垣根を越えて:英国ロイヤルバレエ団のアウトリーチ活動(1)

1.アウトリーチ活動

今夏、英国のロイヤルバレエ団が日本を訪問し公演旅行を行ったことを知っている人は多いだろう。しかし、そのロイヤルバレエ団が、日本各地でアウトリーチ(outreach)活動をおこなっていたことはどれだけ知られているだろうか。

そもそも、アウトリーチ活動という言葉自体、まだ日本ではあまり知られていないである。科学研究の文脈では、アウトリーチを研究成果公開活動などと訳されているようだが、実はこの受容の仕方では肝心の精神が抜けている。

アウトリーチとはout-reach~つまり、普通は障壁やギャップがあってそこまでは至れないところを、その何かの障壁を越えて到達することである。しかし、アウトリーチ活動が越えようとする障壁とはいったい何なのだろうか?アウト・リーチout-reachとは「どこ」に到達することを目指す活動なのであろうか。

縁があって筆者はこのロイヤルバレエ団のアウトリーチ担当者と京都の学校を橋渡しする手伝いをしたので、本稿では、この経験を紹介することを通じてアウトリーチ活動とは何かについて書いてみたい。

2.無理解

ロイヤルバレエ団の教育・アウトリーチ担当者であるデヴィッド・ピッカリング氏は、2014年までソロイストとして舞台に立っていたバレエダンサーである。舞台からの引退後もロイヤルオペラハウスに所属して、教育・アウトリーチ活動に専念している。

ピッカリング氏の普段の業務は、ロンドンで、さらにはイギリス全国をまわり、アウトリーチ活動やダンサー・教師の教育を行うことで、イギリス国民に直接ダンス・バレエを届けることである。ロンドンにおいては、あまり裕福ではない地域で子供たちにバレエ教育を行ったり、日曜日にも、ロイヤルオペラハウスのファミリー・サンデーという一般向け公開日において子供相手にダンスのワークショップを行っている。

これらはすべてイギリス社会のための活動であるが、ピッカリング氏は日本公演で日本の社会で同じようにアウトリーチ活動をしたいと熱望した。(これは実は決して当たり前のことではなく、驚くべき申し出であることは、下を読んでもらえればわかると思う。)

ところがピッカリング氏が日本側にコンタクトしても、アウトリーチ活動の意義が伝わらなかったとみえて手助けが得られず、アウトリーチ活動の開催そのものが危ぶまれる状況に陥ってしまった。そしてピッカリング氏が友人づてに、どこで誰にアウトリーチ活動を届けられるか自分で情報を集めだした。こうした経緯で、たまたまピッカリング氏のことが筆者の耳に入ることになり、これが今回のロイヤルバレエ団の活動に、科学者である筆者が偶々裏方として少しだけ関与した経緯である。

2.バレエを届ける

ピッカリング氏のアイディア~日本公演のときにあわせて日本社会でアウトリーチ活動を行う~を聞いた時に、まず筆者が考えたのは、そうした活動を普段バレエを経験することができない人たちにこそ伝える手助けをしたいということであった。

そしてまず頭に浮かんだのは、支援学校(古い用語で言うところの養護学校)や大学病院など大病院の院内学級に通う子供達のことであった。

実はちょうどその数ヶ月前にあった英国テレビ局チャネル4のドキュメンタリー番組にピッカリング氏が出演していた。これは脳性麻痺の女の子が特殊な脊髄への手術を受ける過程の医学ドキュメンタリー番組であった。これは、女の子が実際手術を受けて生まれて初めて立ち上がれるようになったときに、ロイヤルオペラハウスを訪問してピッカリング氏のバレエレッスンを受けるというものであった(リンク)。

このような経験があるダンサーが日本の支援学校でアウトリーチ活動を行ったら、きっと素晴らしいことが起きるに違いない。

3.ギャップ

こうして筆者はピッカリング氏と日本の支援学校のあいだの橋渡しをすることになった。

たまたま筆者の友人である岩本沙弓氏が京都の西総合支援学校につてがあったため、岩本氏にお願いしたところ快く学校との連絡役を引き受けてくださった。こうして支援学校・岩本氏・ピッカリング氏の3者をつなぐことができたので、これで私自身の役割は終了と思った。

ところが実際ロンドンー京都間でやりとりをしているなかで、ピッカリング氏は日本の公立学校の事情や日本でのものごとの決まる手順を知る由もないし、このために意思疎通が実に難しかった。

またそれ以上に問題だったのは、われわれ日本側関係者は、ピッカリング氏が「アウトリーチ活動」として具体的に何を目的にして何をしたいと考えているかが分かっていないことであった。そして、この問題を解決しないことには、せっかくのロイヤルバレエ団の日本におけるアウトリーチ活動という貴重な機会が失われてしまいかねないところまで事態は追い詰められてしまっていた。

(つづく)