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ねぎは、はなたれに限る

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

 2003年だから、もう15年ほども前になる。取材メモを整理していたら、京都市上京区の野菜農家佐伯さんからお聞きした話が出てきた。伝統野菜の代表ともいえる京野菜を作り続けている40代(当時)の若手農民だ。おもしろいので書いておく。

 野菜畑の多かった上京区も、いまでは都市化されたが、そこで60アールの畑を耕し、野菜専門農業を営んでいる。できるだけ自然の恵みに基づく農業をしようと、野菜栽培につきもののハウス栽培はやっていない。化学肥料は使わず、4年前から農薬もやめた。都市農業の利点を生かして、生産したものの八割は自宅の前の直売所で売っている。

 佐伯さんが作る野菜は年間約60種。京野菜ばかり作っているわけではないが、九条ねぎ、壬生菜、水菜、伏見とうがらし、鹿ケ谷かぼちゃ、万願寺、堀川ごぼう、賀茂なすなどなど、自身で種取りもしながら京都の生活に根付いた伝統野菜を手がけている。

 作る以上は、食べ方にもうるさい。例えば九条ねぎ。9月下旬に種をまき、翌年3月に定植、8月に抜き取って干し、先をちょん切ってまた植える。収穫は10月末から翌年3月まで。収穫まで1年半かかる。野菜はなんでもそうなのだが、ねぎも冬は甘くておいしい。寒さで凍らないよう水分を減らして糖度を高めるからだ。とくに九条ねぎは一名はなたれねぎとも言い、切るとトロッとしたものが出てくる。これがおいしいのだ。

●三里四方の旬のもの

 九条ねぎには太ねぎと細ねぎの二つがある。太ねぎのほうがトロが多くおいしいのだが、いま市場に出回っている九条ねぎはほとんどが細ねぎである。ねぎの市場規格は1束200g。ところが太ねぎは1本で300gはある。規格をはみ出してしまうということで、市場が取り扱わないのである。佐伯さんは直売が中心だから、おししい太ねぎを作ることができる。

「それにしても」と佐伯さんは言う。

「京都の人もこのごろ、すき焼きは関東の白ねぎになってしまった。昔は九条の太ねぎだったのだが」

 せっかく京都に住んでいるのに、と残念そうだ。しかもその九条ねぎも、近年中国からの輸入ものが出回り、見た目はまったく分からないという。「中国に視察に行った人の話だと、ねぎだけでなくいろんな京野菜の種が中国で売られていたそうです」

 料理人が苦労するのが、下ぶくれのひょうたんの形をした鹿ケ谷かぼちゃ。切ってしまえば普通のかぼちゃと見分けがつかないからだ。そこで上から下に切り下ろして、このかぼちゃの独特の形を生かす板前さんもいるが、これがなかなか難しい。

 農業はおてんとさまだと露地栽培にこだわり、野菜は三里四方の旬のものを、と頑固に言い張る佐伯さんの野菜談義ほんの一こまを紹介した。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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