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災害報道のパラダイム・シフト〜米西海岸の山火事報道を通して考える(ワシントン研究ノート その10)

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
2018年11月の山火事で壊滅的な被害を受けたカリフォルニア州パラダイス(写真:ロイター/アフロ)

(文中敬称略)

 「ニュージアム(Neuseum)」という、ワシントンDCにあるニュースの博物館が、2019年いっぱいで閉鎖されることになった。連邦議会議事堂にほど近い一等地にあるガラス張りのビルは、ジョンズホプキンス大学に売却が決まり、展示されていたベルリンの壁や2001年の同時多発テロで崩壊した世界貿易センタービルの鉄筋の残骸など歴史的な一級資料の展示は行き場所がなくなってしまった・・・。

 ニュージアムはアメリカ憲法修正1条に定められた表現の自由、報道の自由、知る権利の大切さを知ってもらうために、建国200年余の歴史の中で、メディアが権力の監視のために、いかに対峙してきたか、ニュースイベントの振り返りや、当時の記事や映像、ジャーナリストたちの評伝などのエピソードをインタラクティブに紹介している。

米ワシントンDCのニュージアムは2019年いっぱいの閉鎖が決まった(筆者撮影)
米ワシントンDCのニュージアムは2019年いっぱいの閉鎖が決まった(筆者撮影)

 実際に改めて眺めてみたが、最新型のテレビスタジオ施設や、衛星放送の中継車などの機材が誇らしげに、「ニュースのテクノロジー」として紹介されている一方、インターネットの発達やスマートフォンの普及が「ニュースのエコシステム(生態系)」を激変させたという視点は皆無だ。速報の担い手は相変わらずテレビであり、ソーシャルメディアは伝統的メディアのニュースが転載される場とか、社会のリアクションのひとつとしか捉えられていない。

ニュージアムにはインターネットとニュースについての展示は非常に少ない(筆者撮影)
ニュージアムにはインターネットとニュースについての展示は非常に少ない(筆者撮影)

 ニュージアム閉鎖は、高すぎる入場料と、収支の甘い見通しに基づいた経営計画の破たんが原因だと言われている。しかし、テレビの最新テクノロジーの展示を誇った10年余の間に、展示がいつの間にか時代遅れになったように、長期間にわたって圧倒的な速報性を誇ったテレビを中心に枠組みが組み立てられてきた災害報道も、そろそろ大きな見直しの時期に来ているという気がしてならない。

未曾有の規模の山火事

 カリフォルニア州やその周辺で毎年夏から秋に発生する山火事だが、2018年は史上最悪の規模となった。全米省庁合同火災センター(National Interagency Fire Center)によると、州内で発生した7700件以上の山火事によって、史上最大規模の180万エーカー(約73万ヘクタール)以上が焼けた。犠牲者は100人を超え、1万7千軒以上の家屋が焼失した。

 中でも11月のほぼ同じ日に発生した、ロサンゼルス北西を中心としたウールジーファイヤーと、州都サクラメントの北約100キロの地域のキャンプファイヤーは、全国のニュースでも連日取り上げられた(政府機関の統計は数字が多く山火事の規模のイメージなどをつかみにくい。例えばデータをまとめたロサンゼルスタイムズのまとめ記事などが非常にわかりやすい)。特にキャンプファイヤーは強風で延焼が速く、85人もの犠牲者を出した。

 筆者は当時ワシントンDCに住んでいたため、現地のローカル放送を逐次見ることができたわけではないので、不完全な情報に基づく議論をお許しいただきたいが、以下見聞きしたニュースの伝え方の特徴を、日本メディアに対するインプリケーションもまじえて考えてみたい。

スマートフォンシフトの加速

 災害報道では映像のインパクトが大きな強みとなるが、ユーザーの需要に合わせて、スマートフォンやタブレットに特化した映像クリップを使うニュースが目立ってきた。三大ネットワークやケーブルニュース局では、定時にまとまった形のパッケージレポートも制作する一方、特に延焼が速く街の大部分が全焼したパラダイスやその周辺などの映像はフェィスブックなど放送以外のプラットフォームでのライブなど、速いサイクルでユーザーに提供していた(かなりアーカイブを掘っていかなくてはならないが、例えばCBSのフェィスブックページなどを参照)。

 また、テレビをほとんど見ない10代から20代向けにNBCがスナップチャットを使って実験的に始めた「ステイチューンド(Stay Tuned)」という番組でも、看板キャスターの若手記者ガディ・シュウォーツがカジュアルな話し方でオリジナルのレポートを送っていた。シュウォーツはNBCテレビのニュースにも中継で出演したり、レポートを送ったりして、さぞかし大忙しであっただろう。(ステイチューンドの特徴や背景などについては、拙稿『テレビを見ない「ジェネレーションZ」にタテ型動画ニュースは届くか』(現代ビジネス)を参照)

 災害報道に限ったことではないが、ニュースの「出しどころ」として、ソーシャルメディアのプラットフォームを複数使い分けるような戦略は当然になっている。フォーマットは「タテ型」でスマホに特化したものも増えている。

 パラダイスのような「修羅場」でも、トップランナーであるネットワークはいくつものバージョンのレポートを制作していた。現場の負担は非常に大きいと思われる。また、中継や「撮って出し」の映像が増えてしまうことによる、報道機関としての「検証」能力の後退も懸念される。ここ数年の間はマルチメディア展開が進むであろうから、それに伴う現場のマンパワーの強化は避けて通れない課題となるだろう。

ドローンは「テクニック競争」の局面に

 テレビだけでなく、新聞もドローンの使用もすでにデフォルトとなった。試しにユーチューブで「Paradise,wild fire,drone」と入力して検索すると、実に多くの映像がヒットするはずだ。効用はここで改めて述べるまでもないが、家屋が完全に焼け落ち、かろうじて外壁の境界が確認できたり、太い樹木が焼け焦げて細くなって枝が垂れ下がってしまっている様子などが手に取るようにわかる。上空7〜8メートルからだと、キッチンのシンクの跡や、焼け焦げた車などの「生活の痕跡」も印象的に伝えることができる、「絶妙の高度」であることが改めて理解できる。

 ドローンの映像は、単に「目新しい」だけでは魅力はなくなり、画面のサイズや移動のスピードなどの撮影テクニックを競うフェーズに入っている。取材者には「ドローンの映像によって何を伝えるのか」をより明確に意識して、その感覚に合わせた「画づくり」が求められることになろう。

 また、多くのメディアや、ジャーナリストではない人までもがドローンを飛ばし、また消火活動じたいにもドローンが使われる事態になると、特に国土が狭い日本では、メディアどうしの譲り合いや、救助や復旧活動を邪魔しないようなルール作りの議論をこれまで以上に加速しなければならなくなるだろう。

「オンデマンド」への重点移動

 テレビからスマホへ重点がシフトしつつあるということは、コンテンツも個人的な必要に対応して情報を引き出したり、検索したりできるような形に変わっていく必要を意味している。テレビはニュースを提供する側が、どのような情報をいかなる順序で伝えるかの主導権を握っている。しかし、災害の際には、ひとたび緊急避難のフェーズが去り安全が確保されると、ユーザーは自分が関係する地域の情報だけを重点的に欲しがるようになる。ニュースがオンデマンド型にシフトしていかなければニーズに応えられない。

 サンフランシスコ・クロニクル紙では、カリフォルニア山火事追跡地図(California Fire Tracker)という、カリフォルニア州の山火事について、現在延焼中のものだけでなく、消火済みのもの、さらに「ホットスポット」という山火事発生の危険が高まっている地点を表示する最新の情報を伝える総合山火事地図サイトを運営している。もちろん、スマホにも対応したものだ。

サンフランシスコ・クロニクル紙の「カリフォルニア山火事追跡地図(California Fire Tracker)」のキャンプファイヤー(山火事)のアーカイブ画面
サンフランシスコ・クロニクル紙の「カリフォルニア山火事追跡地図(California Fire Tracker)」のキャンプファイヤー(山火事)のアーカイブ画面

 また、過去の大規模な山火事が、どのように拡大し、どのような被害をもたらして鎮火に至ったのかの記録もアーカイブ化している。ためしにキャンプファイヤーを開いて、被害を受けたパラダイス周辺を拡大してみると、火災が発生した2018年11月8日のうちに広範囲に火が回っており、わずか3〜4日のうちに地域の大半が焼き尽くされた様子が地図上の動画で確認できる。

デザインの重要性

 この地図コンテンツは、カリフォルニア州森林保護防火局(Cal Fire : California Department of Forestry & Fire Protection)の情報をもとに、リーフレット(Leaflet)などのオープンソースの地図をインタラクティブに操作するソフトを複数組み合わせて制作されている。州森林保護防火局のサイトでは、発生件数が多く地図が煩雑で見にくいところを、規模や被害の状況に応じて簡略化したり、被害の拡大の状況が展開してイメージをつかみやすいように独自の工夫が施されている。

 山火事が激しかった2018年秋の当時、現地のテレビ局がどこまでインタラクティブなサービスを提供できていたのかは正確に確認できていないが、ともかく、今後はこのような地図コンテンツに、さらにドローンや記者レポートのビデオクリップなどが添付されるようなサービスが上乗せされて、差別化が図られていく展開が想像できる。

 プリントやテレビなどのメディアの伝統的な境界はすでに存在しない。従来のプラットフォームを乗り越え、ユーザーのどのような需要に応えて情報を提供する基盤を設計するか、ニュースを伝える記者やディレクターとデザイナー、エンジニアの協働が不可欠になった。盛り込む情報の量や質とインターフェース、反応速度などのバランスを調整し、いかに使いやすく設計するかという、技術レベルの競争が激しくなっていくことだろう。

それはメディアが伝えるべき情報なのか?

 ところで、比較的余裕のあるメディアが地図アプリを活用したサービスを展開しているとは言っても、それは州や連邦当局発の情報であり、ユーザーがスマートフォンでカリフォルニア州森林保護防火局のウェブサイトに行って地図を見れば、同じ情報が、しかも(タイムラグはわずかの可能性があるにしても)もっと速く手に入れることができてしまう。

 私が住んでいたメリーランド州のモンゴメリー郡では、「アラート・モンゴメリー」というシステムがあり、天候や災害の他、交通事故や渋滞、小学校のスケジュールに至るまで、交通渋滞や公立学校のスクールバスの運行状況など、細かい項目ごとに登録し、当局発の情報はすべて、メールやテキストで受け取ることができた。人命にかかわる激しい雷雨や、ごく数回ではあったが竜巻などで大きなビルの中に避難する必要がある場合も、スマートフォンの位置情報に基づいて、該当する人に警報がプッシュで送られる仕組みだ。

アラート・モンゴメリーのスマホ画面。激しい雷雨や鉄砲水の警報が出ている(筆者撮影:日本に帰国後に画面を再生したもの)
アラート・モンゴメリーのスマホ画面。激しい雷雨や鉄砲水の警報が出ている(筆者撮影:日本に帰国後に画面を再生したもの)

 メディア関係者やジャーナリズムの研究者らと災害報道に関して多くの意見交換を行ったが、日本の地震速報や津波警報など、気象庁のデータがリアルタイムで配信され、テレビがそれを競って表示し、アナウンサーや記者が効果的に伝わるようにコメントや進行のトレーニングを行い、それらの報道が一部は法律で定められていることを説明すると、一様に驚かれてしまう。

 アメリカの災害では、山火事のほか、主に中西部で発生する竜巻(トルネード)についての報道は、非常に緊急性の高いものだ。だから「数分後に津波が来るから高台に避難を」という情報を優先的に伝え続ける意義については理解してもらえる。しかし、各地の震度情報を延々と読み上げたりするとか、進むのが比較的遅く、気象当局のホームページの情報などで基本的な情報が得られるハリケーン(日本では台風)の進路や被害については、当局の情報をもれなく伝えることがメディアの主な仕事ではないのではないか、というのが彼らの考え方なのだ。

 筆者もテレビの記者/ディレクターとして勤務して、災害発生時の津波警報のコメント読み上げなどの訓練を行った経験もある。人命を守り、少しでも被害を減らしたいという努力は尊いものだと思う。しかし、テクノロジーが進み、避難警報や震度情報などの優先順位を間違えることなく、正確に読み上げるAIアナウンサーなどの開発が進めば、メディアとしての災害報道の重点は別の所になるはずだ。インターネットやスマートフォンのインフラが充実した現在、政府発の情報をとにかく素早く伝えることに、メディア企業のリソースの大部分を割いてきた態勢を見直す「パラダイム・シフト」が必要になったのではないかと思う。

気象予報士の重要性を見直す

 そうすると、災害報道におけるメディアの役割はどこにあるのか。アメリカのローカル局の気象予報士(meteorologist)の仕事などは良いヒントになりそうだ。

 ラジオ・テレビデジタルニュース協会(RTDNA)によると、アメリカのローカル局は、平均で約5時間35分のローカルニュースを放送している。そしてその中の重要なコンテンツは天気と交通情報だ。特に激しい雷雨や竜巻という、安全に関わる気象情報には、当局が警報を発すると放送局も迅速に反応する。

 気象当局がスマホに送る緊急避難メッセージは「激しい雷雨(サンダーストーム)の警報発令。屋外の活動を止めて屋内に避難するように」というシンプル過ぎて詳細がわからないものだ。「自分の住んでいる地域にはどのくらいの速さで雨雲が来るのか」、「何時間くらい続く見通しか」、「目的地に安全に向かうには、どのような経路なら安全か」など、雨雲のかたまり全体がどのように動いていくのか、見通しを詳しく知りたくなる。

 当局の警報をかみ砕いて、雨雲の動きやスピードを解説し、カバーエリア内の都市や郡など、細かい行政区分ごとに、警戒や被害の可能性を詳しく伝えることが、ローカル局の気象予報士に求められる仕事である。私が訪問した、サンフランシスコ近郊のUC(カリフォルニア大学)バークレー校の教授や学生に聞くと、前述した山火事のキャンプファイヤーで直接の火の被害はなかったものの、連日流れてくる煙による目やのどへのダメージが深刻で、その日の風向きや強さなど、気象予報のありがたさを改めて思い知ったということだ。

 生のデータや警報は当局が発信し、届ける責任を負うが、それを短時間で評価し、生活者の目線で解説する、アセスメント、分析の能力こそが、メディアに求められる能力となるだろう。

専門記者の養成も急務に

 災害報道を強化するためには、気象予報士だけでなく、防災に精通した専門記者の養成も不可欠になっていくだろう。平時から行政の防災対策を取材し、災害の展開に応じて特定の地域の人たちに避難を呼びかけたり、今後の見通しを説明してパニックを回避したりする役割などが期待される。

 さらに、災害の経緯を振り返って原因を分析し、減災の可能性を検証したりすることができれば、災害の発生以前に政策上の不備を発見して当局に対応を促したり、あるいは防災の教訓を全国向けのニュースとして一般化して伝える能力も備わるはずだ。

 折しもこの原稿を執筆している2019年7月末現在、アラスカやシベリア、グリーンランドなどの北極周辺で山火事が猛威をふるっている。そして原因は地球温暖化だと言われている。山火事を単に地域の防災だけの文脈でなく、生活の安全を行政がどのように確保してくれるのかとか、さらにグローバルにトランプ政権が気候変動に関して否定的で何の対策も取らないことが、アラスカの山火事対策にどのような影響をもたらしたのかなどのニュースが展開できれば、全国のニュースとして魅力あるものになるだろう。

 しかし、2018年の一連の山火事については「東海岸バイアスがある」と指摘されるほど、全国ニュースとしての扱いは、火の回りが早く被害が急速に拡大した数日間以外は非常に淡泊であった。三大ネットワークなどが次第に「気候変動問題担当」の専門記者を配置するような動きもあるものの、山火事の災害報道に関して言えば、より大きな文脈で問題を考える視点は乏しかったと言わざるを得ない。

 このような専門記者の必要性は災害に限らず増していくものと思われる。しかし、私たちが昨年まで行ってきた東日本大震災の報道をメディアがどのように総括したのか、主要メディア14社に包括インタビューを行った研究では、あれほど独自のアセスメントで報道の方向性を決めなければならない事態に直面した原子力災害の問題でさえも、わずか数社を除いて専門記者の配置には消極的で、採用などで工夫をする構想もないことがわかった。

 原子力をはじめ、医療やテクノロジーなど専門的な知見がなければ魅力的で信頼できるニュースが伝えられない分野も拡大している。ゼネラリストを養成するという日本の伝統的な記者育成のあり方にも、パラダイム・シフトを考える時が来ているのではないだろうか。

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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