放射能恐怖という民主政治の毒 (2)英国の経験

放射能恐怖という民主政治の毒 (1)放射線と政治から続き

3.おばけの正体

放射能おばけは医学・科学用語をちりばめた科学の白衣をまとっているが、中身は科学とは無縁のものだ。なぜなら、科学に必須の要素が抜け落ちているのだから。

放射線の効果であれ、何であれ、科学的方法で精密に測定するために、科学者はまず人間の力量の限界を悟らなければならない。どんな測定にもばらつき(誤差)があり、完璧に正確に現象を「見る」ことはできない。だから、データを集めて、統計的に分析して、何が科学的に正しいことかを推定する。これは一見まどろっこしく、科学が複雑に見えるゆえんの一つであるが、幸いなことに、これまでの長い科学の歴史のおかげで、今の時代にはどういう統計的手法が信頼するに足るかについての科学者間での合意がある。

実際、統計の軽視・悪用は、科学論文の意味を失わせるだけではなく、ときに社会に大きな悪影響を与える。英国の権威ある科学学会である王立協会は2006年に「科学と公衆の利益」という小冊子を発行した。この冊子は、一般市民に科学の知見を伝える際に重要な点として、科学的正確さ・誠実さ・信頼性の3要素に加えて、統計学的な限界を明示することが重要であるとした (2)。これは実のところ、英国が苦い歴史を経験したことにより得た知恵である。

科学論文における誤謬・詭弁が社会を混乱させたことがあるのは日本だけではない。1998年に、英国のクリス・バスビー氏が率いる反核団体 (3)「緑の監査(Green Audit)」が、セラフィールドにおける放射線汚染事故のためにウェールズで低線量の放射線汚染による白血病の増加がみられたと主張した。ウェールズのメディアは、バスビー氏らの報告に批判的ではなく、むしろ氏の調査に協力した。そして、これらの報告は科学雑誌の査読システムを経ることなくメディアを通じてウェールズに広められてしまった (4)。

このときウェールズの国民健康サービス(NHS, 日本の公立病院に相当)の担当部門が「緑の監査」の報告した報告を分析し、データを標準的な統計学的手法で解析しなおして、バスビー氏らの分析には致命的な統計学上の誤りがあることが明らかにした (4, 5)。実のところバスビー氏らは統計的手法を無視して、自説に都合の良いデータを集めて解析・発表していたのである。

これまで産業界との利益衝突(Conflicts of interest; 今風に言えば、ポジショントークをしうる立場にいること)が科学調査でしばしば批判されてきたが、バスビー氏の問題は、産業界と無縁の研究者にもまた、それ以外の利益衝突や確認バイアス(研究前に持っていた自分の仮説に都合の良いデータだけ拾い上げる誤った傾向)の問題が存在しえることを明瞭に示したのである。

私はここで、福島原発による放射性物質汚染問題が存在しないと言っているのではない。福島原発は爆発して放射性物資を撒き散らしたし、いまも汚染水は増え続けている。こうして人間の手からこぼれおちてしまった放射性物質はたしかに厄介なものだ。しかし、これを「放射能おばけ」にしてはいけない。科学的知見の光をあてることなく、どんなに薄まった放射性物質のこともゾンビか幽霊のように恐れていては、むしろ本当の問題が隠れてしまう。

確かに、福島で小児の甲状腺がんの症例が発見されている。小児の甲状腺がんは稀とはいえ、放射線と無関係であったとしても発生しえるものだ。だから福島で小児甲状腺がんが増えているのかどうかを明らかにするためには、統計学的な分析がどうしても必要である。いま福島で行われているスクリーニング検査の精度・ばらつきといった特性を考慮したうえで、発見された症例の数・内容が、放射線汚染がない状況と比較して増加したのかどうかを、科学的厳密さをもって調べる必要がある。

科学的手続きは、科学者でない人の目にはややをもすれば遊んでいるようにしかみえないほど鈍いものである。しかし調査は今の住民のためでもあるし、未来のためでもある。そしてやるからには厳密に科学的に行わなければ意味のないことである。科学的に厳密でないなら、最初から何もやらないほうがいい。

住民側がこの調査手続きにもしなんらかの疑念があるとしたら、行政に情報公開を求めることが第一であろう。行政側は市民を積極的に行政の調査部門の委員会などに取り入れるべきである。役人が、市民が入ることで恐れているのはやはり「放射能おばけ」なのではないか。 ここで住民・行政双方が、話し合いを袋小路に追い込んでしまう「放射能おばけ」を意識的に取り除きながら、対話を継続して深めていけばならば、やがて双方の疑念は消えるだろう。

おそらくいま私たちは、民主主義の断崖を歩いている。ここで、暗闇の幻に恐れおののいて (6)、断崖から足を踏み外すという愚を犯さないようにしなければならない。

次回は、現代の日本でどうして「おばけ」が白昼堂々歩き回るようになったのか、その背景を考えたい。

放射能恐怖という民主政治の毒(3)権威の失墜とその責任」に続く

文献・注釈

2. Royal Society, (2006), Science in the public interest. Communicating the results of new scientific research to the

public. Excellence in Science. Report of a Working Group.リンク(accessed Jan 2015).

3. Anti-nuclear campaignersのこと。文脈から「反原発」などと訳されたことが多いが、原義からいって「反核」であり、また、これらの運動が、原発という施設に対してというより、発電・武器両方を視野にいれた放射線物質を利用した技術全般に対する反対運動となっている場合が多いので、「反核」の用語を用いた。

4. Steward JA,White C, Ceri; Reynolds S,(2008), "Leukaemia incidence in Welsh children linked with low level radiation―making sense of some erroneous results published in the media", Journal of Radiological Protection 28: 33-43.

5. バスビー氏は、英政府が2001-4年に設置した内部放射線被曝リスク調査委員会(Committee Examining Radiation Risks from Internal Emitters, CERRIE) に参加し、査読を経ていない自己出版データに基づいて極端な主張を繰り返したため、委員会はバスビーデータの「査読」に多大な時間を費やさざるを得なかった。委員会は標準的方法でバスビーの主張を反駁したが、バスビーらはこれを受け入れず、委員会の報告書とは別に「CERRIE少数派報告」を発表した。この経過はCERRIEメンバーであったリチャード・ウェイクフォード氏による論説「CERRIEについての省察」に詳しい(リンク)。

6. ここでは、次の句を思い出したい。

幽霊の 正体見たり 枯れ尾花

暗闇で恐怖を抱いていた時に、幽霊を見たと思って驚いたが、実はただの枯れススキであった。鶉衣(1787)、横井也有(1702-1783)の「化物の 正体見たり 枯れ尾花」に由来する、慣用句。