自然にたずねるー2015年ノーベル生理学・医学賞の意味

寄生虫の薬

先日発表があった2015年ノーベル生理学・医学賞は、半分の賞が回虫の感染症に対する新規治療を開発した大村智氏とウィリアム・キャンべル氏に、残りの半分がマラリアの新規治療法を発見した中国の屠氏に授与された。ともに世界に蔓延し重度の病気を生じさせ人類を苦しめている寄生虫による新しい効果的な治療を提供し、人々の健康に資したことが評価された(注1)。

この2つの発見への受賞は、ともに寄生虫に対する治療法として授与されたが、実はもうひとつ共有されている重要なものがある。それは、両発見が自然にたずねることで為されたという点である。科学者が「自然にたずねる」とはどういう意味だろうか。

屠氏が抽出したもの

中国の屠氏の発見は、(誤解が一部にみられるようだが)「中医学」で受賞したのではない。中医学という前近代から存続している医療の伝統を、科学の手法を用いて検討し、近代医学としての薬を発見し、それが多くの人の命を救ったことへの受賞である。これは(中医学そのものではなく)現代の医学の発展における重要な到達点であろう。

ここではまず、なぜ中医学に遥か昔から存在した薬であるクソニンジン(Artemisia annua)が、屠氏による発見の前にはマラリアの治療薬として世界中で使われていなかったかについて思考実験してみるとわかりやすいかもしれない。クソニンジンは伝統医学における治療薬としては存在して人間に使われていた。しかしその真の有効性は見出されていなかった。なぜか。

一言で言えば、知識が科学的知識として成熟していなかったがゆえである。

ここで屠氏は近代科学の手法によって、中医学の伝統的レシピに学んでアルテミシニンという薬物を抽出・精製し、マラリアに対する薬効を検討することで、アルテミシニンをマラリアの薬にしたのである。ここでは、伝統・職人芸の世界でとどまっていた未熟で個別的な知識を、科学的手法を用いることによって、広く世界の人々が共有できる一般的・抽象的な知識へ転換したともいえる。つまり、抽出されたのはアルテミシニンという物質だけではなく、物質についての一般化された科学知識である。

これが近代医学の強みである。近代医学=西洋医学と誤解している人がまだいるが、それは間違いだ。近代医学とは科学を基盤とした医学である。科学を基盤にしているからこそ、近代医学の知識は人々の間で論理的かつ効率的に共有できる。基盤にある知識は科学であるから、他の科学者により応用・発展させられるようになる。

実際、日本における近代医学の確立は、中医学から派生した漢方から、科学を基盤とした医学への転換によってなされた。その近代医学は日本に根付き、いくつもの土着の病気の原因を究明し予防法・治療法を確立したが、これらは漢方的な考えに囚われていては達成できなかった成果である。

自然にたずねる

大村氏は、天然物分離を専門とする細菌学者として、天然物の分離について長年の実績がある北里大学において研究を行い、土壌に住む細菌(ストレプトマイセス)に注目し、様々な土壌から何千もの細菌を分離培養し、その中から有望な細菌株を同定し、寄生虫学者のキャンベルとともに、その細菌がつくる成分が抗寄生虫薬としての薬効をもつことを発見、その菌からアベルメクチンを分離精製した。

アベルメクチンを産生する菌は、静岡県伊東のゴルフ場の近くの土壌から採取したものだったという。ちなみに今回の受賞とは何も関係はないが、日本発の免疫抑制剤タクロリムスは、同様のアプローチにより、筑波の土壌内から同属の細菌を分離培養することにより創薬された(注2)。

どうやら日本には、天然物を科学的に利用して創薬し、医学の進歩につなげるという伝統が息づいているようである。これは決して日本特有のものではなく、現代の創薬においては当たり前のことであるが、そのひとつのアプローチにおいて長い伝統を持つことは誇るべきことであるとともに、今後さらに発展させるべく努力すべきことだろう。

あらためて大村氏と屠氏が並んだ光景を見ると、漢方で培った自然に生薬を求める伝統は、ひょっとすると間接的に日本での創薬の文化に役立ってきたのかもしれないとも思う。今回の受賞は、日中の研究者が、近代科学の精神をもって自然・伝統にたずねることで医学を進歩させ人類に貢献したという到達点を祝福したともいえるだろう。

注1)参考Advanced Information, The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2015

注2)山下道雄(2013)タクロリムス(FK506)開発物語,生物工学第91巻第3号.