ロンドン市長選で労働党候補カーンが勝利したことの意味

5月5日に行われたロンドン市長選で、労働党のサディク・カーン下院議員が当選し、8年ぶりに保守党から市長の座を奪還した。EU圏で初のイスラム教徒の市長として注目を浴びているが、肝心なことがあまり報道されていないように思うので、少し書いてみたい。

昨年9月以来の英国国政の状況

選挙前に至る状況を少し説明したい。最近の英国労働党は、主張が保守党と似たり寄ったりになってきて多くの人々を失望させていた。ところが昨年9月にジェルミー・コービンが労働党首として選出されてから少し事情が変わっている。

コービンは自他共に認める左派、民主社会主義者で、彼の長い政治キャリアの中で一貫して非主流派の労働党議員だった。そのコービンが昨年9月に突如として党首になったのである。支持者は「コービン革命」を期待する一方で、一部左派系の新聞を除くほとんどのメディアと労働党内の一部議員がこぞってコービンを叩きまくるという状況が昨年以来続いている。

現在のコービンをめぐる状況は、09年の日本で全メディアが民主党・小沢代表叩きに明け暮れていた様子を思い起こしてもらえば、少し雰囲気が想像できるかと思う。

盟友の党員資格停止処分

選挙戦中に、労働党で思いがけないスキャンダルが勃発した。前ロンドン市長ケン・リビングストン(労働党)がイスラエルをめぐる発言などが反ユダヤ的であるとして、にわかに労働党が反ユダヤ主義体質をもっているとして批判されたのである(2)。

この反ユダヤ主義スキャンダルは加熱の一方をたどり、ついには労働党首コービンは、長らく盟友であったリビングストンを党員資格停止処分にするところまで追い詰められてしまった。

争点

そんな中、ロンドン市長選に保守党から出馬していたザック・ゴールドスミスは苦戦していた。

現在のロンドン市民の最大の関心事は、桁違いの家の値段と家賃の上昇による住宅危機である。ロンドン市が国内外の大金持ちの投資行動に乗っ取られてしまい普通の人が家を買う事が不可能になり、アパートを借りるにして法外な値段になってきている状況で、ロンドン市長選でも住宅危機が大きな争点になっていた。そして市民の不満は危機を解消するどころか住宅価格を積極的に押し上げる政策を続ける現保守党政権に向かっている。

そんな中、実家が有名な資産家ゴールドスミス家の御曹司である保守党政治家ザック・ゴールドスミスの人気が伸びず、庶民出身労働党サディク・カーンに支持が集まるのは当然ともいえる。

犬笛戦略

この中で、ゴールドスミスは労働党の反ユダヤ主義スキャンダルを利用するという戦略に出た。

まずゴールドスミスは、スキャンダルの中心にいる前ロンドン市長リビングストンと労働党ロンドン市長候補者カーンが同じ穴の狢であると宣伝しだしたのである。さらにはゴールドスミス陣営は、ムスリムであるカーンの選挙区のイスラム教礼拝指導者の発言までひっぱりだしてきて、カーンとイスラム過激派を結びつけるイメージ作りをしようとしだした。

つまり「反ユダヤ主義の労働党」のイメージ増強をし、労働党候補カーンがムスリムであることを利用して、「イスラム過激主義」を連想させ、カーンへの投票を妨げようとしたのである。

こうした、一部の人々にだけわかるメッセージを込めて政治発言をすることは犬笛政治(dog whistle politics)と呼ばれる(1)。犬(一部の人)にしか聞こえないメッセージを流すという意味である。ところがこの人種差別を煽るという戦略は露骨でえげつなく、犬笛どころか多くの人にこのメッセージが気づかれて、人びとに嫌悪感を催させてしまい、労働党ばかりでなく身内の保守党からもドン引きされることになる。

死んだ猫と犬笛

そんな選挙戦のさなか4月29日に英紙ザ・ガーディアンに掲載された政治風刺漫画を紹介したい。

リンクを見てもらうと、左上に題が”Raining dead cats and dog whistles”と書いてある。これが実によく選挙戦最中の状況を表しているのであるが、少々解説が必要になる。

Rain cats and dogsは英語の成句で「バケツをひっくりかえしたような土砂降りになる」という意味である。実に、リビングストンの反ユダヤ主義スキャンダルで労働党は「土砂降り」状態である。

ところが、この漫画で降っているのは、普通の猫と犬の土砂降りと違い、死んだ猫とJohn Cattが降ってきている。

実は労働党内でハナから反コービン派だったジョン・マン(John Mann)議員は、反ユダヤ主義スキャンダルがわき起こると、ここぞとばかりにリビングストンを攻撃していた筆頭の人物である。労働党への土砂降り(rain cats and dogs)打撃に参加していたのだ。そんなわけでJohn Mann は人(man)ではなく猫(cat)になり、名前もMannではなくCattになっている。こうしてJohn Cattはロンドン市長候補者カーンの傘にぶつかり、彼の反コービン的な行動がカーンへの打撃にもなっていることを示している。

一方、労働党首コービンにとっては、地方選の政治的に重要な局面なときに、この反ユダヤ主義スキャンダルは、とんだ災難である。これを英国政治では、死んだ猫政治(dead cat politics)という。死んだ猫は、おとりのスキャンダルのことで、みんなの目がそこに惹きつけられてしまうあいだに、肝心なことから人々の目が逸らされるという意味である。こうして、コービンは死んだ猫を投げつけられて、直打の打撃を受けている。

この土砂降り、よく見ると、雨ではなくて、上に紹介した犬笛である。カーンをイスラム過激派と結びつけようというゴールドスミスの犬笛攻撃により、カーンの傘は穴だらけである。

その横で、保守党候補者ゴールドスミス(灰色の髪の男)は現市長ボリス・ジョンソン(黄色い髪の男)と首相デビッド・キャメロンとつるみ、意地悪い笑みを隠せない様子である。

ところが彼らが食べているのは、道に落ちている汚物(dirt)である。汚物を食べる(eat dirt)は屈辱を受けるという意味だが、つまり、この騒動の責めを負い屈辱を受けるべきなのは彼ら保守党の面々であるということであろう。

反ユダヤ主義スキャンダル加熱の中で、これらの状況を言葉で表すことは非常に難しいところを、一枚の絵でここまで風刺表現しているマーティン・ローソンは見事と言わざるを得ない。

連帯の勝利・分断の敗北

この政治状況の中で、ロンドンは市長選に突入した。その結果は、人々の恐怖と不安を煽る手立てに出たゴールドスミスにではなく、地道な人権派弁護士活動で積み上げてきたカーンに軍配が上がった。ゴールドスミスの人種差別を煽り立てる方法は、労働党支持者だけではなく、ロンドンの幅広い市民からドン引きされたということを示している。選挙後になって保守党内からゴールドスミスの選挙戦略が酷評され不満が噴出している。

カーンが選挙後のスピーチで言う。

「自分が小さい頃には、自分のような人(パキスタン系イギリス人が)が市長になるとは思わなかった。そのような不可能なことを可能にしてくれたロンドン市民にありがとうといいたい」

筆者から見て、カーンを選ぶのは自然だと思う。カーンがパキスタン系であるということを意識する人は今日の多国籍化したロンドンではもはや少数派だろう。ゴールドスミスのような人と、カーンのような人が、どちらが自分に近く政治姿勢に共感できるかといえば、白人系イギリス人も含めて多くの人にとってカーンであろう。人種差別を煽り立てイギリス社会を分断することにつながる犬笛政治は、ロンドン市民に拒否された。

恐れではなく希望を

カーンは自分の勝利は、「ロンドン市民が恐れではなく希望を選択した」からであるという。確かに、変革にはエネルギーが必要なのだから、希望を持たなければ変化を起こすことはできない。恐れに囚われて強い権力を持つものにすがるような雰囲気の社会では、このような新しい変化は起こらず、ローソンの絵の左端でほくそ笑んでいるような厚顔無恥な人びとに頼ることになったことだろう。

ロンドンにはまだ変化のエネルギーがある。今回のロンドン市長選から日本社会が学ぶことができる点があるとしたら、おそらくここにあるのだと思う。

註釈

(1)犬笛は犬にだけよく聞こえる高周波数の笛であることから、意味が転じた。もともと米語だったが、最近は英国でも使われる。

(2)http://www.independent.co.uk/news/uk/politics/labour-anti-semitism-row-full-transcript-of-ken-livingstones-interviews-a7005311.html