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福島沖地震のテレビ速報を検証する(下)〜東日本大震災から10年:何が変わり、何が変わっていないのか

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
2021年2月13日深夜 震度6強を記録した福島県いわき市内(写真:ロイター/アフロ)

東日本大震災からもうすぐ10年となります。その間の検証と反省が、2021年2月13日深夜に起きた福島県沖を震源とする最大震度6強の地震に対するテレビの緊急報道にどのように生かされていたか、あるいはどんな課題が残っているのかを前半に引き続き考えていきます。

「揺れる映像」の意味

地震が起きた直後の緊急速報では、各地の震度などの地図の後、最初に放送される映像は、「地震発生直後の○○報道局のようす」とか「△△駅前の情報カメラの映像(激しく揺れています)」というようなものです。何のために放映されるのでしょうか。

揺れの強さをビジュアルで理解することができます。震度が高い地域の駅前情報カメラなどの映像を確認すれば縦揺れか横揺れか、揺れのスピードや幅などがわかります。また地震発生直後のニューズルームの映像からは、棚から落下する書類や机の上の書類などが散乱する様子などから揺れの強さを理解することができます。

視覚による実感は、地震のインパクトを感情的に増す効果があり、見た人が、安全確保のため本気で行動することを促進すると思われます。

しかし、「揺れる風景」の映像は、特に発生直後に震度などのデータを正確に把握してもらい、安全のための行動をできる限り取ってもらおうとするフェーズでは、優先順位がそんなに高いものではないかもしれません。各地の震度情報などをくり返し伝えることをメインにしなければ基本情報が行き渡らないからです。

映像と情報の適正なバランス

各社がビルの屋上などに取りつけた、いわゆる定点カメラの中継映像も画面に多く登場しました。揺れた瞬間の映像は録画され、インパクトを知らせる効果的な素材として使われました。また、その後は中継の映像を通して、被害状況などがどのようになっているか、具体的に火災は起きていないか、停電は起きていないか、交通の流れや鉄道の運行など手がかりを提供しました。

13日の地震では、大津波の心配は早い段階で解消し、福島第一原発などの原子力施設の大きなトラブルも発生しなかったため、被害状況に関心が移りました。各局11時半くらいになると、映像が使われる頻度がかなり増えました。

NHKは緊急地震速報の放送を始めてから約2分で、震度6強を記録した福島の定点カメラが撮影した揺れの映像を流しています。全国で合計1000か所以上もの定点カメラのネットワークを築いていると言われており、中継や録画の映像は14日の午前0時すぎに加藤官房長官が記者会見を行うまでの間に16か所の中継や録画を織り込みました。

重要なのは、そのような映像を出していても画面には震度情報を示した地図が常に表示されており(そして縮小していても判読できる)、「津波のおそれなし」という言葉も常に表示されており、伝えるべき情報は常に露出しておくという前提で、映像の情報を追加していました。。

「映像」は賑やかしではない

これに対して民放は、揺れた瞬間の録画映像を出すのにかなり手間取った印象です。NHKより災害報道にかけられる経費は限られており、そもそも定点カメラの数も少なく、ローカルでは記者やスタッフの人数も多くはないため、映像を処理するにも時間がかかった可能性があります。

また、民放のネットワークはNHKと違って、各局がその都道府県をカバーする別々の会社の連合体ですから、いくらニュース協定でつながっているとはいえ、映像を送るための伝送経路はいつも接続しているわけではないことも時間がかかった要因と考えられます。

しかし、前述したように緊急災害報道において映像の果たす役割はかなり限定的です。あくまでも震度や安全確保と減災のための情報を、画面がたとえ地味になっても、ていねいに伝えていくことが求められます。

しかし、民放の一部では、やっと入ってきた、各地の揺れている映像を紹介するこに集中してしまい、本来の緊急災害報道の役割である、安全確保のための情報を提供することがおろそかになったと思われる瞬間がありました。

テレビ朝日はいったんドラマに復帰した後、午後11時22分過ぎに緊急災害報道番組に復帰し、震度情報などを伝えました。しかし23分30秒ごろから10分間以上、KHB東日本放送の社内の揺れの様子や仙台駅前、いわき市などの定点カメラの揺れの映像だけを流し続けました。最初の約6分間は映像だけをくり返し、各地の震度は画面上部2行のテロップだけでした。その後地図を表示するようになりましたが、地図を縮小してしまうと、震度の数字がかなり読みにくくなってしまいました。

ある意味で単調な速報番組が、映像が挿入されることによって、魅力的になるかのように思えたりすることもあります。しかし、これは緊急災害報道が目指すものとは違います。あくまでも「災害の全容を視聴者に正しく理解させ、今後の安全を確保するための指針を提供する」ことが優先されなければなりません。延々と揺れる映像だけを伝えることは、番組の見栄えを優先させ被災者の知りたいことを届けるという意識の欠如と批判されても仕方がないでしょう。

テレビ朝日を例に挙げましたが、この局に限ったことではありません。

2021年2月13日深夜のTBSの緊急地震報道の画面。「津波の心配なし」の文字がタイトルに見える(筆者撮影)
2021年2月13日深夜のTBSの緊急地震報道の画面。「津波の心配なし」の文字がタイトルに見える(筆者撮影)

災害や大事故が起きると、各局が「L字」とか「逆L字」と呼ばれる交通やインフラなどの雑報を順番に報じていくテロップの仕組みが作動します。NHKは最新の映像を画面にうまく取り込みつつ、震度情報などの最低限伝えるべき情報は常に画面に露出し、さらに細かい市町村単位の震度や、原子力施設の安全情報などを逆L字で表示して情報を重層的に出すという情報の配分が、かなり練られている印象でした。

民放の「構造的な問題」直視を

NHKと民放の差がさらに開いてしまったのではと思えます。一番の問題は、民放にはCMがあり、CMの枠を買ってくれるスポンサーのために、視聴率を上げるということを最優先に考えなければならないという、ビジネスの枠組みと、緊急災害報道の根底にある価値観が相容れず、時にその調整に手間取るために開始が遅れ、進行が妨げられるということです。ずっと以前から多くの人が認識しているのに手が付けられなかった問題でもあります。

NHKのパフォーマンスを見ると、一般の視聴者はこのレベルの番組を緊急災害報道に期待するということですから、民放も匹敵するものを目指さなければなりません。しかし、その実現には、この構造的な問題を乗り越えることが必要になるでしょう。

民放のニュースネットワークが番組を中断して、緊急報道番組を放送するためにはNHKに比べて、はるかに多い部署との調整が必要になります。その時間帯にどのような番組を、どのスタジオを使って、あるいはVTRで収録済みのものを放送するかという最終決定権は編成局が握っているのは、NHKも民放も同じですが、その後の手続きが、主に2つの点で、民放はさらに手間がかかります。

スポンサー調整にかかる時間

ひとつはスポンサーとの調整です。営業局が主に広告代理店を通じて行います。制作費を出してくれたスポンサーに「その番組を中断あるいは延期して、地震などの緊急災害報道を行う」ことを報告し、認めてもらう作業を完了させなければなりません。

一部のスポンサーは緊急の災害や事故の報道なら、放送局や広告代理店の判断に任せるところもありますが、放送局とスポンサーの関係は歴史的な経緯も絡み、補償などの問題で時に時間がかかってしまいます。たとえ、放送局の判断で決められるとしても、スポンサーへの配慮などで時間がかかってしまうこともあります。

民放のCM放送システムは、15秒単位の放送枠に各社のCMを割り付け、その内容をコンピューターに記憶させて放送するものです。緊急災害報道でも、東日本大震災のようにCMを全部飛ばしてしまうようなものから、CMだけは生かして、番組の中味だけを変える方法までさまざまです。選択肢が多いことも判断にさらに時間がかかってしまう原因となります。

足並みが揃わないローカル局

もうひとつは、ローカル局との関係です。NHKは全国ひとつの組織ですが、民放は別々の会社がネットワークを組んでいます。キー局と呼ばれる在京局が大きな権限を持ち、緊急災害報道などの決定にローカル局は基本的な従うというようなルールを定めているところもありますが、キー局の発言力は低下しておりリーダーシップが発揮できません。

特に東西に広いという日本の地理的条件は、時に災害報道の温度差を生みます。私は、とある民放ネットワークの局長級会議が東日本大震災の半年後に開かれた際、ネットワークで続けてきた週に1回の防災・減災についての特集を各局もち回りで出していこうという企画に対し、九州の局から「もうやめたい。視聴率が取れない」との発言が続いたという話を聞いたことがあります。

ゴールデンタイムと言われる午後7時から11時の時間帯には、基本的に全国放送をします。その時間内なら全国一律の番組ですので差し替えは比較的に簡単です。しかし、平日の午後や深夜、週末土曜日と日曜日の午前中などは30局前後あるローカル局が、それぞれ別の番組を違った時間枠で放送しているため、調整ははるかに時間がかかります。

放送し始める段取りに時間がかかるだけではありません。今回の報道で見られたような、緊急災害報道が充分に行われたとはいえない段階で通常の番組に復帰しようとしたり、あるいは震度や安全確保のための表示やアナウンスよりも、画面が派手になる「揺れている映像」などを使い続けようとするような傾向は、もしかすると現場の災害報道に対する制作態度が、「安全に関する情報伝達」ではなく、「人目を引くような番組づくり」の方を重視していることを意味する可能性があると思います。

経営陣の後押しが必要に

民放ビジネスは長らく、スポンサー(特に有名企業)から少しでも多くの広告費をもらうため、サービス競争を繰り広げてきました。例えば、早朝深夜などCMの銘柄が偏っている時間帯以外は、同じ業種のCMが連続しないような配慮を自主的に行ってきたのです。しかし、突然発生した災害に対する緊急報道を行った際に、放送局側がスポンサーに、放送されなかったCMの補填などをどうするかなどの原則の問題は正面から議論された形跡はありません。今後は広告代理店も巻き込んだ交渉が必要になるでしょう。

災害報道の対応についてビジネス面でのルールが確立するまでにはかなりの時間がかかることが予想されます。その間にもこのような災害は発生するでしょうから、それぞれの放送局やネットワーク内で一定のルールが共有され、判断が報道現場の裁量にある程度委ねられるような経営判断も必要になるでしょう。そうでなければ、報道のセクションがビジネスへの影響の責任を恐れて、合理的な判断ができなくなってしまう恐れがあるからです。

一般的な放送業界の経営文化では、「ニュース部門は採算を期待できないのだから、会社にダメージを与えないことを優先せよ」、というような消極的な位置づけが経営陣の多数を占めていたように思えます。しかし、現在は、むしろ積極的な報道を思い切って行わなければ、会社やネットワークのブランド力が低下するような事態になってきています。マネジメント側が報道の現場の決断を裏書きし、責任を共に引き受けるような形で支援しなければ、民放の災害報道がNHKと匹敵するようなクオリティにはなり得ないのではないかと思います。

民放どうしのコラボ検討も必要では

今回テレビ東京は、地上波としての災害報道は、スポーツ番組の一部を災害のニュースに差し替え、あとは震度情報などを字幕で表示するという最低限の対応にとどまり、官房長官や気象庁の記者会見などはYouTubeで配信しました。これが放送法108条に定める基幹放送事業者としての責任を果たしているかどうかという形式的な問題はさておき、視聴者、一般市民の立場から考えてみます。

テレビ東京のカバーエリアは震度4程度の揺れではあったものの、一時86万戸もの停電も起きています。そのような事態でも番組を中断して緊急報道をしないとしたら、少なくとも視聴者は不安に思ったり、あるいは期待することをやめるでしょう。

ただし、記録には残りネットで後から見られるという効果もありました。緊急災害報道番組もYouTubeで配信すれば、後から報道内容を検証できるという別の効果もあることがわかりました。

おそらく上記に書いたような面倒くさい調整作業や、情報が少なく錯綜している中で番組としての体裁を維持するには、両方ともかなり多くの人員を割かなければならないので、視聴者の期待を少し裏切ることを犠牲にして、端からその作業を省略するという判断のように見えます。

放送ビジネスは依然厳しい状況にあり、今後大規模な人員増強などが行われる見込みもないとしたら、長期的に見れば、緊急災害報道に充てられる人員を確保でき、放送をする責任を果たそうとするのはNHKだけになってしまう恐れがあります。それではニュースの多様性が損なわれてしまいます。

10年前の東日本大震災の時に各局が同じような報道を連日行ったために、電気や鉄道の運行などを民放局で分担して1日に数時間でもその情報だけを放送するようなことはできないのかという要望がツイッターなどで議論されました。

当時は「競争をしているから」という理由で検討すら行われませんでしたが、今後限られたリソースでNHKと同じような報道を期待されるのだとすると、共通のルールや情報の共有など、一定期間の協力態勢なども視野に入れて検討してほしいと思います。

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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