Yahoo!ニュース

官民連携で進む千葉県松戸市のゲームプログラミング教室

小野憲史ゲーム教育ジャーナリスト
Scratchでゲーム作りに挑戦する子どもたち(写真はすべて筆者が撮影)

地域社会でICTワークショップを行う難しさ

筆者が事務局長をつとめるNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)では、公益財団法人中山隼雄科学技術文化財団から助成を受け、小学生~高校生を対象に「デジタルからくり装置作りワークショップ」を2016年から実施している。ゲームエンジンのUnityを使用して、参加者全員でドミノ倒しのステージを作り上げるというもので、これまでに全国で都合10回、合計150人以上を対象に無償開催してきた。

ただ、課題となるのが受け入れ先の自治体やボランティア団体との折衝だ。プログラミング教室などの取り組みは地方格差が大きい。そのため我々としては、そうした取り組みが行われていない地域で率先して開催したい。しかし、たとえ無償でイベントを開催しても、我々だけでは集客がおぼつかないのだ。そのため地域コミュニティとの連携で開催したいのだが、互いにチャネルが乏しい点がネックとなっている。

こうした中、企業と自治体とコミュニティが理想的なコラボレーションをとり、ICT教育を行なう取り組みがある。小学生向けプログラミング教育事業を行うCA Tech Kidsと、ゲーム会社のCygames、そして千葉県松戸市が協業し、2018年5月から隔月ペースで開催しているワークショップ「”Cygames presents” Tech Kids CAMP in MATSUDO」だ。ビジュアルプログラミング言語のScratchを用いて、2日間でゲーム作りに挑戦するもので、2019年2月9日・10日に行われたワークショップに体験取材を行った。

ワークショップは隔月ペースで開催され、今回で5回目となる
ワークショップは隔月ペースで開催され、今回で5回目となる

二日間でオリジナルのゲーム作りに挑戦

会場となったのはJR松戸駅西口にある松戸観光案内所2階の会議室で、市内の小学4年生から6年生まで20人が集まった(男子15人・女子5人)。電源・空調・プロジェクターが用意されており、付き添いの保護者を入れても十分に余裕がある。自治体の施設だが、本事業むけに提供されているもので、ふだんから勉強会の会場探しに汲々している立場からすると羨ましい限りだ。自治体が集客に一役買っている点もありがたい。

ワークショップはCA Tech Kidsの講師スタッフ3名が、ニックネームで自己紹介をするところから始まった。子ども達の目線に立ち、エンタテインメントの要素をふんだんに取り込みながら、テーマパークのようにワークショップを盛り上げていく。配布された資料もScratchの基礎が段階的に学べる、完成度の高いものだ。機材も一人一台のノートPCが用意されており、企業ならではの優れたサービス精神が感じられた。

初日は画面上にキャラクターを配置し、キー操作で動かしたり、障害物を避けてゴールまで誘導したりと、ゲームプログラムの基礎を学んだ。子ども達が一番盛りあがったのは、実際のゲームキャラクターや背景素材などが提供された瞬間だ。素材がリッチになったことで、同じメカニクスでも一気に画面が華やかになり、子ども達の集中力が増したのだ。Cygamesによって提供されたもので、ゲーム会社の強みが生かされた形だ。

20人の参加者に対して講師1名・補助2名の3名が対応する
20人の参加者に対して講師1名・補助2名の3名が対応する
ツールにはScratch 2.0 オフラインエディターが用いられた
ツールにはScratch 2.0 オフラインエディターが用いられた
友達同士で参加し、互いに教えあう姿も観られた
友達同士で参加し、互いに教えあう姿も観られた

その後、子ども達一人ひとりがオリジナルゲームの設計図を書き、初日は終了した。1971年生まれでBASIC世代の筆者にとって、ゲーム作りは中学生以来の経験だ。単純な鬼ごっこゲームなどを最後に作ってから、30年以上にもなる。最初は対戦ゲームを考えたが、すぐに「もっとシンプルな内容にしよう」と思い立ち、画面上の敵キャラクターに向かって剣を投げつける一人用のシューティングゲームを作ることにした。

その上で帰宅後、検索エンジンでScratchの入門ページを調べ、その内容を参考にプロトタイプを制作した。大人力を生かした「予習」だったが、これが正解だった。2日目に音楽を加えるなどして完成度を高めていくと、原因不明のノイズが発生したのだ。これを修正しようとプログラムに手を入れると、別の問題が発生し、さらに事態が悪化することに。なんやかんやで、ギリギリまでかかって、なんとか動くものができあがった。

筆者作成ゲームのプレイ動画

企業・自治体・コミュニティの理想的なコラボ

開発が終わると保護者が見守る中、自作ゲームの発表会が行われた。一人ひとり内容や狙いを説明し、完成したゲームをデモしていく。二日間で動くものができただけでも大したものだが、中にはステージ上に隠されたアイテムを規定のクリック回数で探し出す対戦アドベンチャーゲームなど、大人でも思いつかないアイディアが見られ、驚かされた。最後に筆者もデモを行い、拍手をもらうことができ、大人の面目が保てた。

この取り組みがユニークなのは、企業と自治体に加えて地域コミュニティとの連携がみられることだ。自治体は会場を提供し、住民に宣伝を行う。CA Tech Kidsは機材を含めたワークショップの実務を担当し、Cygamesは費用負担とゲームの素材を提供する。ふだんは有償で提供するワークショップと同じ内容のものが、無償で体験できるとあって注目度も高く、定員に対して毎回4~5倍の申込みがあるという。

もっとも、ワークショップの内容は常に同じなので、発展性がない。そこで受け皿になっているのがCode for Matsudoだ。コードで地域課題を解決することを目的とするボランティア団体で、子ども向けにScratchによるプログラミングの機会を提供する「コーダー道場まつど」も開催している。Tech Kids CAMP in MATSUDOを体験した子どもたちの中には、コーダー道場まつどに通う例も見られるなど、理想的な補完関係にある。

みんなの前で完成したゲームをプレゼン
みんなの前で完成したゲームをプレゼン
最後は保護者と一緒に試遊会を実施
最後は保護者と一緒に試遊会を実施

実際、筆者らがUnityでワークショップを行うなかで、難しさを感じているのが地域社会における継続性の問題だ。教材はネット上で無償公開しているが、単発のワークショップでは地域コミュニティとの繋がりを深めることが難しい。こうした中、企業と自治体と地域コミュニティが互いに連携を取りながら、定期的にワークショップを開催している松戸市の取り組みは、一つのモデルケースのように感じられる。

首都圏のベッドタウンとして知られる松戸市では、バンダイミュージアムを筆頭にゲーム開発や関連事業がみられたが、2000年代に企業の撤退が相次いだ。しかし近年では地元の事業者が中心になって松戸コンテンツ事業者連絡協議会を立ち上げるなど、コンテンツ産業の振興に積極的に取り組んでいる。こうした行政の姿勢にCA Tech KidsとCygamesが賛同し、今回の取り組みにつながった。ここから育った子ども達が将来、どのようなゲームを作り出すか、今から楽しみだ。

ゲーム教育ジャーナリスト

1971年生まれ。関西大学社会学部卒。雑誌「ゲーム批評」編集長などを経て2000年よりフリーのゲーム教育ジャーナリストとして活動中。他にNPO法人国際ゲーム開発者協会名誉理事・事務局長。東京国際工科専門職大学専任講師、ヒューマンアカデミー秋葉原校非常勤講師など。「産官学連携」「ゲーム教育」「テクノロジー」を主要テーマに取材している。

小野憲史の最近の記事