英国のEU離脱劇から学ぶこと(2)中間層の敗北

EU離脱キャンペーンが勝利したことの背景には、ファラージに加えて前ロンドン市長ボリス・ジョンソンという主流派の政治家が加わることで離脱派の言論にお墨付きを与えた効果と、キャンペーンでの論点を左のほうに広げていった効果が大きい。そうした中で、EU残留派は一体どういう状況にあったのだろうか。

コックス議員の死

EUへの残留か離脱を問う国民投票があと一週間に迫った日に、ヨークシャーの労働党議員、ジョー・コックスが殺害された。

コックスは、人種の多様性をまっすぐ肯定的にとらえ連帯を説き、最近ではシリア難民の援助にまさに駆け回って尽力していた議員であった。そんな議員が自身の選挙区で殺されてしまったのである。

ちなみに近世の英国史でこれまでに殺された議員は3人だけであり全てアイルランド関係である。そんな国で第4の犠牲者がEU離脱をめぐり投票運動が加熱するさなかに起きたことには、社会的意味も歴史的意味も大変に大きい。

EU残留派の立場が濃厚であった英紙ザ・ガーディアンは、コックスの死は「人道・理想主義・民主主義に対する攻撃」であったとして、深いレベルでの危機感を表明した。実際、この3つの理念が危機に瀕している時代において、そうした「人道・理想主義・民主主義」を体現し、口だけではなく現実に行動していた議員が、議会主義の伝統が長い英国で殺されてしまったのである。

事件は離脱派極右による犯行と報道もされたこともあって、残留派に有利になるという論説が多かった()。つまり、英国民が持ち前のバランス感覚を発揮して、極右と関連した離脱派を敬遠し、コックス議員が象徴した残留と移民との融和を選択するというものである。それにもかかわらず多数が離脱を選んだということは、そうしたバランス感覚を成り立たせていた見識や教養が社会に広く行き渡らず、それ自体が中流階級の一部以上の特権的社会集団にだけに許されたものになりつつあることを示唆する。

教養と履歴書

EU残留派が圧倒的多数である大学においては、欧州各国の融和という、EUという組織がもつ歴史的な意味と精神、およびEUに属することでえられる現実的な利益は、どちらも身近なものである。ところがEUとの関係から目に見えて恩恵をえているような大学に誰でも入れるわけではない。

イギリスは日本以上の学歴社会であるといってもよい。しかしその学歴は、暗記型の受験結果できまるのではなく、履歴書で決まっていく。どこの学校でどのような成績をえていたかということが、次のステップで合格するかどうかに大きく影響する。特に大事なのは日本でいうところの中学ー高校である。これは大抵二次学校としてひとまとめになっており、その高校部門は日本における大学の教養課程をも含む。このため学校間の教育格差は日本よりはるかに大きくなる。

大学・大学院、さらには就職においても、履歴書と面接が大きなウェイトを占める。こうなると、その人のその瞬間にもっている能力というより、履歴と教養文化で判断されることになりがちである。実際、英国社会は、高額の授業料をとる私立学校(パブリック・スクール)出身のものが圧倒的に有利になる社会である。そしてこの関係は、大学~とくにケンブリッジ・オクスフォード~に持ち込まれ、社会に出た後のネットワークにもつながっていく。

暗記型の受験ならば、赤本を覚えるだけで記憶力さえよければ東大・京大でも合格できる。しかし、履歴書や面接に重点をおくようになってしまうと、現実の社会に存在する機会の不平等~恵まれた環境にある人はさまざまなことを経験し学ぶことができるが、そのチャンスがなかったひとはそうした経験をできないままでいる~が無視されるようになってしまう。

英国社会は、結果については公平な社会であるが、このように機会については不平等な社会である。そして、教育制度が、この不平等を固定する役割を果たしている事実は否めない。高等教育を受けて社会の要職についている人たちの子供は、同じように上質な教育をうけて安定した職についていく。この回路そのものを既得権益としてしまったならば、EUの理念や恩恵もまた、こうした一部の人々の中でだけ循環する所有物に堕ちてしまう。

英国独立党および離脱キャンペーンはこうした学歴社会・不平等社会がタッグを組んでいる中にある欺瞞を利用して、ひとびとがもっていた不平等社会への怒りを反エリート感情に育て、それに移民に対する嫌悪感・人種差別感情をつなげることで、EU離脱への原動力の一つとしたと考えられる。

投票の正当性

今回の国民投票に正当性があるか疑問を投げかける声も多い。実際離脱キャンペーンが約束した公的健康保険であるNHSへの予算拡大は投票後直後に撤回されたわけである。そのようなものを基準に選んだ答えに正当性があるのかという疑問である。

また結果が僅差であったこともまた問題にされて、第二回の国民投票を求める署名活動も盛んである。少なくとも、民意が目に見える形での選挙がなければ、示された民意を反故にはできないため、総選挙を求める声も大きい。しかしながら大勢は、このような議論は投票前ならば意味があっても、投票が終わってしまったあとに蒸し返す大義はないという形で収束する方向に向かっているようであり、次期保守党党首戦で有力視されているテレサ・メイも「離脱は離脱である」として民意を尊重する姿勢である。

投票結果が与えた人種差別へのお墨付き

離脱を決定した英国の今後の行く末はまだ不透明であるが、投票結果が直ちに効果をあらわしたことに人種差別的犯罪の急増がある。警察発表では離脱結果判明後に人種差別にもとづく憎悪犯罪(ヘイト・クライム)の報告数は5倍に増加したという。

差別対象はEU離脱派が攻撃したポーランド・ルーマニア人のみならず、非白人のイギリス人に対してまで広がっている()。

つまり投票結果は直接に、これまで人種差別的行動全般を抑制してきたものを壊してしまったようである。

これまでの英国社会においては、たとえば見た目(肌の色・人種的特徴)によって人にどんな先入観をもつことも人種差別であるという認識は共有されていたし、少なくともそうした差別感情を公の場所で口にしないこと、ましてやそうした人種差別に基づいて他人を攻撃することなどおぞましいことであるという認識は常識の範囲内であったし、英国社会の幅広い場所において最低限の礼儀であった。

これは長い年月をかけて蓄積されてきた価値である。それが国民投票の騒動で危機に晒されている。

間違った組み合わせ

一体国民投票では何が起きたのであろうか。上に書いたように、離脱派は見境のない多数派工作をおこない、移民に対する嫌悪感と反エリート感情を中核とした英国独立党UKIPのアプローチだけでは足りなかったところを、資産をもたない中間層や庶民が好むNHSの拡充や住宅危機の解決を提示して、支持を拡大した。ここでUKIPのアプローチとは無縁のところで、たとえばNHSのため、あるいは住宅危機のために離脱に投票した人も多かったはずである。正確なことは詳しい統計調査の結果を待つより他ないが、2014年の欧州議会選挙でUKIPが4分の1しか得票していなかったことを考えると、単純計算して離脱派の半分以上はUKIP的ではない、あるいは人種差別的ではない理由で離脱に投票したことになる。

ここで考えておくべきことは、今回の英国国民投票においては、離脱に投票することで、NHSへの予算拡大といった、社会の幅広い人にとって良いであろうという政策を支持したつもりで、そこに一緒にまぜられている人種差別への要求をも承認してしまうことになってしまったという事実である。個々人の投票への意志とは無縁に、投票結果は人種差別にお墨付きを与えた。

つまり、二者択一の選択においては、かたやがどんなにきれいな言葉や自尊心をくすぐるような言葉で飾られたいたとしても、そこに巧みに連なっている人種差別という毒のまざった方を選択すれば、結果的にその糸をつたって社会全体に毒が回ることになってしまう。

今回の記事では詳細は書かないが、EU離脱劇は英国政治を混乱に突き落としており、そこでの敗者は中道右派と中道左派である。それと同期するように、投票の直接的な敗者となったのが、EUの理念に共鳴し恩恵を実際受けてきた中間層であり、人種差別を社会の辺縁に追いやり続けてきた社会の良識派である。英社会は、この衝撃をのりこえて社会の復旧に向かい、こうした人種差別はまた社会の辺縁に追いやられることになることは間違いないと筆者は考えるが、国民投票のために英国社会が払わなければならないコストは予想以上に大きいようである。