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新型コロナ下のスポーツ報道で考えたいこと 〜もっと会場にも目を

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
7月12日のJリ−グ 横浜F・マリノス対FC東京戦でも観客席の間隔が空けられた(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

プロ野球や大相撲など、新型コロナウィルスのため、開幕が遅れていたスポーツが次々と、制限付きながらも観客を入れて再開し始めています。ニュースの中で人気のあるコンテンツでもありますし、何よりアスリートの見せるひたむきなプレーは、自粛疲れや仕事や学校が今まで通りに運ばない人たちを力づけ、前向きな気持ちを呼び起こさせることでしょう。

しかし、感染防止のための対策が、どのくらい徹底されているのか、あるいは実効性があるのかという視点からの報道は非常に弱いような気がしています。

プロ野球とJリーグが観客を入れての試合を再開して1週間余り、大相撲も七月場所が始まりました。これからのメディアの伝え方に期待しなければならないとは思いますが、現状をある程度見て、問題提起をします。

すべてのニュースや記事などを網羅できているわけではありませんし、客観的に測る基準もないので、ある程度、印象論にとどまってしまうことをお許し下さい。

感染対策はアリバイ報道でいいのか

新型コロナウィルスの感染防止のため、スポーツ観戦の風景は一変しました。「早くスタンドに入りたい」とゲートに急いでいたファンはソーシャルディスタンスを保つように列をつくり、ゲートでは検温や手の消毒などが行われ、おそらく入場には以前よりかなりの時間を要するでしょう。

テレビのスポーツニュースの、ほとんどの映像クリップの冒頭には、ゲートの観客の列や入場の模様が伝えられ、「観客は全員体温を測り、37.5度以上の人は入場を断られるほか、手指をジェルで消毒してから入場します」のような説明と、「コロナ時代の新しいスポーツ観戦の形」のようなコメントが加えられます。

応援のしかたの変化も伝えられています。鳴り物やかけ声、風船などの小道具は使われず、代わりに拍手や音量の限られた電子機器などが使われる様子などが紹介されています。

映像や写真を見た限りでは、観客は非常に協力的です。この間どのスポーツ会場でも感染者の情報がないのは非常に喜ばしいことです。

しかし、ニュースはそのような「変化」を、表層的に、「こんなことをやっていますよ」と伝えるだけでなく、もう少し踏み込んで伝えなくていいのでしょうか。

もっと「検証」をしてほしい

例えば、入り口で検温された人のうち、体温が高くて入場できなかった人はどのくらいいたのでしょうか。あるいは「そのような人はひとりも出なかった」というのも大切な情報ではないでしょうか。

これまではスポーツの場は熟練の技に対する驚きや、一生懸命なプレーに対する共感などから、観客が素直に声援を送り、感情を表現することが許されていた場所でした。そこに様々な物理的な制限が加えられたことで、どの程度、心理的な不自由さが増してしまったのか、改善の余地はないか考える材料が必要ではないでしょうか。

日本野球機構(NPB)は7月7日付で、「NPB新型コロナウィルスガイドライン(有観客開催)」という文書を公開し、チームや会場関係者、取材するメディアの動き、飲食物などを売る業者の行動、観客の応援で許される行為と禁止されている行為、万が一感染者が発生した場合の対応などを細かく規定しています。

しかし、着席してよい観客席をどのように配置するかとか、観客などに呼びかけをする、マスクの着用や咳エチケットなどの項目は明記されていますが、どのように周知するかは「球場大型ビジョン、場内放送、球団SNS、球団ホームページ、チケットページ等を通じて」と書いてあるだけです。

観客席のニュース価値が変わった

これはガイドラインの不備ではなく、運用は各球場の事情や、ファンとの関係などで球団の裁量に委ねられているということだと思われます。だとすると、現場でもう少し具体的な情報収集や観察が必要になるのではないでしょうか。

例えば人気選手が逆転ホームランを打った時に思わず声を上げてバンザイしてしまうようなリアクションは、しょうがないのかな、とも思えますが、充分に制止できているのでしょうか。私はプロ野球の観客試合が始まってから、まだ球場に足を運んでいないのでわかりませんが、反対にファンの方の意識が意外と高く、おとなしく適応できているのでしょうか。

あるいは、球場の運営側は、何人くらいのスタッフを観客席に配置し、質問や要望に応えたり、あるいは少し「行き過ぎ」の応援があったりした場合に、注意を促すなどしているのでしょうか。そしてその注意のしかたは、ファンが納得できるレベルなのか、それとも、例えば観客席の距離をさらに空けるなど、他の物理的な対応を考えなければ、やはりファンの熱狂は止めることができないものか検討してみなくていいでしょうか。

観客席の様子は、新型コロナの時代のスポーツ報道においては、単なるプレーのリアクションを拾う場ではなく、私たちがスポーツとどのように関わることができるのかという社会的な問題や、プロスポーツの消費をどのように確保できるのかという経済の問題を考える材料でもあると思います。

再開の喜びとは別の視点を

アスリートが競技する環境に、どのくらいの感染防止の配慮がなされ、どの程度の効果があるのかも、もう少し詳しく伝えられてもいいのではないでしょうか。

日本相撲協会では、七月場所の開幕に際して、観客向けに「大相撲七月場所観戦にあたっての注意事項」を公表し、また力士や職員向けの「新型コロナウィルス感染症 対応ガイドライン」もホームページに掲載し、ファンとともに安全対策を進めていこうとしているようです。

7月19日、初日のもようを伝えたNHKの午後7時のニュースや「サンデースポーツ」では、入り口での検温などの手続きや、マス席にひとりで観戦しなければならないなど感覚を空けた会場の様子とともに、横綱の土俵入りでは「ヨイショ」という恒例のかけ声を止め、無言で拍手を送るようにしたほか、支度部屋にはアクリルの透明仕切り板が設置されたなどの変化が伝えられました。

しかし、かなりの時間をかけて相撲を伝えていたにもかかわらず、ファンの人の声は入場前の「見たかった」という待望の声のみにとどまりました。観衆がひしめき合うようにして応援する会場の雰囲気も一変し、おそらく長時間の観戦では重要な楽しみであったはずの飲食がなくなってしまったことについての感想などを訊いてみてほしかったとも思います。

また、例えば素人目から見ても、支度部屋に設置されたアクリル板は、例えばバラエティ番組でタレントの間に立てられる2メートルは超えるように見えるものよりは非常に低いもので(例えば、NHKで前日18日午後8時15分から放送された「有吉のお金発見 突撃!カネオくん」を見てみて下さい)、身長が2メートルに届くような力士が、たとえ座っていたとしても、仕切りとしての効果はあるのかとか、時に通路で集まって出番を待たなければならない呼出の人たちにはマスクが必要かどうかなど、検証する余地はありそうです。

オリンピックへの試金石でもある

スポーツイベントに観客が戻ってから、まだ日が浅いとは言え、試合の結果だけでなく、感染症予防対策の効果を観察する報道は、新型コロナウィルスで動揺した社会で、スポーツがどのように、再び人々を力づける可能性を発揮できるかを考える重要な材料になります。

また、このような報道は、ともかく来夏に予定されている東京オリンピックを、どのような形で開催するのか、外国人の観客も訪れる可能性がある会場で、どのような対策を講じ、どのようにアナウンスや直接の注意などを行うのかという課題を見出すことにもつながります。

世界のアスリートが安全に競技を行える環境が作れるかという問題ともに、世界からの訪問客や私たちが、観衆として安心して見守るために、どのような会場の設備や運営が必要かを考えるためには多くの情報が必要だと思われます。新聞やテレビから、そのような報道が、もっと出てくることを期待します。

観客席に記者はいるのか

このようなニュースがあまり出てこないように見えるのは、現場で取材している記者の責任だけではないと思います。ニュースの項目や、取材先に誰を送るかというような、編集責任者の意識が大きく関係してきます。

スポーツイベントに派遣された記者は、ともかく試合結果や、活躍した選手のコメントという、「スポーツニュースの本筋」の情報を取るために精一杯です。スコアブックをつけながら、観客席の様子を観察して回る余裕はとてもありません。試合開始前にアリバイ的に入場の様子を撮影するとか、無人のロッカールームを撮影するだけで精一杯だと思われます。

そうすると、試合中や直前直後に、スポーツの取材ではなく、新型コロナ対策や関係者、観客のコメントなどを拾い、分析する人が別に必要です。メディアがそのような取材を目指して、リソースを投下して報道してほしいと切に願います。

せっかくのプレーを見る時間は減ってしまい、スポーツニュースとして、少し堅苦しいものになってしまうかもしれません。でも、そのような視点でスポーツイベントを伝えるのは、スポーツが社会の財産であると私たちが少しでも思っているなら、絶対に必要な視点であり、メディアはもっとこだわるべきだと思うのです。

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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