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ファクトチェックをジャーナリズムにいかに生かすか

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
Global Fact4(2017)でのローゼンスティール氏(楊井人文氏撮影)

(この文章は、ファクトチェック・イニシアチブ=FIJのご厚意により、ウェブサイトに寄稿した文章を転載させていただきました。オリジナルの文章はこちら。ファクトチェックに関心のある方は、FIJのほかのレポートもどうぞ読んでみてください。文中敬称略)

「ふるくて新しい」問題

 メディアの関係者と議論をすると、何度か話題になるトピックでしたので、一度まとめておこうと思います。「ファクトチェックをニュースの中に、いかに取り入れ、読者が関心を持って読んでもらえる記事にすることができるか」という問題です。ファクトチェックは、書きぶりによっては堅苦しい報告書のようにもなってしまいます。説得力を持ったエビデンスを示したファクトチェックを、ニュースストーリーの中に自然な文脈をつくって調和させていくのかということは、世界のジャーナリストが試行錯誤を続けている、「ふるくて新しい問題」だからです。

 アメリカでは2016年の米大統領選で、いわゆるフェイクニュースに充分に対処することができなかったという反省から、ファクトチェックのあり方を見直す議論が始まりました。その中の大きなテーマのひとつは、ファクトチェッカーは読者の信頼をどのようにして獲得すればいいのか、という問題でした。アメリカン・プレス研究所(American Press Institute)の理事長で、ジャーナリズムの有名な教科書『Elements of Journalism』の共著者であるトム・ローゼンスティールは次のように説明しています。

 「ある発言についてファクトチェックをしても、『オーケイ、その政治家は数字を間違えたんだろうけど、ともかく移民が多すぎるとか、その制度が不正に利用されたとか、特定の宗教を信じる人は9-11同時多発テロの結果に実は喜んでいるとか、そういう大きな信念は揺らぎもしないよ』と読者やユーザーは言うだろう」

「発言」でなく「論点」を基本に

 ローゼンスティールはファクトチェックのモデルを「個々の発言(claim)を基本単位とするものでなく、論点(issue)に」するべきだと主張しています。ファクトチェックが、政治家の特定の演説やツイッターでの発信など、まさに「文字どおりの(literal)」表現が正確かどうかを判定することに集中しすぎてしまい、個々の発言や文章などの背景には、どのような社会問題が存在するのかという説明が不十分だと指摘しています。

 彼はファクトチェックで重視すべき姿勢は「ニュースの消費者が、指を左右に振って『チッチッチ、それは違う』とか『それはその通りだ』とかやることを助けるのではなく、全体的な論点を理解するのに貢献することだ」と、ポインター研究所のインタビューに答えています。人々が社会のことを深く理解し、説明できる(informed and accountable)ようになるためにファクトチェックが役に立てれば、ファクトチェッカーに対する信頼も高まるのではないか、ということです。

 「ともかく、ある交差点で警察官が交通違反切符を切るようなファクトチェックはやめて、街全体の犯罪を減らすような議論をするべきだ」という言葉は非常にわかりやすく、象徴的なものです。

「What」はわかった、「How」は?

 しかし、残念ながら、ローゼンスティールの議論はその後の2年あまりの間、あまり深まったとは言えない状況と言わざるを得ません。ファクトチェックをどのようにジャーナリズムの中に取り込み、ニュースとして発信していくのか、「理想形」としてはその通りですが、それを実際に日々起きている社会現象に対応し、それも規則的に出てくるわけではない情報を取り上げファクトチェックするにあたって、「どのような手続きが必要なのか」は、考えるべき条件が多すぎて一般化できるものではなかったようです。

 正確なファクトチェックを行うために、記録を照合するだけでもかなりの時間がかかるため、日常のニュースサイクルに間に合わせるために、「締め切りのプレッシャー」などもあったと思われます。より大きな社会的な文脈について記事に盛り込む余裕を確保するのも、特にスタッフ数が充分とは言えない米ローカルメディアのファクトチェッカーには困難だったのではないかと思われます。

 アメリカでは、トランプ大統領が相変わらず間違った情報を発信し続け、メディアは頻繁にファクトチェックをして追いかけなければなりませんでした。2019年10月16日で就任後1,000日となりましたが、ワシントンポストの集計では、その直前の993日までに、13,435件の間違いやミスリーディングな発言をしたということです。

 ローゼンスティールも、個別の発言について、即座にファクトチェックをする重要性を否定してはいません。国の政治的なリーダーである大統領が、1日平均で20件以上も問題発言を繰り返すような状況では、悠長に「大きな文脈」を議論するような余裕がなかった、というのが実情と言えるかも知れません。

選択基準を明確にできないか

 トランプ大統領の発言やソーシャルメディアの発信を全部もれなくファクトチェックするワシントンポストや、2019年7月から断続的に開催されている米民主党の大統領候補選出のための公開討論会の発言のファクトチェックを行っているポリティファクトなどのファクトチェック組織、ニューヨークタイムズAPのファクトチェックなどの大手メディアを除いては、そんなに多くのファクトチェックを処理できるわけではありません。そうすると、「どのような基準で、どのような言説を取り上げてファクトチェックをするのか」という選択の基準が、ファクトチェッカーがその背景にある何にこだわっているのか、問題意識を知ってもらうひとつの手がかりとなるはずです。ローゼンスティールも「何をファクトチェックの対象に選ぶのかということは、ファクトチェッカーの動機を多分に反映する。あるいは、読者にファクトチェッカーの動機について認識させることになる」と述べています

 しかし、単にファクトチェックを行い、読者に「自分たちの意図を読め」と何も説明しなければ、正確に理解してもらうことはできないでしょう。「なぜその人物や発言を選んでファクトチェックしたのか」という問題意識や、ファクトチェックにをニュースの中に盛り込む作業を継続して行うことで、ファクトチェッカーがどのような大きな問題を意識しているのかを理解してもらう作業が、ローゼンスティールが説く理想型に近づく第一歩だと思われます。

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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