小保方氏の疑問に答えるー問題の発端はどこにあったのか(後)

前編から)

要の時期

小保方氏の大学院生時代のバカンティ研究室留学の時期の記述は、おそらく小保方氏の手記の中で最も前向きに書かれている部分であろう。そしてこの留学は、研究内容からも、人的関係からも、雇用関係からも、のちのSTAP研究につながっていく要の時期になる。

ここで小保方氏は、バカンティ教授提唱のスポアライクステムセルに幹細胞の特徴の一部であるOct4発現などが認められることを示すことで、バカンティ教授に認められる。そしてこの研究結果をもとに母校で博士号をとり、バカンティ教授にポスドクとして雇われ、そのままの身分で理研に移動する。そしてこの境界不明瞭な時期(1)に、理研においてSTAP現象を発見することになる。

なぜ小保方氏はバカンティ教授にそこまで認められることになったのであろうか。

間違った成功体験

まず留学中の小保方氏はバカンティ教授に「cKit陽性細胞」「間葉系幹細胞」の2つについて調べるという宿題を出される。そして彼女は、その宿題が「バカンティ先生が提唱している「スポアライクステムセル」の概念と、これらの幹細胞との関連性を知りたいとの意図だと察した」という。

小保方氏はこうして上司の意図を忖度しただけではなく、それに実験結果もつけて報告することを企図する。そして、スポアライクステムセルを含む細胞塊に幹細胞の特徴があるかどうかを、Oct4遺伝子発現のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)実験により調べたという。

こうして小保方氏は宿題を発表する日に、「スポアライクステムセルは現在存在が確認されている成体幹細胞の分化能を凌駕する分化能を有しているのではないか」という仮説と、その仮説を支持するPCR実験のデータを報告し、バカンティ教授に大絶賛されたのである。これがその後のバカンティ研究室での論文作成とポスドク職確保につながり、小保方氏の研究者人生に道を開くことになったようである。

検証されえない仮説

ここでまず問題にしたいのは、バカンティ教授を歓喜させた小保方氏の仮説「スポアライクステムセルは成体幹細胞の分化能を凌駕する分化能を有しているのではないか」についてである。この仮説に基づいてバカンティ研究室構成員が総出で実験をして論文を書くことになったというが、結論から先に書くと、この仮説には大きな欠陥があり、そしてその欠陥はSTAP論文の瑕疵を予言しているかのようである。

仮説という言葉は、おそらく日常用語に使われすぎたり、誤った使い方をされすぎたのだろう、仮説を「思いつき」と同じ程度に扱うという頓珍漢な理解をしている人が多い。しかしながら、医学生物学研究において仮説には厳密な意味がある:仮説とは問題解決のために科学知識に基づいてたてられた作業仮説のことであり、実験で検討されることをはじめから目的としている。

よい仮説とは、先行研究による科学知に妥当に立脚し、自ら遂行中の研究の目的により具体的な問題点が絞られていて、実験により真偽が明確に決定できるものである。逆に言えば、実験で検討する過程で用をなさない仮説や、先行研究を無視した仮説は、無用の長物であるということである。さらに具体的に言えば、実験で検討するためには、適切な実験群と対照群(コントロール)を設定できるような仮説でなければいけない。

それほど仮説は重要で研究の根幹をなすものであるというのに、小保方氏の本の中で仮説の位置付けは軽く、ほとんど言及されることがない。その少ない記述の中で特に明瞭に仮説と位置付けられているのが、このスポアライクステムセルの分化能についての仮説である。

ここでバカンティ教授が喝采した「スポアライクステムセルは成体幹細胞の分化能を凌駕する分化能を有しているのではないか」という小保方氏の仮説を見直してみる。

まず冒頭の「スポアライクステムセル」が根拠薄弱であるということで、先行研究との整合性に疑念があるだろう。しかしそれ以上に問題なのは、「成体幹細胞の分化能を凌駕する分化能を有する」という部分である。

実験による検証をするためには実験群と対照群の比較が必要である。実験群が物理的に処理したスポアライクステムセルとするならば、対照群は何であろう?すべてを凌駕するような細胞の対照群は存在しないではないか。

仮説がこれとなると、それに付随していた「細胞塊(スフェア細胞)におけるOct4遺伝子発現の確認」を行ったポリメラーゼ連鎖反応(PCR)実験の対照群もきちんとあったのか疑問になる。実際、本書においては「数日間、一個のスフェアから正確なRT-PCRの結果を得るための試行錯誤を繰り返した」という記述しかなく、他の不要な記述は多いというのに、肝心の何を対照群として実験していたのかが書いていない。

対照群の欠落は些事ではなく、対照群なしでは研究は成り立たない。したがって、対照群を適切に設置しえないような仮説に依拠することは、研究を自ら砂上の楼閣になすことを意味する。そして、この傾向が新たに作り出された細胞であるSTAP研究に引き継がれたことが、問題を大きくして行ったという道筋がここに見て取られる。

ともあれ、これは小保方氏にとって気の毒な成功体験であったとも思う。まっとうな大学院指導教官ならば、膝をつきあわせて指導しなおす局面が、誰にもまともな指導を得ることなく、逆に成功体験にされてしまい修正の機会を逸してしまったのだから。

あの日

冒頭に紹介したように、小保方氏は手記「あの日」において「あの日に戻れると、と神様に言われたら、私はこれまでの人生のどの日を選ぶだろうか」と問いかけ、「一体、いつからやり直せば、この一連の騒動を起こすことがなかったのか」と問うている。そこで本試論では、純粋に小保方氏の手記にのみ基づいて、彼女の疑問に対する私なりの答えを書いた。すなわち、指導教官に叱咤され是正されるべき局面でバカンティ教授に認められたという間違った成功経験が道を踏み外した始まりだったというものである。

無論ここで道を外したといっても倫理的な意味ではなく、科学の基本理解をまともにして科学を修得するためのルートから外れたという意味である。

その後も正統な科学の道に立ち戻る機会はあったかどうかについては本書の中には記述されていなかったので、わからない。しかし、妥当に考えて、一度ならず小保方氏が研究内容や仮説のたてかたについて同僚や同業者から批判されたことはあったのではないだろうか。それが救いの手だったのであるが、往々にして順風満帆な時期の人にはこうした手が救いには見えないものである。

なお、これまでに私自身も書いてきている通り(2)、STAP事件の騒動は科学そのものと無縁であり、小保方氏が適切に科学を修得する機会を逃したことが騒動につながったのではないことを再度確認しておきたい。あの騒動の大半は社会の側に原因があり、この点において私は小保方氏に深く同情する。一方で、現役の科学者かつ研究指導教官としては、言うべきことは言い、律すべきところは律したいと思う。

註釈

1)これは通常はありえない不規則的な雇用形態であり研究指導者が判然としない状況である。そして、この不規則性が、やがてはSTAP論文の複雑で責任著者が小保方氏を含めて4人もいるという複雑で責任が見えにくい状況に発展した一因であろう。

2)たとえば次の記事を参照されたい:「STAP事件の悲劇から反原発運動の堕落まで連なる糸