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こんなことを書いていきます

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト

どうぞよろしくお願いします。

キャリアの3分の2ほどをテレビ局の社員、残りの3分の1ほどを大学の教員として仕事をしてきました。テレビ局では報道を中心に、しかし「他の会社か」と思うほど仕事がかけ離れた営業や編成などにもいました。ジャーナリストとしては、地下鉄サリン事件やオウム真理教、阪神・淡路大震災などの歴史的な場面に立ち会えなかったという残念な思いもある一方、営業では広告代理店に依存しなければ成り立たない商売だということや、編成などの部署では、政治やお役所と上手に付き合っていかなければならないということも、身をもって体験しました。

専門はジャーナリズム、政治とメディアなどですが、テレビだけでなくメディアのおかれたビジネス環境や社会における位置づけについて分析する際に、そのような経験が役に立っています。

これからどんなことを書いていこうとしているのかを理解してもらうために、問題意識を共有しておきたいと思います。

ニュースは面白くて、信頼されるもの

ニュースのことを書きます。ニュースの魅力や社会での信用について考えます。ニュースとは人の営みを伝えるもので、効果的に伝えられれば興味は尽きないものです。現在はマルチメディア・ジャーナリズムも研究しています。伝統的な紙面の新聞やテレビから、PCやスマートフォンにプラットフォームが移っていく中で、デジタル・ストーリーテリングという、テキスト、写真やスライドショー、動画、CGなども加え、さらに写真や動画にVR(バーチャル・リアリティ)、360°カメラ、ドローンなども使った表現を組み合わせた効果的なニュースの伝え方を考えています。

メディア不信、フェイクニュースなどの言葉が日常的に飛び交うようになっている昨今、ニュースの信用をいかに回復するのかという問題も、ジャーナリズムに関わる人間として重要なテーマだと位置づけています。日本のニュースメディアは、自分たちがどのような価値観の下で、どのようなルールを採用してニュースを生産しているのか、ほとんど説明してきませんでした。ニュースの客観性や公正さのために、どのような倫理規範を持ち、いかなる議論をしているのか、公開するということです。

少し乱暴な言い方をすると、ニュースの消費者である一般の人は「報道機関は立派な人たちが運営してますので大丈夫」と、根拠が希薄なまま信じ込まされてきたということにもなります。

ニュースができるプロセスも公開する

ニュースの生産過程に関してのメディア側の説明責任に関しては、ことし3月に82歳で他界した、アメリカPBS(公共放送)のオンブズパーソンだったマイケル・ゲトラーさんの言葉を思い出します。メディア・オンブズパーソンとは、第三者の立場で、そのメディアが発信したニュースの内容や取材のプロセス等を改めて検証し、読者や視聴者の疑問や抗議に応えたり、必要ならメディアの側に改善を提言するという仕事です。

彼が2003年にワシントン・ポストのオンブズパーソンを務めていたときに、インタビューをした時のことです(註:ワシントン・ポストは2013年に40年以上続いていたこのポストを廃止してしまいました)。イラク戦争に至るブッシュ政権の内部からの「匿名の情報源」の情報をどのように扱うべきかという問題などを議論したあと、当時少しずつ拡がっていった記者が記事だけでなくブログを書くということについてコメントを求めた時でした。当時はまだ、特にシニアの記者からは、伝えたいことは記事に書くべきで、ブログは記者のアウトプットの負担を増し、かえって記事のクオリティが低下することを危惧する意見が優勢でした。

ところが、ゲトラーさんは「私は記者が唯一、ブログに書くことがあるとすれば、それは、その記事がどのようにできたのかを説明することだと思う」と語り、こう続けました。「私たちニュースメディアは、今まで、そのニュースがどうやってできたのか、読者への説明が足りな過ぎではなかったか。」

真実とは1回のインタビューや、わずか数日の取材など、短期間で明らかになるようなものではありませんし、メディアは情報の鮮度とスピードで競争しているというビジネスの形からも、ニュースが完全な形で伝えられるようなことは、ほとんどありません。しかし、その日のニュースに提示されている事実の取材をメディアが全力で、誠実に行っているのかは絶えず問われるべきです。また、もしそのニュースで、読んだり見たりした消費者が「違和感のようなもの」を抱いたのであれば、その漠然とした感覚を、言語化して具体的な問題として理解し、必要ならメディアに説明を要求することが、ニュースに対する信頼をとりもどすことにもつながると思っています。ここでは、そのような議論をしていきたいと思っています。そうすれば、日本の政治報道にも多用されるような、明確な理由が説明されないのに、匿名の情報源に全面的に依拠する「不自然な」ニュースを減らすことにもつながります。

「ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)」という団体でフェイクニュースに対する対策も考えています。合わせてこの問題もとりあげていくつもりです。

東日本大震災の報道を改めて検証する意味

もうひとつ、ここで議論したいのは災害報道のことです。東日本大震災が起きて3年経った2014年春に「災害と報道研究会」というプロジェクトを立ち上げ、足かけ4年にわたり調査をしてきました。東京大学大学院情報学環教授の林香里さんの呼びかけで集まったメンバーは、元朝日新聞の記者で「報道ステーション」のコメンテーターなどもしていた大妻女子大教授の五十嵐浩司さん、リスクコミュニケーションの専門家、東京大学大学院情報学環・総合防災情報研究センター教授の田中淳さん、お仕事の関係で最初の約1年間だけでしたが元NHK解説委員長の藤澤秀敏さん、そして私です。

最初のミーティングでの林さんの問題提起は厳しく、的確でした。2014年当時のニュースメディアをとりまく雰囲気は、未曾有の規模の地震や大津波、原発事故の報道を何とか切り抜けて一段落、「ともかくやり切った」という、そこはかとない安堵感と達成感が支配的だったように思えます。私も恥ずかしながら「全体的に見れば、メディアは実力以上のことをやったよね」という、同情と安心が交錯したような、漠然とした感覚しか持ち合わせていませんでした。しかし林さんはこう言いました。「メディア組織として何ができて、何ができなかったのか、教訓は何なのか、今後発生する可能性のある南海トラフや関東直下などに備え、何を準備しなければならないと思っているのか、どの社からも聞いたことがない。これで終わりにしてはいけない。」

私も被災地に赴いた記者やカメラマンらから、命や地域の絆などを考えるうえで貴重な経験を数多く積んだという話を山ほど聞いていました。しかし、ひとりひとりバラバラのエピソードで、それらが報道機関の内部でどのように集約、共有され、教訓となって次の大規模災害のニュースに生かされるのかという議論は、ほとんど聞いたことがありませんでした。

新しいニュースを追いかけているというビジネスの特性上、メディアは「振り返ってまとめる」作業をおろそかにしてしまうという傾向があります。しかし、3・11ほどの歴史的なイベントの報道について、大津波からの緊急避難報道で犠牲者を少しでも減らすことはできなかったのかという指摘や、広大な汚染と避難を余儀なくされた人を出した原発事故で、もっと政府や東京電力に情報公開を迫るなどできなかったのかという議論がある中で、ほとんど手つかずのままでは、さすがにいけないと思いました。今でもメディアの人と話をすると「これは現在進行形の問題だから」というセリフをよく聞きます。確かに2018年現在でも被災地の復興は道半ば、福島第一原発の後始末も今後長い道のりだということを考えると、その通りです。しかし、だからと言って、それが報道の検証作業をしない口実にしてはいけないのです。

全国紙、放送局の報道トップに話を聞いた

大手メディアが3・11の教訓をどのように組織的な教訓にしているのか聞いてみようと、研究会では、全国紙を中心とした新聞と通信社、NHKと民放キー局にヒアリングを行いました。会社全体や放送局ならネットワーク局全体にも関わる問題なので、インタビュー相手は新聞社なら編集局長、テレビでは報道局長か同等レベル以上の幹部に平均で3時間あまり話を聞きました。ひととおりの調査を終えるまで、予想の数倍時間がかかりました。時間がかかった原因のひとつは、今の日本のニュースメディアの問題として、追って議論したいと思います。

約4年かかって、海外の事例、例えば2005年にアメリカ南部ルイジアナ州ニューオーリンズに大きな洪水の被害をもたらした、ハリケーン・カトリーナなどとの比較もふまえながら、全国紙4紙と共同通信、反原発に大きく舵を切った東京新聞、NHKとテレビ東京を除く民放キー局4局の責任者のインタビュー記録を公表できるところまでこぎ着けました。これらのインタビューはウェブサイトトップが語る3・11報道で一般の人も読むことができます。

しかし、長時間に及ぶ何本ものインタビューは非常に情報量が多く、一般の人には理解しにくいものです。ですから、この場を利用して、ポイントを絞って解説し、今後発生の可能性が高い南海トラフや関東直下などに、どう備えていくか、あるいは何か問題があれば、ニュースの消費者として、メディアにどのような改善を働きかけていくべきなのか、研究会を代表して、かみ砕いて議論をしていこうと思っています。これが、この場でお伝えしようとしている、もうひとつの柱です。

(災害報道に関するこのプロジェクトは、平成26年度放送文化基金研究助成 研究テーマ「震災後のマスメディア報道−何が変わり、何を変えるべきか 3・11後の報道各社の制度的・組織的改革についての調査」(代表者:林香里)ならびに科学研究費補助金(B)「日本の緊急災害報道の課題を探る-ハリケーンやテロ報道とマルチメディア化の教訓から(研究代表者:武蔵大学 奥村信幸、プロジェクト番号161300000078)」の助成を受けました。初回のみ記して御礼を申し上げます。)

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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