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すべての自然災害の義援金を保護する法律が成立~自然災害義援金差押禁止法「恒久化」までの10年の軌跡

岡本正銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)
自然災害義援金差押禁止法

自然災害義援金差押禁止法の成立

 2021年6月4日、「自然災害義援金に係る差押禁止等に関する法律」が参議院本会議にて全会一致で成立した。自然災害の義援金を、災害規模の大小を問わず差押え禁止にする一般法(恒久法)である。東日本大震災から10年、5回の臨時法を経て、災害法制の歴史に刻まれる法律がひとつ誕生した。東日本大震災から今日に至るまでの立法政策の軌跡を振り返る。

自然災害義援金に係る差押禁止等に関する法律案

 (趣旨)

第一条 この法律は、自然災害義援金に係る拠出の趣旨に鑑み、自然災害の被災者等が自ら自然災害義援金を使用することができるよう、自然災害義援金に係る差押禁止等について定めるものとする。

 (定義)

第二条 この法律において「自然災害義援金」とは、自然災害(暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象により生じた被害をいう。附則第二項において同じ。)の被災者又はその遺族(以下この条において「被災者等」という。)の生活を支援し、被災者等を慰藉(しや)する等のため自発的に拠出された金銭を原資として、都道府県又は市町村(特別区を含む。)が一定の配分の基準に従い被災者等に交付する金銭をいう。

 (差押禁止等)

第三条 自然災害義援金の交付を受けることとなった者の当該交付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができない。

2 自然災害義援金として交付を受けた金銭は、差し押さえることができない。

   附 則

1 この法律は、公布の日から施行する。

2 この法律は、令和三年一月一日以後に発生した自然災害に関し、この法律の施行前に交付を受け、又は交付を受けることとなった自然災害義援金についても適用する。ただし、この法律の施行前に生じた効力を妨げない。

 法律は、保護の対象になる「自然災害義援金」を「自然災害の被災者等の生活を支援し、被災者等を慰藉する等のために自発的に拠出された金銭を原資として、都道府県又は市町村が一定の配分の基準に従って被災者等に交付する金銭」と定義した。災害の種類を「自然災害」に限定してはいるものの、災害の規模については限定していない。災害規模の大小を問わずに、すべての義援金が保護の対象になる。これまでの自治体や法律家からの要望を、ほぼ最大限反映したものになっている。ただし、効力が及ぶのは、2021年1月1日以後に発生した災害に限られる。それ以前の災害は、あくまで臨時法が成立した範囲での保護となる。

 これまで義援金は、年金や生活保護受給権のように一律に「差押禁止財産」ではなかった。通常の財産のように、債権者らによる強制執行・差押え等の対象であり、破産手続や債務整理等でも原則として返済原資にしなければならなかった。しかし、そのような現実は、あまりに寄付者の期待とかけ離れているし、被災者支援のために支給する義援金の機能と矛盾する。そこで、東日本大震災以降、実に5回にわたり義援金の差押えを禁止する臨時法が超党派の議員立法で手当てされてきた経緯がある。

東日本大震災と熊本地震の臨時法

 東日本大震災(2011年3月)が発生した時は、「義援金」のほか、被災者の生活再建に欠かせない「被災者生活再建支援金」及び「災害弔慰金・災害障害見舞金」が、いずれも差押禁止財産になっていなかった。そこで、弁護士らの提言に端を発した与野党議員の連携により、2011年8月に「東日本大震災関連義援金に係る差押禁止等に関する法律」がつくられ、はじめての義援金保護法が誕生した。被災者生活再建支援金と災害弔慰金は、いずれも個別の根拠法令があったので、同時期に当該法令を改正することで、将来の災害でも差押えが禁止される恒久法として手当てできた。しかし、義援金については、東日本大震災限りの臨時法にとどまった。

 東日本大震災から5年経過し、熊本地震(2016年4月)がおきた。このときも被災者支援にかかわる法律家や東日本大震災当時の立法ノウハウを持った国会議員らから義援金を保護するよう提言があり、2016年5月には「平成二十八年熊本地震災害関連義援金に係る差押禁止等に関する法律」が成立した。同時に、法律家や被災地自治体からは、2度の巨大災害の教訓を活かし、すべての自然災害における義援金を保護する恒久法(一般法)を整備するよう立法提言がおきはじめた。

相次ぐ豪雨災害と忘れられた北海道胆振東部地震

 熊本地震の翌年、2017年9月に福岡県と大分県を中心とした九州北部豪雨がおきた。日本赤十字社には26億円の義援金が集まったが、義援金を保護する法律をつくる動きは起きなかった。

 2018年には西日本豪雨(2018年7月)が発生する。このときは、超党派の連携で「平成三十年特定災害関連義援金に係る差押禁止等に関する法律」が成立した。特徴的なのは西日本豪雨だけではなく、その直前にあった大阪府北部地震(2018年6月)の義援金も保護対象となったことである。

 しかし、猛烈な暴風を伴い関西国際空港を含む近畿広域に甚大な被害を引き起こした平成30年台風21号(2018年9月)や、震度7を記録し、土砂崩れや建物倒壊などで多数の犠牲をもたらした北海道胆振東部地震(2018年9月)については、義援金を保護する臨時法は作られなかった。ちなみに北海道胆振東部地震では57億円以上の義援金が寄せられていた。当時、大阪市会、北海道議会をはじめとする各地方議会や、大阪弁護士会などからも、義援金保護の臨時法及び恒久法の成立を求める提言が相次いでなされていたが、その後の臨時国会や翌年の通常国会になっても、政府や国会では立法へ向けた動きは起きなかった。

令和の台風・豪雨災害でも2年連続の臨時法で対応

 2019年(令和元年)は、6月の山形県沖地震(M6.7)、8月の佐賀豪雨、9月の台風第15号(房総半島台風)、10月の台風第19号(東日本台風)、10月24から26日の大雨(台風第21号)など災害が連続した。これらのうち、一連の台風・水害については超党派の議員立法により「令和元年特定災害関連義援金に係る差押禁止等に関する法律」が成立した。

 2019年の臨時法の附則第3条には、「差押えの禁止等の対象となる義援金(災害の被災者等の生活を支援し、被災者等を慰藉する等のため自発的に拠出された金銭を原資として、都道府県又は市町村が一定の配分の基準に従い被災者等に交付する金銭をいう。以下この項において同じ。)の範囲その他の義援金の差押えの禁止等の在り方については、速やかに検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。」と記述された。これにより、いよいよ、義援金差押禁止(義援金保護)の恒久法に向けた議論が加速するのではないかと期待が高まった。思い起こせば2019年当時は、立法府に対して義援金差押禁止の恒久法の必要性について資料提出や解説をする機会が急増した。

 2020年になり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)まん延下において、熊本、九州、中部地方を中心とした「令和2年7月豪雨」がおきた。すでに令和元年の際の臨時法で恒久法に言及する条項があったことから、いよいよその年の臨時国会にて義援金を保護する恒久法案が提出されるかに思えた。ところが、与野党でそれぞれ議論は重ねられてはいたものの、あと一歩のところで法案の提出には至らなかった。2020年12月に臨時法として「令和二年七月豪雨災害関連義援金に係る差押禁止等に関する法律」が超党派の議員立法で成立するにとどまった。このころは、恒久的な義援金保護法を成立させること自体は概ね与野党で意思が固まっていたものの、対象とする自然災害について、限定せずに全てを対象にするのか、あるいは「特定非常災害」又は「災害救助法適用災害」などの大規模災害に限定して保護するにとどめるのか、という点が議論になっていたのである。

 筆者自身、自然災害の範囲をどうすべきかについては、立法府から何度となく意見や資料提出を求められていた論点であったが、寄付者の意思の反映や被災者の生活再建という立法趣旨からすれば、災害規模を限定する必要はない(すべきではない)旨説明してきたところである。

令和2年以降のコロナ関係給付金差押禁止法の影響

 2020年2月頃から、日本でも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のまん延が起きた。全国民一律に10万円が支給される「特別定額給付金」などの直接給付金施策が相次いで決定された。これらの新しい給付金は、既存の法体系の中では差押禁止等の保護措置は手当されていない。国会では災害時の義援金差押禁止の臨時法の制定ノウハウが活かされ、また弁護士有志らの緊急提言もあいまって、2020年4月、「令和二年度特別定額給付金等に係る差押禁止等に関する法律」が超党派の議員立法で滑り込み的に成立した。以後、2020年6月に「令和二年度ひとり親世帯臨時特別給付金等に係る差押禁止等に関する法律」、2021年4月に「令和二年度子育て世帯生活支援特別給付金に係る差押禁止等に関する法律」(子育て世帯生活支援特別給付金)が超党派の議員立法にて成立している。

 2020年4月から翌年4月までの1年のうちに、コロナ関係給付金や自然災害義援金の差押禁止等に関して、4本もの超党派議員立法があった。超党派連携のノウハウの深化が、義援金差押え禁止の恒久法への機運を高めることに繋がったのではないかとも思える。

令和3年ついに恒久法が成立

 「自然災害義援金に係る差押禁止等に関する法律」が2021年の通常国会に提出されるとの報に接したのは、通常国会も後半戦になるころだった。法律の最終案は、義援金保護の対象を「自然災害」に限ってはいるものの、災害規模や法律適用条件などの限定がないものだった。大小を問わず全ての自然災害において義援金が保護対象となる。東日本大震災から10年にわたり、立法府へ、関係閣僚へ、メディアへ、学会等へ提言し続けてきた法律が実現するというのだ。

 確かに、災害対策基本法の「災害」は、自然災害に限らず、大規模事故や火災なども含んでおり、保護対象のさらなる拡大については今後の課題である。そうだとしても、自然災害全般を保護対象とする今回の法律は画期的である。これをきっかけに、義援金への関心の高まりや、平時からの寄付文化の更なる醸成につながることを期待したい。法律はたったの3条だが、災害法制の歴史のなかでは大きな一歩となる3条だ。改めて本件に関わった全ての方へ心から感謝の意を示したい。

 災害をきっかけにひとまずは「臨時法」や「時限法」として手当てされた法律が、将来に備えて「恒久法」や「一般法」へと昇華していくことは、大変意義がある。私は「災害復興法学」において、これを「リーガル・レジリエンス」(法的強靭性)と表現している。全く同じ自然災害というものはない。つぎつぎ新しい課題や被害がおきる「災害」の法制度こそ、教訓を受け止めて絶え間なく改善し続ける姿勢が重要だと考えている。

◆自然災害義援金差押禁止法まとめ

2011年 東日本大震災(臨時法)

2016年 熊本地震(臨時法)

2018年 西日本豪雨及び大阪府北部地震(臨時法)

2019年 令和元年東日本台風ほか一連の豪雨災害(臨時法)

2020年 令和2年7月豪雨(臨時法)

2021年 自然災害義援金差押禁止法(恒久法)

(参考文献)

・岡本正『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)第2部第11章

・岡本正『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』(弘文堂)Chapter19

・岡本正「令和2年7月豪雨義援金の差押禁止法成立―全ての義援金差し押さえ禁止恒久法を目指せ」(Yahoo!ニュース)

・岡本正「10万円の特別定額給付金などの差押禁止法成立―持続化給付金なども追加すべき」(Yahoo!ニュース)

・岡本正「義援金を保護する(差押禁止)臨時法成立~急がれる全ての災害義援金を対象にした恒久法~」(Yahoo!ニュース)

・岡本正「7月豪雨と大阪府北部地震で義援金の差押禁止~被災ローン減免にも効果・恒久化をめざせ」(Yahoo!ニュース)

・日本弁護士連合会「災害を対象とした義援金の差押えを禁止する一般法の制定を求める意見書」(2020年1月17日)

・日本弁護士連合会「自然災害義援金に係る差押禁止等に関する法律の成立に当たっての会長談話」(2021年6月4日)

銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)

「災害復興法学」創設者。鎌倉市出身。慶應義塾大学卒業。銀座パートナーズ法律事務所。弁護士。博士(法学)。気象予報士。岩手大学地域防災研究センター客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。医療経営士・マンション管理士・ファイナンシャルプランナー(AFP)・防災士。内閣府上席政策調査員等の国家公務員出向経験。東日本大震災後に国や日弁連で復興政策に関与。中央大学大学院客員教授(2013-2017)、慶應義塾大学、青山学院大学、長岡技術科学大学、日本福祉大学講師。企業防災研修や教育活動に注力。主著『災害復興法学』『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』『図書館のための災害復興法学入門』。

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