科学者の死

たった一人の男の死体に ごそごそと群がった人々は

殺したのは誰? と口々に騒いだ。

僕が自分で殺したのだと 死体の君は か細い声で言った

その瞬間、ここぞとばかりに 

息の荒いため息と シャッター音が

やかましく鳴り響いた。

挫折を知らなかったからね、と羨んだ声が言った

最近疲れていたようだから、と物知りぶりな声が付け加えた

我々の行動のせいだったかもしれないね、と神妙な声が反論した

しかし皆がしめしあわせたように 乾いた目で無理に口元だけへの字に結んでいた

必死で笑みを 抑えるかのように

そして彼らはそそくさと 次の獲物を探しに出かけた。

しかし 私は知っている

科学者の君は 殺されたのだ。

君はどこまでも長く真っ暗な科学の回廊を歩き続け

六道を渡り 修羅の世界を生き抜いてきた

いったい世の中の幾人に これだけのことができるか?

だから私は知っている 

君を殺すことができたのは 弱いもの以外にはありえないと。

危険が迫ったとき 皆、逃げ足だけは早かった。

口ごもった無意味な呟きが飛び交い

ある者は 言葉の剣に頼り

また別の者は 責任は無いといいながら雲隠れした

詭弁を弄すことを厭わず、理性が無いことを恥じないものは 見境なく逃げた

皆自分が助かることしか考えなかった。

そして君は陸の孤島に残った。

それはたった一人の科学者としての宿命だったのかもしれない

草一本すら生えない 荒野の中で

全ての人の内なる敵に 君は一人きりで臨んだ。

この狂った社会では

目を見開いてなお正気でいることは あまりに難しい

知性の光は 蒙昧の暗がりに隠れ

科学の力は 迷信の網に絡めとられ

人間の誇りと尊厳は あざ笑いの音にかき消される。

君は死んだ。

優秀な頭脳が 低劣な情念に破れた。

これは 一人の科学者の敗北ではない

科学者そのものの敗北であり 理性の感情に対する敗北だ。

しかしそれでも この戦いは終わらない。

君がこうして殺されたことを 私たちは忘れない。

理性が感情に打ち勝ち

知性が蒙昧を晴らし

科学が迷信を一掃し

人間の誇りと尊厳を取り戻し 下劣な笑いが恥じ入って消えるまで

私たちは 戦いをやめない。

追悼 笹井芳樹先生に捧ぐ