加計大学の獣医学部設立の議論に思うこと

私は以前より素直に獣医学者は凄い人たちだなと思っています。

私は大学で免疫学の教鞭をとっていますが、その導入では、動物が人間のような免疫系を持つようになったのは進化上いつの段階からなのかという話をします。

人間の免疫の特徴は、いったん経験した病原体の特徴を免疫系が免疫記憶としてリンパ球の中に記憶できる機能があります。このおかげで、たとえばいったんはしかにかかったらもう二度とかからずにすむわけですし、ワクチンの原理も免疫記憶を利用しています。

このように免疫系が記憶という機能をもつために、実は免疫系は結構こったことをしています。それは、世の中にある森羅万象の病原体に対応できるように、世の中にあり得るすべての病原体の特徴が認識できるように、全くランダムに、かつそれぞれの個人のなかにその人むけにテイラーメードされた形で、リンパ球の認識受容体をつくるのです。このおかげで、どんな病原体が侵入してきたとしても、体のなかにあるどれかのリンパ球がその侵入を察知して免疫系を動員することができるのです。

リンパ球の認識受容体とは、より正確にいえば、B細胞受容体とT細胞受容体です。ちなみに有名な話でいえば、このメカニズムの発見で利根川進はノーベル賞をとったわけです。この仕組みを理解するためには、遺伝子のふるまいを研究する分子生物学に精通する必要があります。

ではこのような免疫系ができあがったのはいつからか、というと脊椎がある魚類には人間と似たようなリンパ球はあります。さらにさかのぼると、無顎類という顎のない魚である、やつめうなぎからも人間とよく似た、ランダムに形成されるリンパ球の認識受容体があるのです。やつめうなぎは魚類のなかでは下等な種で、えらも口も独特な構造をしていて、人間の解剖とは比べ物にならない変わった生き物ですが、ここに人間の免疫系の原型をみることができるわけです。

では、魚類以降だったら全く人間と一緒かというとそうでもありません。たとえば鳥類はリンパ球をつくる臓器として、ファブリキウス嚢という変わった臓器を持っています。これは鳥類にしかみられないものです。

このように動物の種の違いで大きな違いがみられるのは免疫だけではありません。私はもともと皮膚科医でしたが、たとえば動物の種によって皮膚もまた驚くほどちがいます。明らかに、人間とその他の哺乳類は毛の量と質が違いますし、鳥類は羽などもっているわけですし、爬虫類や魚類になると全くことなる皮膚をもっています。その皮膚は作られ方も違えば、皮膚の表面も明らかにちがいますし、汗をつくる器官があるかないか、など内部の解剖も機能も違うわけです。

もちろん皮膚だけではありません。心臓の部屋の数からして動物の種類によって違いますし、次世代の残し方も様々です。あるものは卵ですし、哺乳類のなかでも妊娠・出産の仕組みは大きく違います。こうした違う解剖・生理に応じて、病態の出方も違うわけです。

さらに、病気についていうと、もっと大変なことです。動物ごとにことなる細菌が常在菌として常駐している一方、違う病原体が違う病気を引き起こすわけです。動物の種ごとに違う病原体がいて、それぞれが宿主の動物に最適に適応しています。この病原体には寄生虫からウイルスまで含まれます。

われわれ人間の医師は、人間の解剖と生理機能とその病態だけ知っていればいいのですが、獣医師はこうした動物ごとの違いも理解しなければならないわけです。医学部が基礎とする学問を羅列してみますと、ざっと大まかなところを言うだけで、分子生物学・生化学・解剖学・生理学・免疫学・発生学・神経科学・遺伝学・放射線学・病理学・ウイルス学・微生物学・寄生虫学・公衆衛生学・疫学といったところでしょうか。これに加えて病院にあるような専門科があるわけです。

この壮大な文脈の上に人獣共通感染症というものがあるわけです。この問題に対応するには、微生物学・ウイルス学・免疫学・分子生物学の土台のうえに、人間・動物各種の生理学と病理学が必要です。これら全てを理解するのは大変なことです。

以上を踏まえたうえで、世界レベルの教育を受けられる獣医学部をつくることが、どれだけ大変なことか今一度考えてみてください。世界レベルであるからには、教官は教育だけではなく研究でも世界レベルである必要があります。そして獣医学が土台とする学問はこれほど広範囲に広がっているのです。英国で獣医師と話す機会もしばしばありますが、やはり医学部と比することができるだけの教育環境と研究能力を持っていると思います。

こうした世界レベルの獣医学部を確立しようとするならば、歴史が長い大学で生物学・薬学および医学あるいは獣医学の学問で世界レベルに立っている大学ならともかく、少なくとも、歴史も学問の幅もない大学の生半可な新規設立学部の手におえる問題ではないでしょう。

いまの加計学園の問題で官邸を擁護する議論をみていると、詭弁なのか無知なのか知りませんが、呆れてものも言えないのが正直なところです。