B・コヴァッチさんに会って考えた(2):ジャーナリズムと民主主義 ワシントンDC研究ノートその8

ビル・コヴァッチさん。80代半ばの今も積極的にジャーナリズムに提言を続けています

「すぐれたジャーナリズムのプロジェクト」その後

 コヴァッチさんとは5月末の昼過ぎ、ワシントンDC郊外のチェビーチェイスで会いました。80歳をはるかに超えて第一線からは退きましたが、現在も、ジャーナリスト向けのワークショップや、大学の講演など精力的にこなしています。

 背景説明のために、少しだけ彼とローゼンスティールさんが立ち上げた、「すぐれたジャーナリズムのためのプロジェクト」と「危惧するジャーナリスト委員会」のその後について補足しておきましょう。この2つの団体は「車の両輪」のように協力し合って活動をしてきましたが、イラク戦争などの報道分析で成果を挙げた後、少し変化が訪れました。

 2つの団体は当初、ニューヨークにあるコロンビア大学・ジャーナリズム大学院の下で活動をしていました。イラク戦争の報道分析や、毎年行っているメディア企業の経営とニュースの質の関係についての調査の成果などに、ワシントンDCにある伝統的な「ファクト・タンク」(世界的な社会政治調査と分析を専門に行う団体)であるピュー・リサーチセンターが関心を示し、「すぐれたジャーナリズムのためのプロジェクト」を、2006年に傘下に入れます。

ジャーナリズムを見守る活動を理解してもらう難しさ

 しかし、ピューリサーチセンターは「調査専門機関」だったため、ジャーナリズムの理念を練ることが主要なミッションである「危惧するジャーナリスト委員会」の方は、「アドボカシー」(特定の主張の解説や流布)とみなされてピューの傘下に入れませんでした。「危惧する」の方は、ピューリサーチセンターのある建物から歩いて15分ほどの、国内だけでなく世界の報道機関が入居しているナショナル・プレスビルの一角にオフィスを構えて、若手ジャーナリストの教育ワークショップなどを行ってきました。

 2014年に大きな転機が訪れます。「すぐれたジャーナリズムのためのプロジェクト(Project for Excellence in Journalism)」はピューリサーチセンターの一部として取り込まれ、「ピューリサーチセンターのジャーナリズム・プロジェクト(Pew Research Center’s Journalism Project)」と名称を変更、ディレクターを務めていたローゼンスティールさんは、アメリカン・プレス研究所という、全米新聞協会と関係の深い団体に移籍しました。

 時を同じくして「危惧するジャーナリズムプロジェクト」もコヴァッチさんがディレクターを退き、ナショナルプレスビルのオフィスをたたみました。資金難が原因とも言われています。彼らのアプローチは、業界の一部として同業者に提言するのではなく、あくまでも「ニュースの消費者」側に立って、メディアの怠慢を厳しく指摘するスタンスを取っていたこともあって、2008年のリーマンショック後には維持が困難になったものと見られます。

 現在のピューリサーチセンターのジャーナリズム・プロジェクトちなみにURLは以前の「すぐれたジャーナリズムのためのプロジェクト」のものをまだ使っているようです)でも、ニュースの消費に関する調査など、興味深いプロジェクトを進めているようですが、スタッフにジャーナリスト経験が長いベテランはおらず、むしろ社会調査やニュースのコーディングを専門にやっていた人材が大部分を占めていることもあって、ニュースの内容や、取材や制作過程に踏み込んだ分析が行われなくなったのは非常に残念なことです。

次回大統領選の意味とは

 コヴァッチさんは開口一番、「民主党は困ったものだねぇ」と切り出しました。今度の大統領選挙は、トランプという民主主義的な手続きや、正確な情報を伝達しようとする誠実さなど、政治的なリーダーに必要な行動をまったく取ろうとしない人物から、ホワイトハウスを取り戻すという、単なる二大政党間の政権交代以上に、民主主義の価値と存続をかけた重要なものであるにもかかわらず、本格的な選挙戦が秋口から始まるといいうのに、民主党は未だに約20人の候補が名乗りを上げて、めいめいに独自の主張を展開するだけで、民主党として一致団結した行動の兆しすら、見られないことを嘆いたものです。

 確かに、大統領を目指す人物が、「我こそは」と名乗りを上げ、予備選挙という草の根レベルで支持者どうしが説得を重ね、支持基盤を作り上げていくというプロセスは、非常に優秀な制度です。しかし、最大で23人の候補が林立していては、予備選挙のような多くても5~7人程度の候補者を想定し、絞り込むことを念頭に置いた制度では、効果的だとは言えないでしょう。

 民主党内の大統領候補による最初のディベート(公開討論会)が6月最終週に予定されていますが、全員で討論会を催すことが困難となり、2日に分けて開催されます。それでも出演者は10人近くいて(何人かの候補者が資格を満たしていないため出席できない見込み)、非常に優秀な司会者が取り仕切ったとしても、討論が噛み合わないことが充分に予想されます。また、現在有力候補と見られている、ウォーレン上院議員と、バイデン元副大統領の2人は別々の日に登場し、意見を戦わせるチャンスすらないのです。

「政治の知恵」とは

 一部に熱狂的に支持されているトランプ大統領ですが、共和党内の基盤も限られており、CNNによると全有権者の2割程度がトランプ支持という見方が通説となっています。しかし、民主党が党内の候補者選びを悠長にやっていると、候補者どうしの「粗探し」的な情報だけが飛び交い(過去のパワハラなども、それはそれで重要な情報ではありますが)、政策の中味や民主主義を回復するための戦略などが何も議論されないままになってしまう恐れがあるのです。

コヴァッチさんは「民主党候補どうしの『つぶし合い』が長引くと、結局トランプ大統領側に、最後に選ばれる民主党候補に対する攻撃材料(客観的な政治的な弱点だけでなく、トランプ大統領お得意の悪口や中傷合戦のネタも含めて)をたくさん提供してしまうことが非常に心配だ」と話していました。

 ここで必要なのは、トランプという「民主主義の敵」を倒すための戦略を最重要視し、百家争鳴の候補者の主張を仲介して調整し、大きな政治テーマのもとに結集するような非公式の動きを進めることです。それには、本音ベースで、今回は「名前を売ること」などを目的としている(誰もそうは認めないでしょうが)候補者に立候補を思い止まらせたり、政策協定などで他の候補を応援するように説得したりするような、リーダーや長老政治家の働きが不可欠です。

 しかし、その中心となるべきペロシ下院議長は、ロシア共謀疑惑を調査するモラー特別検察官の報告書公開などをめぐる、大統領の弾劾などをめぐる政治的駆け引きにほぼすべてのエネルギーを割いており、身動きが取れない状況です。ひとりひとりの候補者が、そのような大局的な情勢を理解し、コラボレーションの動きが出ればいいのですが、大統領の立候補をめぐっては、支持者だけでなく、関係する企業などからの多額の寄付も背景にあるため、妥協をより困難にしています。

メディアは何をするべきか

 その後ふたりで、「ではメディアは何をするべきか」について意見交換をしました。ふたりとも、民主党の支持者だけでなく、有権者の約3割を占めると言われる「インデペンデント」と呼ばれる、特定の党派の支持を表明していない層にも、「民主主義の危機を救うために、今、民主党はこんなことをしている場合ではない」という危機感を、共有してもらうことが重要だという認識は共有しました。

 その上でコヴァッチさんは、「あと4年トランプ政権が続くということは、このような社会が訪れかねないということだ、ということを移民でも、オピオイドでも、気候変動でも、できるだけ具体的に予測して、『それでもいいのですか?』とくり返し問いかけることが必要だ」と述べました。

 実際にニュースの世界で仕事をしていた経験から言うと、コヴァッチさんが注文するような「大きな問題」をテーマにして、ニュースの消費者にとって身近で、関心を持って最後まで読んだり見たりしてくれるようなニュースストーリーを作るのが、一番難しいと言ってもいいでしょう。担当者のアイディアが足りないと、教科書の説明のように表面的でつまらないものになってしまいがちだからです。ジャーナリストたちの実力が問われる局面だとも言えるでしょう。

 しかし、実際にはアメリカ全体が抱える構造的な問題や、全世界的な問題の文脈の中で、大統領選挙が議論されるようなニュースを目にすることは、あまり多くありません。反対に、各候補をひとりひとりフィーチャーして、その主張を紹介するようなニュースが目立ちます。例えばNBCテレビの東部時間午後7時からの「ナイトリーニュース・ウィズ・レスター・ホルト(Nightly News with Lester Holt)では、6月に入って「My Big Ideas」と題して、民主党の大統領候補にベテラン記者が「さし」でカジュアルなインタビューをして、各候補が売りにしている独自の政策や、それを構想するに至った経緯などを聞くという特集が継続的に組まれています。従来の大統領選挙だったらそれなりに意味があった企画コーナーかも知れませんが、単なる「顔見せ的な」ニュースでは、この政治的に重要な局面には、政治報道の役割を果たしているとは、言い難いのではないかと思われます。

大局的な報道ができるメディアをいかに作るか

 コヴァッチさんとの議論は、ごく一部のメディアしか(あるいはそのメディアでも、ごく一部の記者や編集責任者しか)、数ヶ月先を見越した、あるいは近未来のアメリカ民主主義のありようを予測したニュースの方向性を構想できていないのではないか、という方向に展開していきました。比較的大きなニュースメディアでは特に、党派や特定の候補者担当記者が任命されてしまい、もっぱら自分の担当の政治家に密着する形でニュースを伝えることを要求される中では、記者どうし議論ができる機会も限られており、なかなか大きなアイディアが生まれにくいという、構造的な問題です。

 彼は、メディアがこれまでのように、日々のニュースをそれなりに売らないと(一定数の人に変わらず読んだり、見たりしてもらわないと)ビジネスが滞るような環境では、なかなかブレークスルーが生まれないだろうと悲観的でした。

 折しも、会う直前、ジョージア州の黒人だけのモアハウス・カレッジの卒業式のスピーチをした投資家が、400人余りの卒業生の学資ローンの返済をすべて肩代わりすると発表したというニュースがありました。コヴァッチさんは、「現在のニュースメディアでは、残念ながら経営の事情などで思考が制約され、目に見えにくい『民主主義の大義』などのテーマで、思い切った行動をとることが非常に難しくなっている」と指摘し、「もしかすると、フィランソロフィーを行う投資家が、普遍的な価値を掲げて、一定期間採算を度外視したような報道を続けるような場面がなければ、局面が変わらないかもしれない」と言いました。

ジャーナリズムを信じる人を信じる

 インターネットの発達で、輪転機やテレビの高価な送出機材という初期投資をしなくても、比較的メディアビジネスの参入の敷居は低くなりました。善意のフィランソロフィーなら歓迎ですが、実質「トランプ応援団」と化している現在のFOXニュースを、さらに極端にしたようなメディアが出現しないとも限らないということでもあります。

 しかし、コヴァッチさんは、「正直でなく、まっとうな原則や動機に支えられたニュースメディアではなく、正確さを欠くものに、人々は関心を示さなくなる」と、ニュースの消費者の知恵と善意を究極的に信じるという強い確信を持っていました。

 また、人々がそのようなメディアの「価値観を支持する」という意思表示のために、「クラウドファンディングは効果的なアプローチだ」と、9月にもニュース発信をスタートさせる予定の「コレスポンデント」(彼らのジャーナリズムに関する考え方については、こちらを読んでみてください)などの動きにも期待感を示しました。

「信頼」と「透明性」をめぐって

 アメリカで約1年、さまざまなメディア関係者やジャーナリストと議論をすると、かなりの頻度で耳にするのが、「メディアの信頼」というフレーズと、それをニュースの消費者に理解してもらうための「透明性(transparency)」という言葉です。ニュースの製造過程を明らかにして、信頼感を強めるという考え方です。

半ば、流行のようになっているこのフレーズについても、少し水を向けてみました。「今、ジャーナリズムの原則は10項目ですが、デジタルとソーシャルメディアの情報の生態系の中で、『透明性』が11個目の原則になり得るでしょうか?」

 コヴァッチさんの考え方は慎重でした。それは「透明性」という言葉だけがマントラのように繰り返されるだけで、具体的な内容が煮詰められていないという指摘です。確かに、例えば「どのような情報源にあたったのか、それはなぜか」などのベーシックな情報は、透明性以前に、ニュースの消費者に示される必要があるでしょう。そうすると、透明性とは何を指すのか、編集会議での議論なのか、記事を書くためにどのような思考や議論をしたかという記者のブログなどでの「種明かし」なのか、その中でどのような項目を示せばいいのか、ニュースの内容によって、その項目には違いがあるのか、などの議論はあまり深まっているとは言えません。

 コヴァッチさんは「それに、透明性をどのようにメディア側に実行させるのか、方法や戦略もまったくないよ」と指摘しました。これからいろいろなニュースで、どのような情報を公開することが、信用につながるのかという、個別の分析と議論の積み重ねが、これからの課題と言えそうです。