英国における科学ジャーナリズムについて

先日、研究者用のメディア研修に参加する機会があった。これは、研究者が効率よくメディアと意思疎通し研究成果を社会に届けることができることを目的にしたものである。講師陣はすべてBBCラジオなどのメディアに勤務する現役の科学ジャーナリストで、科学研究のプレスリリースを行ううえでの注意点やラジオインタビューの方法を実地で指導してもらった。

この研修で気がついたことに、彼ら英国の科学ジャーナリストは不適切な情報を垂れ流しにして世論を誤誘導してしまうことがないよう意識的に注意しているということがある。

彼ら科学ジャーナリストは、科学的話題について専門家として責任と矜持を持って仕事をしている。そして、信頼できてかつ報道する価値のある研究なのかを確認するのはもちろんのこと、研究者が関わっている特定の企業の宣伝につながるような利益相反関係はきちんと報告されているか・それにより報道内容が歪められることはないかということまで、ジャーナリストたちはチェックして納得したうえで報道しようとしている。

ジャーナリストがニュースとして科学を報じるとき、新鮮な情報と多くの人の興味を惹く話題を求めること自体は日本と変わることはない。しかし、このようなことにばかり気を取られていると、他の目的のためにメディアが喜ぶような派手な話題をつくり持ちかけてくるような輩に騙されてしまいかねない。そしてそうした輩に騙されるような事態は、英国でももちろん起こり得る。こうした失態を避けるためには、ジャーナリストが自分の頭で報道することになる内容を理解し、怪しい点があるものはきちんとチェックするというほかにはない。

つまり大手メディアにおける科学ジャーナリストは、科学を社会に伝えるうえでゲートキーパーとしての役割を果たしているのである。

翻ってここ最近のSTAP関係の報道をみると、実に情けない気持ちになってしまう人は少なくないであろう。すでに捏造が認定された小保方氏からの話がいまなお大新聞社のメディアでもちあげられているのだから。こうしたことが続く限り、世の人々の中にSTAP事件をめぐる事実認識に混乱を生じさせ続けることは避けがたい。

実のところ、一部メディアがこうした不適切な振る舞いをし続けること自体が、彼らの科学リテラシーの無さをひけらかすだけではなく、メディアとしての全般的な無能さを疑わせることにつながる。こうした報道に関わるジャーナリスト・メディアは、短期的な利益追求に慣れすぎて惰性で仕事をしているうちに、社会的使命というものをすっかり忘れてしまっているのではないだろうか。