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人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』5:カルナ

沖田瑞穂神話学者・博士(文学)・大学非常勤講師・神話学研究所所長。
(写真:PantherMedia/イメージマート)

2020年12月15日、人気スマホゲームFGO(Fate/ Grand Order, TYPE-MOON)において、12月16日から始められるクリスマスイベントに、『マハーバーラタ』のカルナという英雄がサンタクロースの姿で登場することが予告された。本記事においてはゲームの内容には踏み込まないことにするが、このカルナという英雄がどのような神話的背景を持つのか、解説したい。

『マハーバーラタ』で特にアルジュナの宿敵として重要な役割を占めるのが、カルナだ。ところがこのカルナとアルジュナは、異父兄弟の関係にある。カルナの誕生の神話から見てみよう。

カルナの誕生

ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナの母となるのがクンティーであるが、このクンティーがまだ娘であった時、ドゥルヴァーサスという聖仙から、望んだ時に好きな神を呼び出して、その神の子を得ることができるという恩寵を授かった。クンティーは好奇心にかられて太陽神を呼び出した。太陽神は彼女に子を授けた。その子は生まれながらにして鎧と耳輪を付けていた。これがカルナだ。しかし結婚前の娘であったので、クンティーはその子を河に流した。ラーダーの夫でスータ(御者)のアディラタがその子を河から拾い、妻と共に育てた。

カルナは成長して弓術の達人となった。王宮で王子たちの成長を祝う御前試合が行われると、カルナはアルジュナが弓術を披露しているところに現れ、同等以上の術を見せ、アルジュナとの一騎打ちを求めた。しかし兵法の師クリパが彼の素性を問うと、うつむいて恥じた。そこに王子ドゥルヨーダナ(パーンダヴァ五兄弟の従兄弟で宿敵)が現れ、カルナをアンガ国王に任じた。こうして二人は「永遠の友情」を結んだ。

大戦争とカルナの死

やがてドゥルヨーダナを長男とするカウラヴァ百兄弟と、パーンダヴァ五兄弟との確執は、大戦争に発展する。戦争が始まる直前、クンティーは意を決し、自らカルナに会いに行き、彼の出自を明かした。カルナはそれを疑わなかったが、自分を捨てたクンティーを責め、このように言った。「私はカウラヴァたちのために全力であなたの息子たちと戦います。ですが、私はアルジュナとのみ戦います。あなたの五名の息子は滅びることはありません。アルジュナを欠く時はカルナがいて、このカルナが殺された時にはアルジュナがいるのですから」。クンティーの悲しみは深かった。

戦争の16日目に、カルナはクル軍の軍司令官に就いた。まずカルナはナクラと戦ったが、彼を敗走させて、アルジュナ以外の兄弟を殺さないという母クンティーとの約束を守った。

17日目、カルナとドゥルヨーダナは作戦会議を持った。カルナは、アルジュナが自分より優れているのは、御者としてクリシュナがいることだと主張した。その上で、馬術の神髄を知るシャリヤこそがクリシュナに等しい御者であるとして、彼を御者に指名した。

シャリヤとは、パーンダヴァ五兄弟の下の双子、ナクラとサハデーヴァの母であるマードリーの兄弟だ。彼はカウラヴァ側についていたが、心はパーンダヴァにあった。

シャリヤは御者の役を引き受けたが、戦車の上でしきりにアルジュナを賛美し、カルナの欠点をいちいちあげつらって、ユディシュティラとのかつての約束を実行に移した。パーンダヴァを称えてカルナの威光を削ぐ、という約束だ。

アルジュナとカルナは決戦の時を迎えた。互いに矢を雨のように射かけて、すさまじい戦いであった。その戦いの最中に、カルナの戦車の車輪の片方が地中に沈んだ。カルナは、戦車をもとに戻すまで待つようにアルジュナに願ったが、クリシュナがカルナのこれまでの悪行をあげつらい、アルジュナもカルナへの憎しみをかき立てられて攻撃を続けた。カルナの殺害を確実にするため、アルジュナが手にしたのは「アンジャリカ(合掌)」という矢であった。それはインドラのヴァジュラのように強力で、光り輝く武器だった。アルジュナはカルナ打倒を祈念しつつその矢を放ち、カルナの首を落とした。

カルナはこうして戦場に倒れた。すると、彼の身体から光があらわれ、天に昇った。

カルナは、自分がそこから生まれた太陽に、還ったのだ。

カルナは太陽の子として「日輪」と関連がある。その力の源であった「耳輪」や、死の原因となった「車輪」だ。

またカルナは『マハーバーラタ』においては敵側の英雄であるが、現代インドにおいては悲劇の英雄として人気があり、男子の名としても用いられている。筆者の知り合いに「カラン」という名のインド人がいて、太陽神の子の名前だと誇らしく思っているという話を聞いたことがある。

(本記事は、沖田瑞穂『マハーバーラタ入門』(勉誠出版、2019年)を参照、一部引用している。)

神話学者・博士(文学)・大学非常勤講師・神話学研究所所長。

1977年、神戸市生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科日本語日本文学専攻博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。東海大学文学部在学中よりサンスクリット語とインド神話を学ぶ。専門はインド神話・比較神話。著書に『マハーバーラタの神話学』(博士論文、弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『世界の神話』(岩波ジュニア新書)、『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』(みずき書林)。監訳書に『インド神話物語 マハーバーラタ』(原書房)がある。

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