと弱い作用しか及ぼさないことは動物実験で十分に示されていたが、それでもCTLA-4抗体を臨床応用するにあたって第一に心配されたのが自己免疫炎症の副作用だった。

自己免疫炎症はどの臓器に起きても深刻であるが、それが心臓といった重要臓器に起きてしまうと即座に命に関わる問題である。それでも、転移した末期の悪性黒色腫(メラノーマ)のような他に打つ手が全くない癌のためならば、「身を切らせて骨を断つ」つもりで適応が許されるだろうという理解で、CTLA-4抗体の臨床試験が2003年にはじまった。

筆者自身、2006年にCTLA-4抗体の臨床試験の第一報を震える気持ちで見た記憶がある。そのデータでは、相当数の患者に自己免疫反応が誘導され、その反応があった患者の一部で、がん免疫反応が強化されて抗腫瘍効果が認められた。マウスの実験で予想されていた通りである。

本庶佑教授らが発見・研究したPD-1は、遺伝子レベルで阻害してもCTLA-4ほどは激烈な反応がおきないが、それでもPD-1遺伝子が阻害された動物(PD-1ノックアウトマウス)が自己免疫病を発症する点はCTLA-4と類似している。また、抗PD-1抗体はCTLA-4抗体より副作用の頻度がやや少ないとされるが、抗PD-1抗体(オプジーボ)にも自己免疫反応の副作用がある。こうしてPD-1においても、がん免疫を高める方法は自己免疫も高めるという原理が確認でき、がん免疫と自己免疫がセットなのは人間の免疫系の特質であるといえよう。

基礎研究の話が続いたが、ここであらためて認識を深めてもらいたいのは、現在の標準的治療法は、世界の最先端の臨床研究者たちが、これらの自己免疫反応などの副作用の危険性を踏まえたうえで、免疫チェックポイント阻害薬という新治療法がどのようながんの種類・患者の状態にプラスになるかを慎重に選んで確立した成果であるということである。

終わりに

現在がん免疫療法は世界中の研究機関・製薬会社でおびただしい数の研究者と研究費をもって開発が進んでいる。今後5-10年のあいだに 、新しい抗体治療・遺伝子改変細胞治療(CAR-T細胞、CAR-NK細胞など)・新しいタイプの内服薬といった、様々な新しい免疫療法が登場することになる。それはすべて大学病院など大病院における臨床治験という形ではじまるし、それらの治療が、自己免疫のリスクを冒してでもがん免疫を高めることを目指すことになる点は変わらないと予想する。そして当然のことながら、これらは自由診療で行えるレベルの治療ではない。

T細胞の底力には驚くべきものがあり、我々の生き死にを一瞬で左右できるほどである。前に記事で紹介した通称「エレファントマン臨床試験」というT細胞を標的にした抗体療法の1種は、臨床治験段階で、激烈な副作用を引き起こし、試験薬投与後にボランティア全員で全身のT細胞が活性化し医学的なショック状態に陥って生死の境を彷徨った。医学的臓器移植で起こる拒絶反応および移植片対宿主病は深刻な病態だが、これもまたT細胞が自己ではない細胞を認識して攻撃することにより生じる病態である。T細胞の力を舐めてはいけない。

免疫チェックポイント阻害剤は、ネットで検索して出てくるような「免疫療法」クリニックの手に負えるものではない。 がん免疫を有効に引き出せたら、同時に自己免疫反応が出る可能性があるというのが免疫学的な真実なので、高度な集学的治療ができる総合病院以外では治療は無理である。免疫チェックポイント阻害薬の背後にある研究の歴史とエビデンスの蓄積を理解していれば、小さなクリニックで標準治療から逸脱した方法(適応外のがんに使う・怪しげな「**細胞療法」と組み合わせるなど)でオプジーボを使うなど、ありえない話である。逆に、そのような小規模の施設で行なっている「~細胞療法」「~サイトカイン療法」などは、総合病院の集学的治療のレベルでなく施行できるのだから効果は当然期待できない。それどころか、本当に効く治療と組み合わせてしまうと、大きな副作用がでて死に至る危険性があることが広く周知されるべきと考える。騙されないように気をつけてほしい。

注釈

臨床的な情報は、上記の勝俣教授の記事のほか、国立がん研究センターのがん情報サービスにまとまった情報がある。ノーベル賞受賞研究についての解説は筆者の前回の記事を参照。

注1) 代表的な固形がんでは、平均して、およそ50程度の遺伝子に機能が軽微にでも変化する可能性のあるDNA変異がみつかるとされる(Vogelstein et al, Science, 2013)。これは全遺伝子数が数万あることから考えると、ごく一部ともいえる。

注2) ごく一部のがんに対してのみ、科学的に効果が認められた治療法があるが、このようなエビデンスのある治療は日本ではきちんとした大病院で保険適応で受けることができるので、やはり「免疫療法」クリニックに行く必要性はない。自由診療の民間クリニックがこのようなNK細胞、活性化T細胞による細胞療法などのキーワードを利用して、エビデンスがなく効果がない高額治療を行なっている状況は深く懸念される。