急浮上してきたBEV至上論

菅政権が2020年10月26日の施政方針演説で打ち出した「2050年のカーボンニュートラル」。12月3日にはマスコミを通して「政府、2030年代後半のガソリン車禁止を検討中(ハイブリッドは許容)」という情報が繰り出された。以前の記事で書いたように、約15年かけて徐々にハイブリッドを含む電動車に移行していくのは至極リーズナブルな政策である。軽自動車にしても、数万円程度の価格アップで済むマイルドハイブリッドであればハードルは決して高くない。高価なスーパーハイト系が主流を占める軽自動車の現状を考えれば、数万円程度の価格アップが軽自動車マーケットを潰すことになるとは考えにくい。

問題は、上記の動きに乗じて急浮上してきたBEV至上論だ。曰く「二酸化炭素を一切出さないEVこそが地球温暖化防止の切り札なのにハイブリッドを許容するとは生ぬるい!」。彼らが言うEVとはバッテリーのみを搭載したEV=BEV(バッテリーEV)のこと。しかしこの議論はLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)という考え方によってあっけなく説得力を失った。バッテリーは生産時に多くの二酸化炭素を排出することや、火力発電が主流である限り二酸化炭素を排出するのがクルマのマフラーから火力発電所の煙突に替るだけ、という論はいまや多くの人が知るところとなっている。細かく言えば日本の現在の電源構成でもEVはハイブリッド車よりわずかに有利だが、それは枝葉の議論であり、「二酸化炭素を一切出さない」という主張の証明にはならない。もちろん再生可能エネルギーを増やしていけばBEVのエコ度は上がっていくが、国の電源構成を変えるのはそう簡単なことではない。太陽光発電や風力発電は時間をかけ徐々に増やしていくべきだが、急ぎすぎれば電気代は跳ね上がり、大停電のリスクも高まる。つまりBEVは再生可能エネルギー発電と歩調を合わせ徐々に増やしていくのが正解なのだ。

BEVシフトはもはや世界の潮流論のウソ 

しかしそれでもBEV至上主義者は譲らない。今度は「たしかにそうかもしれないが、世界の潮流はもはやBEVであり、その流れは誰にも止められない」というきわめて非科学的な論理を展開してくる。バイデン政権についてはこの原稿を書いている時点で明確な政策が見えていないが、BEV普及に積極的なカリフォルニア州の案を採り入れながら他州にも考慮した政策をとってくる可能性が高い。BEVには有利な展開だ。

一方、すでにエンジン車に厳しい政策を実行している欧州では現にBEVの販売台数が急速に伸びている。だが、この議論でBEV至上主義者がよく使う「もはやEVのシェアは10%に達している」という数字は正確ではない。10%という数字にはガソリンさえ入れれば走ることができるPHEV(プラグインハイブリッド)が含まれていて、BEVのシェアは5〜6%に留まるからだ。ちなみにコロナ対策予算をBEVの購入補助金に適用したドイツでは最大110万円もの補助金が付く。フランスはさらに手厚く、購入者の所得や車種によって補助金は最大140万円に達する。これはもう買わなきゃ損と言いたくなるほどの好条件である。

出典:国民民主党
出典:国民民主党

さらに言えば、CAFE(企業別燃費規制)で巨額な罰金を支払うぐらいならBEVの価格を下げて売りさばいた方がマシというメーカー側の事情もある。ホンダeの欧州価格は日本価格より100万円も安い。正直、これだけの大盤振る舞いをしてくれれば私もBEVを買うかもしれない。逆に言えば、ここまでしても5〜6%しか売れないのがいまのBEVの実力ということだ。この先補助金が削減されたらどうなるか。中国では2019年に補助金が削減された途端右肩上がりだったBEVの販売台数は急減した。一党独裁の中国でさえBEVの普及は達成できずハイブリッド容認へと舵を切ったほどにBEVの販売は難しいのだ。

欧州でも販売好調なハイブリッド車

それに対し、BEV至上主義者が「ガラパゴス」と揶揄するハイブリッド車の販売は、欧州でも好調だ。BEVのような補助金なしにマーケットシェアは10%を超え、トヨタに限定すれば販売の50%以上がハイブリッド車だ。その結果、トヨタはもっとも二酸化炭素排出量の少ないメーカーとなっている。ここで再確認しておきたいのは、環境車は普及してこそ効果があるということだ。いくら環境性能が高くても普及しなければ何の役にも立たない。BEVを買える人は買えばいい。しかし様々な事情で買えない人はハイブリッド車を選んで環境に貢献すればいい。そのほうが全体としての二酸化炭素を効果的に減らせるし、事実欧州でもそういう流れになっているのだ。「EVはもはや世界の潮流。いくら日本でハイブリッドが人気でも海外では売れないのだからいますぐEVをやるべきだ」という意見はここでも否定される。

出典:JATO https://www.jato.com/japan/202030301/
出典:JATO https://www.jato.com/japan/202030301/

そもそもガソリンを一滴も燃やすことはまかりならんというルールを強制する国や地域ではBEVを売ればいいだけの話であり(それも最短で10年後)、なにもいま大騒ぎして危機感を煽る必要などない。それともハイブリッドを作っているメーカーにはBEVの開発をできない理由でもあるというのだろうか? そんなものあるはずがないとでも言おうものなら、すぐさま「BEVは部品点数が少ない。ハイブリッドを作っているメーカーは部品メーカーへの影響を考えて急速なBEVシフトはできないのだ」というお決まりのフレーズが返ってくるだろう。しかしそのどこがいけないのか。環境問題も大切だが雇用も大切だ。十分な移行期間を設けて部品メーカーに時間の余裕を与え、ソフトランディングを図ることこそが真っ当な企業戦略である。それでも付いてこられない部品メーカーには残念ながら退場願わなくてはならないが、急激な変化はポテンシャルのある部品メーカーをも苦境に陥れ、結果的に日本の自動車産業の競争力を削ぐことになる。それでもいますぐBEVにしろと主張するのであれば、環境ファシストと言われても仕方ない。

誤解なきようにいっておくと、私は決してBEV否定論者ではない。乗れば楽しいし快適だしデザインの自由度も高まる。将来的に再生可能エネルギー由来の発電が増えれば二酸化炭素を減らすこともできる。また、いちばん近いガソリンスタンドが20km先といった地域では必要最小限のバッテリーを積んだ軽自動車に代わる安価な小型EVが受け容れられる可能性も高いだろう。いやいや、二酸化炭素と地球温暖化とは何の関係もないと○×教授がYouTubeで言っていたよ、という意見をお持ちの方もいるかもしれない。だが世界が決定した枠組みを否定するだけの知識も根拠も持ち合わせていない私にとって選択し得るオプションは1つしかない。まずはパリ協定を受け容れ、それに沿った論説を展開していくことだ。あるいは新たな研究結果によって二酸化炭素排出にまつわる考え方は見直されるかもしれないし、必要なら見直すべきだとは思うが、だからといっていま二酸化炭素を出しまくってもいいという話にはならない。したがって私は再生可能エネルギー増加の後押しを目的とした一定のBEV普及促進策にも賛成の立場だ。

BEVの最大の欠点は価格

しかし、同時に考えなくてはならないのは、国の政策は日本のユーザーや自動車メーカー、ひいては日本という国の不利益の上に成り立つものであってはいけないという大原則だ。その意味で、BEVへの急速な転換はハイブリッドという日本の得意分野を捨てることにつながる。それこそ海外勢の思うつぼだ。そして何よりBEVへの一本化はユーザーに大きな負担を強いる。一戸建てに住み気軽に充電器を設置できる人ならBEV購入のハードルは高くない。航続距離は短距離ユース中心であれば問題ないし、家にもう一台ガソリン車があるならなおさらで、長距離ドライブにはガソリン車を使えばいい。実際、その条件に合致する私の親戚は最近EVを購入したし、私も購入には諸手を挙げて賛成した。しかし問題は条件に合致しない人々だ。日本は充電器の設置が難しい集合住宅に住んでいる人が多く、当然ながら若い人ほど持ち家率は低い。

さらに如何ともしがたいのが車両価格である。日産リーフの40KWhバッテリー搭載モデルは332.6〜429.4万円。62kWhモデルは441.1〜499.8万円。対してカローラスポーツは216.9〜258.3万円。ハイブリッドでも248.8〜284.1万円だ。しかも内外装の質感やシャシーの性能はカローラの圧勝であり、本来リーフと比べるべきはボディサイズの違いを除けば先代ノート(144.8〜281.3万円)が適当だ、というのが毎年150台以上のクルマに試乗する私の見立てである。どれだけのバッテリーを積むかによるが、ざっくり言ってBEVはガソリン車より150万円、ハイブリッドと比べても100万円高い。ガソリンより電気の方が安いから長く乗ればBEVのほうが安くつくという主張もあるが、自宅で安い夜間料金を使って充電できる人ならば、という注釈がつくし、現状ガソリン税から捻出している道路や橋脚、トンネルといったインフラ整備の財源は遠からず走行税という形でBEVユーザーを含めたすべてのユーザーが平等に負担することになるだろう。

あえて多くの文字数を使ってBEVの経済性について説明したのは、BEV以外は認めないという主張が「貧乏人はクルマに乗るな」というトンデモ論だからだ。しかしここでもBEVな人々はバッテリー価格はあっという間に下がると言う。それを聞くにつけ、数年前の「2021年にはBEVはガソリン車より安くなる」というご立派な予言はいったいどこにいってしまったのだろう?と思わずにいられない。そしていまでも彼らは懲りずに「数年後には下がる」と言い続けている。しかしバッテリーコストの3分の2はニッケル/コバルト/リチウムなどの原材料費が占める。バッテリー需要が増えれば増えるほど原材料費への上昇圧力が高まるのは中学生でもわかる話だ。

しかも中国共産党の狡猾な戦略によってバッテリー工場の多くは中国に建設され、なかでも習近平と関係の深い車載バッテリー最大手のCATLは利益率20%という殿様商売をしている。フォルクスワーゲンを中心とした欧州の自動車メーカーが、急速なEVシフトに対応するべく限られたバッテリー供給枠の争奪戦を繰り広げた結末である。

ハイブリッド開発に失敗しディーゼルでも大失敗した欧州としてはBEVで挽回を図ろうとしたのだろうが、急速なEVシフトは結局のところ中国(CATL、BYD)や韓国(LG化学)、日本(パナソニック)を利するだけだと気付き、2019年12月に水素シフトやリサイクル促進を含む欧州グリーンニューディール構想をぶち上げてきた。2030年までに1兆ユーロ(約126兆円)の投資をし、域内の二酸化炭素排出量を55%削減するという壮大な内容だ。しかし財源や技術といった具体的な裏付けはいまだ不透明であり、少なくとも現段階では大風呂敷を広げて見せましたね、としか言いようがない。以下の動画で解説しているように、欧州の無軌道ぶりはいまに始まったことではなく、そんな国々を模範とするのがいかにハイリスクであるかは論をまたない。

マネーゲームのコマとなったBEV

そもそも論として、急速なBEVシフトは誰トクなのか? 値段が高く、使い勝手も悪く、火力発電の割合が高い国では思ったより二酸化炭素も減らないBEV。にもかかわらずハイブリッドはダメだ、正義はBEVにしかないと叫ぶ人たちが存在することが不思議でならない。だが、私がもっとも危惧しているのは、この国の行き先を決める力を与えられた政治家や官僚にもBEV至上主義を唱える人物が増えていることだ。

現状、2030年代後半に禁止されるのはガソリン車のみでハイブリッドは許される見込みだ。しかし、四の五の言わずにとにかくBEVをやれとメーカーに迫る政治家は現実に存在する。表だっては報道されていないが、これが現実だ。単なる認識不足なら丁寧に説明して納得してもらえば済むが、仮に、あってはならないことだとは思うが、万が一その背後にトクをする人たちがいるとしたら危険だ。いつイギリスのようなハイブリッド禁止法案が飛び出てくるかわからない。

そうなったときトクをするのは環境ビジネスに関わる人々であり、損をするのはユーザーだ。もちろん、地球環境のために額に汗して働いている環境ビジネス関連の方々には最大限の賛辞を送りたい。しかしその一方で、環境問題は環境利権という大きなカネのなる木も生みだした。一例が二酸化炭素排出権取引だ。二酸化炭素を減らせない企業は減らした企業から排出権を買い取るが、その取引の場となるマーケットには巨額の投機マネーが流入しマネーゲームの様相を呈している。当然ながら許される排出量が少なくなればなるほど単価は上がり、同時に排出量を削減すればするほど儲かることになる。伝統的に金融ビジネスが強く、なおかついまや自国資本の自動車メーカーをもたないイギリスが他国に先駆けてハイブリッドを含むガソリン車の2030年禁止という極端な方針を打ち出したのはさもありなんである。

二酸化炭素排出権先物価格 出典:Investing.com日本版 
二酸化炭素排出権先物価格 出典:Investing.com日本版 

次に、ESG投資の拡大だ。従来の投資ファンドは収益性の高い企業に投資していたが、ESG投資はそれに加え、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)を考慮して投資先を選ぶ。結果、「健全なマインドをもつよき企業や国」により多くのカネが集まることになる。この着想は素晴らしい。正しく運用すれば汚い手を使ってでもとにかく儲けるのが正義と考えている企業の排除につながるからだ。一方、菅総理が2050年のカーボンニュートラルを宣言した背景には、日本がカーボンニュートラルに舵を切らなければ巨額のESG投資マネーから見限られるという危機感があったという。それを熱心に説いたのが、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の前最高投資責任者である水野弘道氏だ。日本のESG投資のキーマンと目される水野氏は経済産業省参与として同省内や与党政治家に大きな影響力を持っているが、同時にテスラの社外取締役でもある。テスラの株価が収益性では到底説明できない高水準にあるのは周知の通り。そう、BEVをやればカネが集まり、カネが集まればカネを動かす人やファンドが潤う。要するにBEVは短中期的には環境問題の切り札などではなく、環境利権ビジネスのコマなのだ。そう考えると、高くて不便で思ったより二酸化炭素が減らないBEVが盛んにもてはやされる理由がわかる。

しかしよくよく考えてみて欲しい。ハイブリッド車という、リーズナブルな価格で使い勝手がよく燃費もいいクルマをユーザーに提供する企業が「時代遅れのガラパゴス」と非難され、高くて不便で思ったより二酸化炭素が減らないBEVをつくれば「よき企業」と賞賛されカネが集まる。そんな理不尽さを抱えたESG投資なる仕組みが果たして本当に正義なのだろうか、と。

テスラの株価推移 出典:Investing.com日本版
テスラの株価推移 出典:Investing.com日本版

繰り返すが、2050年のカーボンニュートラルを目指すことに異論はない。実際、30年かけ再生可能エネルギーの増加や電力グリッドの整備、二酸化炭素の再利用、固定化技術の開発、水素インフラの整備などは徐々に進んでいくだろう。BEVはそれらに歩調を合わせて徐々に増やしていけばいい。あるいはその間に3分の充電で500km走れるような画期的なバッテリーが出てきて、ハイブリッドなんてバカらしくてもう乗ってられないよとなるかもしれない。そうなれば国の財政を傷める補助金など付けなくてもBEVは自然に増えていく。理想的な展開である。

しかし押しつけるのはダメだ。私がイギリスのようなBEVの強制に反対するのは、そこに1つの正解のみを押しつける全体主義や、ユーザー無視の環境利権の臭いがするからだ。「巨大資本」と「環境原理主義」がタッグを組んでいるだけにかなり手強い相手だが、勝機はある。政治家の行動原理は選挙だ。彼らも世論は気にする。再生エネルギー政策をすっ飛ばしBEVのみを押しつけるような無知で無責任な政治家や政党が出てきたら、選挙を通して明確なNoの意思を突きつけること。そうしなければ、われわれはクルマの選択権を"彼ら"に譲り渡すことになるだろう。